第6話 見習い制度、目指す先。

 「はい。では僕は見習いとしてお師匠様に教えていただくと言う事になるのでしょうか?」


 「ふむ。そうじゃの。人によっては見習い登録せず正規免許が取れるまで修行を続けさせる者も多い。見習いとは言え年間で僅かばかりではあるが登録料が必要になるのでな。それをケチる者もおる。」




 サームは苦笑いを浮かべながら説明を続ける。それを聞いたエルは




 「ならば僕も見習い登録せず勉強を続けた方が良いのではないでしょうか?自分でお金を稼げないので払わなくても大丈夫ならばその方が・・・」


 「いやいや。登録はしておこう。金額もそんなに高い物ではないし、エルが錬金や調合を覚え仕事が手伝えるようになれば儂も収入は増える。そうなれば登録料など安いもんじゃ。それにの、見習い登録は他にも違う目的があって登録するのじゃ。」


 「違う目的・・ですか。」


 「そうじゃ。見習い登録期間が一年を過ぎて、登録を申請した時に所属していた工房や店から移動していなければ、余程の問題児でない限りは師匠の責任の下で見習い師が自分の名前で国から許可された基礎的な品物を売買する事が許可される制度があるのじゃ。」




 エルはそれを聞いて目を見開き驚いた。一年頑張ってお師匠様の下で勉強すれば自分でお金を稼ぐ事が出来る!それはエルにとって大きな目標であり、それが出来るようになればサームの大きな助けとなる。




 「そっ・・それは素晴らしいですね!!」




 思わず身を乗り出しサームの言葉に反応する。




 「ほっほっほ。落ち着けエル。しかしな、見習いが錬成した金属や調合した薬品は当然ギルドで厳しくチェックをされる。見習い認定で販売しているとは言え、正規の許可が下りた者が作った品物ではないからな。何かあった時に責を問われるのはギルドとその師匠になる。なので当然普段の納品よりも厳格なチェックが行われるのじゃ。」


 「はい。確かにそうしなければ粗悪な品物が街に溢れてしまいますね。」


 「そうじゃ。理解が早くて助かるわい。まぁ、基本的な物しか扱えぬからそれほど難しく考えなくとも良いのじゃが。一つ一つの納品を丁寧に行う事が大事じゃぞ?」


 「はい。先ほどお師匠様の言っていた己の知識が薬にも毒にもなると言う事ですね。一つ一つの作業を雑にすればいつか取り返しの付かないミスに繋がると。」




  森の中でサームと交わした大事な約束である。忘れるはずがない。




 「そうじゃ。その気持ちを持ち続け精進を続ければ誰からも認められるはずじゃ。そうやって状態の良い品物を見習いの頃から納品を続けていればギルドからも目をかけてもらえるようになり、独立した後などにも大いに役に立つ。」




 と、少しいたずらっぽくサームは笑う。独立などと言う事は今のエルには考えもしない。どんなに技術を学び経験を積んだとしてもお師匠様の下で学び続けるのだと考えているエルにとっては独立と言う選択肢は毛頭ないのだ。




 「なのでまずは次の納品の時に儂と共に街に行きギルドで見習い登録をするようにしよう。往復の道は冒険者を護衛に雇うので何の心配もない。その時に街でエルの服やこの先必要になるものも買い揃えよう。」




 サームの嬉しい提案にエルは顔を暗くする。街に行くと言う事は自分を知っている者に会う事があるかも知れないと言う事だ。奴隷に戻るかも知れない。それは今のエルにとっては死の宣告に近いものなのだ。


 そのエルの顔を見たサームはそっとエルを抱き、いつものようにゆっくりと頭を撫でてやる。




 「エル。心配ない。奴隷紋を刻まれず奴隷商から逃げた時点でその奴隷商にはエルが自分の奴隷であると証明出来る物がない。そうなれば儂が何とでも守ってやれる。震える事は無い。大丈夫じゃ。」


 「・・・はい。しかし、僕のいたジェリドの街では、逃げた奴隷がまた捕らえられて戻って来るのを何度も見てきました。その度に何日も起き上がれなくなるほどの折檻を受けるのです。」


 「・・・ジェリド??エル。そなたのいた街はジェリドと言うのか。」




 エルは自分がそれほど気にしていなかった街の名前にサームが反応した事に驚いた。




 「えっ、、はい。僕はジェリドと言う街の奴隷商にいました。」




 その言葉を聞いたサームは楽しそうに上に向かって笑い始めた。




 「そうかそうか。ジェリドか!!エルがどこから来たのか。もっと早く聞いておかねばならなかったのぉ。おぬしをこれほど怯えさせる事も無かったと言うに。」




 そう言いながら優しくエルの頭をぽんぽんと叩く。そして更に続ける。




 「エルのいたジェリドはタリネキア帝国の南西部に位置する街じゃ。そして儂が錬金術師・薬師として登録しておるのはその帝国と幻霧の森を挟んで大陸の南に位置するロンダリオン王国じゃ。当然、納品に行く街もロンダリオン王国内の街じゃよ。」




 そう言われてもエルには何が安全なのか。心配がないのか分からなかった。戸惑った表情のエルを見て、サームは棚の上に置かれた大きな巻紙を机の上に広げた。その紙には大きな地図とその絵の上に様々な国や都市の名前が書かれているようだった。




 「エルは文字は読めるな?よし。では、ここがおぬしを捕えていた奴隷商がいたジェリドじゃ。そして儂らが所属しておるロンダリオン王国はここじゃ。」




 大きな地図の中央にある大陸には北部にタリネキア帝国・イルメリア教国、西部にモルド王国、北西沿岸部にガイネル獣王国、南東部に自由都市連合シルネガ、そして南部にロンダリオン王国と大きく記されてあった。その大陸を南北に分けるように白い空白地帯がある。【幻霧げんむの森】と記されてある。




 「ジェリドからエルを発見した森の場所までは南に30里(約120km)ほど来なければならん。その距離を魔物に見つかる事無く走り抜くとは。とてもではないが子供の出来る事ではない。エルは走っておる間も魔物には遭遇しなかったのだな?」


 「はい。途中で休憩を挟んだり一日だけ小さな洞窟のような場所で枯れ葉と泥を自分に塗って寝たりもしましたが、魔物に襲われたりはありませんでした。」




 確かに森に迷い込んでからはどれだけの時間を走ったのかすら覚えていない。無我夢中に走り続けた。まさか自分がこんな距離を走っていたとは。休む時も気を張り続け、唯一眠った時も出来るだけ自分の匂いを消そうと泥と枯れ葉を体に塗りたくった。これは牢にいる時に隣の牢にいた人虎族と犬人族の奴隷から聞いた方法だった。そうする事で体の匂いが紛れ、泥が乾けば多少なりと体が冷えるのを防げると言われた。そうやって森を駆け抜け遂に体力が尽き倒れたが、幸運にもサームに出会う事が出来た。




 「この森はな?幻霧の森と呼ばれ、数多くの凶悪な魔物がおり、森の深部では伝承の中でしかいないとされる神獣や幻獣が未だ生きておると言われている。この森を我が物にしようとした数多くの支配者たちが甚大な被害を被り続け、ついには森に隣接する国同士が240年程前に幻霧の森とそれに隣接する国境周辺はは不可侵の領域とし、一切の侵攻を認めず所有者のない空白地とする条約を結んだ。それによってこの森の中で起こる事は誰にも訴え出る事は出来んし、自己責任の上であれば通過する事が出来る。この森の危険を熟知しておらぬ者が森を通過しようとして消息を絶ったり、魔物に襲われて命辛々街に逃げ戻るなどと言う事例はたくさんあるんじゃよ。」




 この森がそのような形で成り立っていたとは。恐らく奴隷商も短い距離であれば森を抜けても問題ないだろうと油断してしまったのだろう。まぁ、おかげで逃げ出せた訳だが。それほどまでに恐ろしい森だったとは。しかし、それならばなぜ自分はたった一人で隣国近くの森まで移動出来たのか。モヤモヤとした疑問は残りつつもサームの話を続けて聞く。

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