亡国の第三王子。転生した先の国は滅亡直後だった
絵空乃音
【状況説明】
この世界に輪廻転生があるとして、人が前世の記憶を持っていないのは、きっと魂に保存領域がないからなのだと思う。
確か、おぼれた小学生を助けようと、濁流に飛び込んだ。
泳ぎが得意でも、着衣の状態で水に入ることは危険なのだと、知識として備わってはいたが、とっさの判断で、それが参照されることはなかった。
水分を最大限に吸った衣類が重しとなり、体を制御できない中、一番近い岩に子供を押し上げたところで力尽きた。
それから、文字通り死ぬほどの息苦しさを経験したあと――今だ。
増水した川の底にいたはずなのに、いつの間にか周囲は無音であるばかりか、水圧も感じない。
薄暗かったはずだが、今は完全な闇となり、逆に、それまではなかった、無数の星のような光点が見える。
しばらくして、体が移動していることに気づいた。
流されているのではない。
足下に目をやって、そこに見えた光景を理解するのに、さらに時間を要した。
はるか下方にあるのは、よく写真で見たような青い惑星。地球は丸いと言う意見に、「お前、見たことあるのかよ」と、子供の頃、得意げに反論する悪友がいたが、彼にこの現実を伝えたい。
あり得ないことだが――どうやら今いるのは、宇宙空間らしい。星に見えたのは、星だったのだ。
もちろん、別の科学である、真空で人が生存できるはずがないという、単純明快な反証もあるだろうが、ここが死後の世界で、魂が肉体から分離したのだと仮定すれば、一応の説明は可能となる。
全世界では、毎秒二人程度の死人が出ているのだと、何かで読んだことがあるが、近くに感じる、複数の人の意識が浮遊している気配は、つまりは、同時刻に絶命したお仲間なのだろう。
新たに判明した事実もある。
どうやら霊体は重力の影響を受けないらしい。
母なる惑星が加速度的に遠ざかっているのだ。
連れて、過去の記憶が高速で失われていくのを認識した。
児童養護施設での生活は不便しかなかった。毎日、何かしらの不満を口にしていた。ただ、成績は悪くなかった。器用だとか、物事の本質への理解力が高い、なんて教師から褒められたことも少なからずあった気がする。運動も得意で、中でも泳ぎは一目置かれる存在だった。裕福な家庭だったなら、体系立てられたトレーニングを受けていれば、インターハイで活躍できたかもしれない。
苦学して国立大学に受かり、奨学金を得て、ようやく人並みになったと思えた幸運が、まさか死んで精算されることになろうとは。
良い思い出が、走馬灯に現れたのは一瞬だ。神様は不公平で狭量すぎる。
体が矮小化する感覚と歩調を合わせるように、記憶の欠落が多くなり、同時に離脱速度が増していった。
これまで人として存在していたのか、その確信もすでにない。
青く澄んだ星はすでに残像すらなくなっていた。太陽系も銀河系も区別できなくなった頃、露出時間を長くした星空写真のように、周囲の光が点から線に変わり、やがて完全に無になる、きっとその直前だった。
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