君のいない夏祭りを所望したい

 夏祭り当日。

 どんとこどんとこ太鼓の音が鳴り響く。

 道路のど真ん中に立つと、人の波に押されてあてもなくどこかへ流されてしまいそうなほどに人混みが激しい。


 あぁ、そっか。なるほど。これが祭りなんだ。これが夏祭りなんだ。夢に描き、妄想をしていた、夏祭りってやつなのか。


 カップルは浴衣を着てる。

 風情があるなぁなんて思いながら眺めてしまう。

 ただ服を着ているだけなのに。どうしてこうも世界観にマッチするのだろうか。不思議だ。ちょこっとだけ着てみたいと思ってしまう。


 それにカップルは幸せそうに手を繋ぎ、見つめ合いながら、歩く。

 今まではそんな幸せそうなカップルを見ても疎ましい気持ちしか湧かなかったのに、今はさほどない。


 一割は小野川さんと付き合ってるという事実が嫉妬を抑えてくれる。

 残りの九割はそういう気持ちを抱く余裕がないから。


 とりあえず夏祭りの雰囲気でなんとか気分を保つ。

 そうでもしないと憂鬱過ぎて発狂してしまいそうだ。


 今すぐに帰ってやろうかなとか思うけど、考えるだけで留まる。

 実際の行動には移せない。

 臆病すぎる。


 『ここにいるよ』


 瀬田さんからメッセージが送られる。同時に写真も受信した。

 地元なせいで写真をパッと見ただけでどの辺にいるのかわかってしまう。

 遭遇できずになぁなぁになって解散という展開を期待してただけに落胆する。


 『わかりました。向かいます』


 とだけ連絡を入れる。深々としたため息が出る。

 場違いなため息で周囲から異様な目を向けられる。そりゃそうだ。

 ヤバい人とでも思われてるのだろうか。

 まぁ周囲にどう思われようが関係ない。どうでも良い。

 写真の場所までやってきた。足を止める。

 電柱に寄りかかる瀬田さんを見つける。見つけてしまった。陰に隠れて、見て見ぬふりをしてこの場から逃げてしまおうかと考える。


 「やぁ」


 あっちも私に気付く。パッと手を挙げる。私の思考でも読んでいるのか。逃げ道を簡単に塞いでしまう。


 「ど、ど、どうも。お待たせしました」

 「早かったね」

 「そうですかね」

 「そうだよ。というか浴衣じゃないんだね」

 「そういう気分ではなかったので」

 「うん、そっかそっか。でもそれも似合ってるよ」


 コイツに褒められても全く嬉しくない。

 というか服が可愛いのなんてわかりきってることだ。だって、小野川さんが選んでくれたのだから。可愛くて当然だ。可愛くないとか言われたら流石にぶん殴ってしまっていた。もっとも私みたいなのに殴られたところでビクともしないんだろうけど。


 「それにしてもすごい人混みだね。こんなに大きくて人も多いとは思わなかったよ。スゴイお祭りだね」

 「そうですね」

 「合流できないかと思ってたから、合流できて良かったよ」

 「私も合流できないかと思ってました」


 合流できないかと思ってたし、合流したくないとも思ってた。もちろんそんなこと口が裂けても言えないけど。


 「さぁ、合流したことだし、行こうか」


 ピシッと指差す。

 そして私の手を無理矢理掴んで、歩き出す。

 手のひらに走る生温い感覚が私の心を曇らせる。

 きっと、うん、時間がこの感情を解決してくれるはずだ。

 そう信じて、叫ぶことなく、滔々と受け入れることにした。

 せざるを得なかった。

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