いや

 あぁ、これダメだ。

 冗談抜きで本当にダメだ。

 私の本能がそう叫び、警告灯を発する。

 手を繋ぐのと同時にぞわぞわと鳥肌が立った。

 立ったような気がする、ではない。

 鳥肌が立った、という事後報告。


 「す、す、すみません」

 「うん? なんだい?」


 瀬田さんは足を止める。


 「そ、そ、その……手を繋ぐのはやめて欲しいです」


 気安く手とか繋がないで欲しい。

 ボディタッチとかしないで欲しい。

 本当に気持ち悪いから。

 生理的に受け付けないから。

 本能的に避けたいと思ってしまうから。

 顔すら見たくないから。

 理由をあげればキリがない。


 「ごめん、聞こえない。周りがうるさくて」

 「だ、だから、手とか繋がないで欲しいで、です」


 ぐいぐいと手を引っ張る。

 離さないぞという意思を感じるほど強く掴まれた。

 うぅ、痛い。


 「ごめん。聞えない」


 瀬田さんはさらに強く手を握る。


 「手とか……手とか! 手とか繋がないで欲しい……です」

 「ごめんね。聞こえないや」


 にやりと笑う。口角を上げた。さすがにわかる。すべて理解してやってるのだと。

 あんなに叫んで聞こえないわけがない。

 私がなにを言っても「聞こえない」の一点で突破しようとしてるのだ。

 力もなければ、強い言葉を口にする度胸もない。そんな私にはこの状況を打破できない。されるがまま受け入れるしか選択肢が存在しないのだ。

 視界が霞む。こんなの期待してた夏祭りじゃない。夢見てた夏祭りじゃない。楽しくない。つまらない。ネガティブな感情だけが油田のように湧き出る。

 嫌いな人と手を繋ぎ歩く。こんな屈辱的な夏祭りを楽しみにしてたわけじゃないのだ。もっと楽しく、笑い合って、心底幸せなになれる。そんな夏祭りを想像していた。所詮は絵空事だった。


 「行こうか」


 瀬田さんは眉間に皺を寄せ、ぐいっと手を引っ張る。

 もしもこの人を好きな人がこれをやられたらキュンとするのだろうか。ドキッと心が動かされるのだろうか。するんだろうな。恋は盲目って言うし。


 「わかりました」


 腹を括る。

 今日一日我慢すれば良い。

 そうすれば丸く収まる。


 嫌だけど。

 本当に嫌だけど。

 語彙力が欠如してしまうけど、本当に本当で凄く物凄く本気で凄く……嫌だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る