第45話 文化祭の出し物

 席替えを終え、夏休みのうわついた気持ちも消えた頃になると、学校では文化祭に向けた取り組みが始まっていく。

 先日、各クラスの文化祭実行委員が集められ、実行委員会が開かれたようで、今もHRの時間に文化祭の出し物についての説明が、クラスの文化祭実行委員である関岡君から行われている。


「――というわけで、文化祭の出し物は、体育館のステージでの劇、教室での劇、教室での展示の3種類になります。ただし、それぞれクラス数が決められており、ステージ劇8クラス、教室劇8クラス、教室展示8クラスとなっています」


 関岡君の説明にクラスメイト達がざわつく。文化祭ってもっと自由度が高いものだと思ってたのに、出し物の枠が決められているとは想定外だった。


「各クラスで第1希望から第3希望まで決め、それを持ち寄って文化祭実行委員会で実際にどのクラスが何をするのか決定するとのことです」


 もう一人の実行委員の池さんからの追加説明を聞き、聞いていた生徒から声が上がる。


「希望が被っていた場合はどうやって決めるんですか?」

「……はい、その場合は高学年が優先されるみたいです」


 池さんの言葉に、教室が先ほど以上にざわめいた。

 文化祭といえば、やはり劇が花形だ。かくいう俺も演技にはわりと自信があったりする。自分から何かの役に立候補するのはちょっとアレだけど、やってくれと頼まれたら引き受けることはやぶさかではない。

 でも、今の池さんの話だと、3年生はほぼ希望通りのものができるけど、1年生は残り物を割り当てられることになってしまう。3年生と2年生が全クラス劇を選んだら、1年生は必然的に劇ができないということだ。

 だけど、まだだ。まだ慌てるような段階ではない。

 文化祭といえば、もう一つの花形がある。飲食の模擬店だ。

 たとえば、一ノ瀬さんや三間坂さんがメイドさんの格好をして給仕をしてくれるとしたら、すごく楽しいと思わないか? 三間坂さんはともかく、一ノ瀬さんはメイド服を恥ずかしがるかもしれないけど。

 でも、もしどうしてもいやだというのなら、制服のままでもいい。

 制服カフェと考えれば、なんだかメイドカフェよりも淫猥な雰囲気がしてこないか?


「教室での展示にした場合、模擬店とかはできるんですか?」


 まるで俺の心を読んだかのように下林君がいい質問をしていた。

 下林君ナイスだ。


「衛生面とか、保健所の許可とかの関係で、飲食関係はダメだということです。あと、お金のやりとりをするようなこともダメみたいです」


 …………


 一ノ瀬さんと三間坂さんのメイドカフェor制服カフェという俺の夢は、もろくも崩れ去った。

 アニメの高校の文化祭とかだと、食べ物の模擬店が当たり前のようにされているから、高校生なったらああいうことができると思っていたのに、現実は厳しかった。そもそもここは一般的な公立高校だ。アニメによくある一般の人の入場とかもない。生徒しかいない中で模擬店をやっても、肝心の客の数が限られている。創作物の文化祭のイメージで過度な期待をすべきではなかったのかもしれない。


 しかし、そうなったらクラス展示って何をやるんだ? クラスで何かを調べて、それの展示発表でもするのか?

 うわぁぁぁ、つまんないぞ、それ。

 誰がそんなの見るんだよ。それなら絶対に劇を見に行くよ。


 そういった思いはほかのクラスメイト達も同じだったようで、文化祭実行委員がとりあえず挙手で全員の希望を聞いたところ、展示に手を上げた生徒はほとんどいなかった。

 ステージ劇と教室劇とは人数が拮抗していたが、その後の話し合いで、多くのクラスがメインのステージ劇を希望して教室劇の方が希望クラスが少ないのではないかということで、俺達7組は第1希望教室劇、第2希望ステージ劇、第3希望教室展示とすることに決まった。


 これはよい判断だと思う。3年生と2年生の中に、教室展示を希望してくれるところがあれば、劇の枠の空きがでる。

 1年生としてはそこを狙っていくしかない。ステージ劇の華やかさには劣る教室劇を選ぶのは、1年生が劇をするための最善策だと言える。

 あとは、今日の放課後に行われるという文化祭実行委員会に託すしかなかった。



 HRが終わると、一ノ瀬さんが三間坂さんの席へとやってきた。

 夏休みを経て、この二人は随分と仲良くなっている。夏休み前には三間坂さんが一ノ瀬さんの席に行くことはあっても、一ノ瀬さんが三間坂さんの席に来ることはほとんどなかった。だが、2学期になってからはそれが逆になり、一ノ瀬さんは頻繁に三間坂さんの席へとやってくる。

 三間坂さんの隣の席の俺にとって、これはかなりラッキーなことだった。

 すぐ隣でクラスの美女二人がおしゃべりをしているのだ。その可愛い声が聞けるだけでなく、ほのかな女子のいい香りも漂ってくる。

 いやあ、この席でよかったよ、ホントに。


「文化祭の出し物、どうなるかな?」

「池さん達の話を聞いてると、1年生が劇をやるのはちょっと難しそうだね」

「そうよね。でも、私は劇になっても出るのは苦手だから、展示でもいいかも。三間坂さんは得意そうだから、劇になったら出てほしいな」


 隣で二人の話を聞きながら、俺は一ノ瀬さんの意見に賛同する。

 三間坂さんならヒロイン役で出ても全然問題ないだろう。

 でも、できるなら一ノ瀬さんにも出てもらいたい。美女二人のダブルヒロイン。うむ、盛り上がること間違いなしだ。


「劇ができるんだったらどんな役でもいいから出てみたいけど……でも、高居君は一ノ瀬さんに出てもらいたそうだよ?」

「――――!?」


 二人の方を見ずにこっそり聞いていたのに、突然三間坂さんが俺に話を振ってきた。

 三間坂さんは時々こういうことをしてくるから油断できない。

 しかも、まるで俺の心を見透かしたかのようなことを的確に言ってくる。

 クラスで2番目に可愛い二階堂さんは、妹系の可愛さの持ち主だ。一ノ瀬さんや三間坂さんとは可愛さの方向性がちょっと違う。二階堂さんでは劇に出ても役どころがちょっと変わってくるから、ダブルヒロインならやはり一ノ瀬さんと三間坂さんが相応しいと俺は思う。


「で、高居君、どうなのよ? やっぱり一ノ瀬さんにヒロイン役で出てほしいんじゃないの?」

「……そうだね。苦手かもしれないけど、一ノ瀬さんにも出てほしいかな。三間坂さんと二人でダブルヒロインの劇ならぜひ見てみたいし」

「――――!? ダブルヒロイン!?」


 ごまかしてもしょうがないから、俺は素直に三間坂さんの言葉を認めた。下手なことを言って一ノ瀬さんが余計出たくないと思ってしまうと、俺の思い描いたダブルヒロイン劇が実現できなくなってしまうからな。

 だけど、俺が素直に答えたのに、なぜか三間坂さんが顔を赤くして照れた様子を見せていた。

 自分から仕掛けておいて、どうしたというのだろうか?


「高居君の中では、三間坂さんはヒロインだと決まっているみたいだね」


 一ノ瀬さんは少し楽しそうに三間坂さんに顔を向ける。


「……からかい返してきてるだけだよ」


 なぜか三間坂さんは怒ってるのか照れてるのかわからない様子で顔をそむけた。

 うーむ、女の子ってなかなか難しい。

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