第33話 高校生クイズ甲子園を終えて

 プリクラを撮りアミューズメントセンターを離れると、俺達は少し遅めの昼食を取った。

 その後は、女子二人の見て回るだけで何も買わないという男子にはあまり理解できないショッピングに付き合った後、三人で帰りの電車に乗った。

 この駅発の電車に乗れたおかげで、行きと同じように4人がけの向かい合わせの席に俺達3人とも座ることができた。

 高校生クイズに挑戦しに来たのに、それ以外に費やした時間のほうが長いという奇妙な結果にはなってしまったが、俺は自分が今日という一日を満喫していたことに、電車に揺られながら今更ながら気づく。

 高校生クイズの一問目を俺の判断ミスで失敗した時はあんなに陰鬱だったのに、不思議なものだ……

 俺は目の前の席でちょっとお疲れ気味の顔をしている三間坂さんに視線を向けた。


 ……三間坂さんのおかげだよな。

 思えば予選会場を後にしてからずっと三間坂さんは俺のことを気にかけてくれていたような気がする。それにいつも以上に明るく振舞っていたようにも思える。

 今、頭の中で今日楽しかったと感じられた場面を振り返れば、全部そこには三間坂さんの姿があった。


 ……そっか。そういうことなんだよな。


 三間坂さんにはかなわないなぁ。

 俺は今日もそう思わされる。


 今日の高校生クイズを一番楽しみにしてたのは三間坂さんだったはずなのに……。

 だから、俺は決意した。

 高校生クイズに挑戦できるのは人生の中でも、高校生の三年間だけ。

 それはつまり逆に言えば俺にはあとまだ2回チャンスがあるということだ。


 今日、ここに連れてきてくれたのは三間坂さんだった。

 だったら、来年は俺が三間坂さんを誘って高校生クイズに挑戦する!

 今度は俺の力で三間坂さんを本選まで連れていくんだ!


 でも、それを心で思ってるだけじゃダメだ。

 多分、前の俺なら自分一人でそう思っただけで胸の奥に秘めたままにしていただろう。そして、来年になって三間坂さんを誘った時には、すでに彼女は別の人を誘ってチームを組んでたなんてことになったりする。

 俺は今までの自分の経験からそういう可能性があることをよく知っている。

 だから、俺はここで三間坂さんと約束する。

 きっと三間坂さんならそうするだろうから。

 俺だって、少しは三間坂さんに近づきたい!


「みまさか――」

「高居君、一ノ瀬さん!」


 俺が意を決して口を開いたというのに、三間坂さんの力強い声にかき消されてしまった。


「なに、三間坂さん?」


 三間坂さんの隣の席の一ノ瀬さんが横を向いて問いかける。

 こうなってしまっては、俺は口を紡ぐしかなかった。

 俺は話の主導権を三間坂さんに譲り、彼女の次の言葉を待つ。


「私、この三人で来年も高校生クイズ甲子園に挑戦したい! 次こそ絶対にリベンジしたいの! だから来年も私と一緒に出て!」


 うっ……。

 なんてことだ。

 それは俺が言おうとしていたことなのに……。


「うん、いいよ」


 一ノ瀬さんはあっさりオッケーしていた。


「……高居君、困った顔してるね。……迷惑だった?」


 三間坂さんが珍しく困惑顔を浮かべる。

 違う、違うんだ!

 俺は三間坂さんにそんな顔をさせたいわけじゃないんだ!

 むしろ俺は君に喜んでもらいたいと思ったんだ……


「ち、違うって! 今僕も同じこと言おうとしてたから! だからびっくりしただけで……」


 俺の言葉で三間坂さんの顔がすごく嬉しそうなものに一瞬で変わった。


「僕の方からもお願い。来年も俺と一緒に出て、三間坂さん、一ノ瀬さん」


「はい」

「約束したからね!」


 一ノ瀬さんがうなずき、三間坂さんはグーにした手を俺の方に出してきた。

 俺もグーを作って拳と拳を合わせる。


 こうして、来年も俺達が高校生クイズ甲子園に挑むことが決定した。

 今度は一年間かけてしっかりクイズの勉強してやる!


◆ ◆ ◆ ◆


 こうして、疲れたけれどもそれ以上に楽しさと興奮に満ちた一日を終えて家に戻った俺はベッドの上に寝転がる。


 楽しかったけど、きっともう三間坂さんとも一ノ瀬さんとも夏休み中に会うことはないんだろうなと思うと、物寂しくなってくる。今日という日が楽しかったから余計に寂寥感が俺の心を覆ってくる。


 電車の中のあの流れで二人を遊びに誘えればよかったんだろうけど、今の俺にはそこまでの力はなかった。

 もしかしたら俺から二人に来年の高校生クイズ挑戦を言い出せていたら違ったのかもしれないが……。

 いや、それは言い訳か。

 来年の高校生クイズは、今日のクイズの流れでまだ言いやすいが、普通に女の子を遊びに誘うのはまた違う話だ。変な下心的なものがあるなんて勘ぐられるのを恐れて、結局俺は誘えなかっただろう。

 我ながら情けない……。


 そう自己嫌悪に陥っていると、スマホからラインの通知音がした。


 俺にラインしてくる人なんて限られている。

 きっと三間坂さんあたりが「今日はお疲れさま」とかメッセージを送ってきてくれたんだろう。三間坂さんはそういう人だ。

 俺も返事をしないといけないなと思いながら、俺はスマホの画面を見つめた。


「…………」


 俺は何かの間違いかと思って、スマホを二度見、三度見するが、ラインのメッセージの内容は当然ながら変わらない。

 思った通りラインは三間坂さんからのものだったが、予想通りの「今日はお疲れ様」というメッセージとともに、来週プールに一緒に行こうという誘いの文字がそこにはあった。


 ……女の子と一緒にプールだって?

 なにその陽キャのイベント?

 都市伝説でなくそんなイベントがホントに起こるのか!?


 混乱する俺だったが、ラインにはその誘いをオッケーする一ノ瀬さんのメッセージが表示された。


 ああ、そういうことか。


 俺は理解した。

 今のプールの誘いは三間坂さんから一ノ瀬さんに向けてのものだったのだ。今日の礼も兼ねて三人のライングループを使ったけど、別に俺を誘ったわけではないのだ。少し考えればわかることだった。俺としたことがとんだ勘違いをしてしまった。危うく罠にハマるところだった。いやぁ、危ない危ない。


 俺がそうやって既読したまま何も返さないでいると、また三間坂さんからメッセージが届いた。


『高居君はいける?』


「…………」


 いける?

 どこにだ?


 …………


 これでも俺は現代文の文章読解は得意だ。

 この状況でこの「いける?」が意味していることは、どう考えても「プールにいけるか?」と考えるのが正しい。

 何度考え直したって、そうとしか考えられない。


 ……まじで俺も誘われてないか、これ?


 何かの間違いかもしれないと思いつつ、俺は「二人とも今日はありがとうお疲れ様でした 僕もプールいけます」とメッセージを返した。

 俺の勘違いならすぐに「誘ってないよ」などのメッセージがくるはずだ。

 ドキドキしながら俺はスマホを見続けていたが、その後集合場所や時間についてのメッセージが普通に流れてきて、三間坂さんも一ノ瀬さんも、俺が参加する前提で話を進めていた。いや、オッケーしたのは俺だから、前提もなにもないわけだが……


 そうして、新学期まで三間坂さんとも一ノ瀬さんも会うことはないと思っていたのに、来週、よりによって二人とプールで会うことが決まってしまった。


 とはいえ、さすがに三間坂さんと一ノ瀬さんと俺の三人だけということはあるまい。

 クラスのみんなで行く話が進んでいて、そこに三間坂さんが俺を誘ってくれたのだろう。

 さすがに俺だけ誘われたとは思えない。

 俺はそう考えて、がっかりするよりむしろどこかほっとしていた。

 行ってみたら三人だけだったとかの方が緊張しすぎてやばいからな。

 そうだそうだ、みんなでプールに違いない。

 うん、楽しみだなぁ、みんなでブール。

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