ゆるゆる暗殺者生活

綿貫

人類合格又不合格

 少女がジープの上で、銃口を空の上に向けて鉛玉を撃っている。

「いーち、にぃ、さーん、しぃ、ご、ろく……」

 銃声と共に、薬莢がシートの上にこぼれる。それを聞いていた、運転席の壮年の男は大きく舌打ちをした。

「おい、備品の無駄遣いはやめろ」

「だってぇ、退屈なんだもん」

「……誰のせいでこんなことになったと思ってるんだ」

 男は苦虫を噛み潰したような表情をして、ハンドルを握りしめた。少女はそれとは全く反対の表情で明るく笑い、手にしていた銃を放り投げて、後方を指さした。

「ね、ね、どうする? 多分あと数分で追いつかれちゃうよ」

「……具体的にはどれくらい離れている」

 少女は身を乗り出し、目を見開いて少し口を開けた。すう、と息を吸う音を、この二人だけが聞いている。

「……二kmくらい! 相手はまだこっちに気づいてないよ!」

「……なら、このまま」

「引き離す?」

「バカ、気付かれるだけだ。山の方に向かって一気に仕留めるぞ」

「……はぁ〜い」

 少女は少し、気だるげに返事をした。


 二人は『何でも屋』——というていの殺し屋である。男はイワン、少女はドリューという名で、憎い女を代わりに刺したり、それこそどこかのお偉いさんを狙うような不届者を沈めたり、金のために何でもやるのが彼らのモットーだ。

 故に、こんな風に何かが間違って依頼先でトラブルが発生するのも、珍しいことではなかった。今回は——発生源であるドリューから言わせてみれば——少し、少しだけ些細な食い違いがあったのだという。

 ただ、と殺し屋二人を追っている男達の全員が思っていた。こちらの人員を好きにしてはいいとは言っていない、と。おまけに本当に欲しかった情報は得られないままだった。では仲間たちは無駄死にしたのではないのか。彼らは奮起した。

 道路に不自然なタイヤ痕がついている。道路を急に曲がって、獣道を求めて走っていったようだ。

「奴らだ」

「山に行って、撒こうってのか」

「はっ、この先に道などないぞ」

 男達はそのまま、タイヤ痕を辿るように山の中へと向かった。そこは車が走れるような場所ではなく、木や草が立ち並ぶ中にジープが乗り捨てるようにして置いてあった。

「隠れているのか」

「探せ! 探せ!」

 男達も車を降りて、ジープの傍や、最早獣道とも言えないほど荒れきった山の中を探し回った。だが、何も見つからなかった。ジープの下を見ていた男が一人、ふと顔を上げた。


 ——鞄の中身と目があった。


 はっ、と男は息を呑んだ。

 その鞄は、不自然にチャックの開いたボストンバッグだった。それを眺めていると、ニヤリ、とチャックの中身の目が笑った。

「あははははは、あはははははははははははは、あはははははははははははははは!」

 けたたましい笑い声が聞こえた。あの少女の笑い声だった。周囲の男達も、ジープの荷物を警戒し始めた。最初に気づいた男が、ボストンバッグの中身に銃口を突っ込み、躊躇なく撃とうとした。

 だが。

「やめてよぉ」

 何かがひしゃげるような音がして、その後、何かを含んだような少女の声がした。ぺっ、からから、口に含んだ固形物を吐き出す音がする。

 男は見てしまった。拳銃の銃身が、少女の歯によって砕かれているのを——


(■■■■年 現代社会の教科書より引用)

 ■■■■年、人類は一度合格し、選ばれた者だけが入ることのできる国を創ることになりました。

 しかし、それが差別を生み、人類は二手に分かれて戦いました。

 選ばれし国に住む人類は、選ばれなかった人類を『犬人間』、選ばれなかった人類は、選ばれし人類を『人間じんかん』と、それぞれ呼ぶようになったのです。

 戦争を繰り返した人類は、また不合格とされ、今の私たちの生きる社会に回帰していったのです。


「こいつ、人間じんかんだ——」

 そう叫んだ男の声はすぐに掻き消された。バッグの中から少女の華奢な腕が伸びて、手に持った銃を発砲したからである。残った男達は一斉にバッグに向かって銃を構えた。

 人間じんかんと人類の違いは、まず耐久力である。並の攻撃では死なず、急所をただ攻撃しただけでは死なない。そのため、人間じんかんを殺すためには複数人で対処に当たらなければならない。

 だが——。

「……ッ!? お前、どうした!」

 引き金を引こうとしたその時、周囲の男が一人倒れた。眉間を撃たれている、だが目の前のバッグの少女は撃った形跡がない。それでは、誰が——

「あいつ……!」

 誰かが狙撃されていることに気づく、その瞬間にまた一人倒れる。最初に六人いたはずの男達は、ついに三人になった。男達の統制はもう取れておらず、一人は少女の方を警戒し、一人は頭を抱えてしゃがみ込み、一人は狙撃手を警戒——した瞬間、倒れた。眉間を撃ち抜かれた死体を前に、しゃがみ込んだ男は思わず叫んだ。

人間じんかん風情が、なんなんだよ一体! 俺たちが何かしたってのかよ!? 勝手に合格だの、犬人間狩りだの、訳わかんねえ事ばっかりしやがって……!!」

「ぷっ……」

 その叫びに、バッグの中の少女が笑った。チャックをずり下げる音がする。蛹から羽化するように、少女はバッグから姿を現した。黒いワンピースの上に着た、軍人が身につけるようなマントが空中に翻る。パステルカラーのツインテールが風に煽られる。人形のような容姿をした少女は、地獄のように笑う。

「あははははは! やっぱりそうだったんだ! お前もそうってことは、トップもそうなんでしょ? なあ——『犬人間』」

「クソがッ!」

 男は感情のまま、少女に向かって撃った。だがそれも虚しく、少女の口の中に残っていたであろう銃身に軌道を逸らされる。

「なあ、『犬人間』。お前らはいつもつまらないなあ。自分だけが安全圏の人間であると信じ込んで、それがひっくり返される時醜く喘ぐ。経験だとか考え方の違いで自分たちが偉いと思い込んでいる。だから窮地に立たされた時に戦いを放棄して逃げる。せっかく我々もお前らと共生の道を歩み始めたのに——全くつまらない」

 少女は地獄のような微笑みで、男に話しかける。男は銃を構えているが、銃口は震え、歯がカチカチと音を立てる。少女は男を一瞥し、銃口を向けた。

「だから、死ね」


 酷く草が生い茂った山の中、男がジープの上で電話をしている。

「ああ……それに関しては、申し訳なかったと思っている。『花の都』辺りから、優秀な人材を見繕っておく。……ただもう、『小網座』に関わる人間は、いないとみて間違いない。君たちのやっていることは、はっきり言って徒労だ。共生している人間じんかん達も、それぞれの町で、何事もなく暮らしている……我々にできることは、何もないのだ。人材の選抜が終わったら、また連絡する」

 最終的に、ほぼ一方的に捲し立てるようにして、男は電話を切った。ブルーシートに死体を包んだ少女が、疲れたあ、と言いながらジープによしかかる。

「ね、イワン手伝ってよ」

「バカが、元はと言えばお前のせいでこうなっているんだ。こちとら今から『パズル屋』にも連絡せねばならんのだぞ」

「う〜〜……わかったよ」

 少女は不承不承といったように頷いて、残りの死体をブルーシートに包む作業に戻る。そうしてようやく、草むらに倒れていた男達の最後の一人を発見した。

「こいつ生きてる。どうしよう?」

「死んだことにしろ。どうせ正気ではない」

「あはー、パズル屋さん喜ぶかな?」

 ジープの上のブルーシートに手をかけて、少女はふと、指折り数える。

「行くとこ、いっぱいじゃん!」

「お前のせいで増えたんだ」

「じゃあ、どこから行く?」

「決まっているだろう——この碌でもない依頼を我々にさせた、依頼主様のところからだ」


 イワンとドリューは、殺し屋である。

 ただ、彼らが殺すのはターゲットだけではない。

 

 その利害が噛み合わなければ、依頼者にもその矛先が向くことになるであろう。


(■■■■年 ■月■日 某社朝刊より引用)

 ■月■日未明、社会法人『水晶の舟』に襲撃があった。スタッフは全員行方不明となっており、警察は現在捜査を続けている。

 『水晶の舟』は、現在の人類の在り方に警鐘を鳴らしていた団体で、過去の戦争で所謂『人間じんかん』と呼ばれている人類との共生は不可能だと、リーダーである■■■■氏は強く訴えていた。


 夜も明けようかという空を見ながら、少女はあくびをする。ジープには様々な武器が転がっている。

「ねーイワン。どっか泊まろうよ」

「無理だ。こんな恰好では怪しまれる」

「じゃあ野宿〜?! え〜ん、シャワー浴びたいよ〜〜」

 ガタガタとジープの中の荷物が揺れる。男は溜息を吐いて、少女に煙草を取るように言った。少女は旅行鞄の中を漁り、煙草の箱とライターを手に取る。

「はい。咥えた?」

「火」

「つけるよ〜」

 ライターが灯り、煙草の匂いが広がる。少し香ばしさが広がる中、ゆっくりと太陽が昇る。

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ゆるゆる暗殺者生活 綿貫 @H41_fumio

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