制服

 私はとある駅の改札前で立っている。スマホを片手にちらちらと電光掲示板を眺める。

 ちらっと見て、数秒スマホに目線を落とし、またちらっと確認した。

 もちろんそんな短時間で電光掲示板に表示されてる内容は変わらない。同じ内容を見ることになるのだ。

 そうだと理解していても、ちらちらと見てしまう。

 緊張を和らげるためには致し方ないことである。と、それっぽい言い訳をしてみる。実際そうでもしないと落ち着かないので言い訳でもないのかもしれない。

 そうこうしているうちに電光掲示板は切り替わった。

 それと同時に階段やエスカレーターからは大量の人が押し寄せてくる。スーパーのタイムセールを彷彿とさせるような光景だ。

 観光地プラス休日イコールとてつもない人込み。その方程式は正しいと目の前で見せつけられる。熱気に私は眉間に皺を寄せてしまう。

 なんというかもう既に萎えてしまう。インターネットで生息し、運動をまともにしないオタクで陰キャでぼっちな私にとってこの環境は非常に辛い。魚を地上に連れ出したような感覚だ。ぴちぴちと跳ねてそのうち干からびて死んでしまうかもしれない。

 けど、私に水がぽとりと垂れる。


 「平戸さん。おはよう……えーっと、平戸さん。おはよう」


 ひらひらと手を振り満面の笑みを浮かべてくれる小野川さん。

 成り行きはともかく、事実として私の彼女なわけである。

 そりゃあ、彼女が現れたら嬉しくもなる。


 一度意識すると、気持ちはどんどんと大きくなっていく。この人は私の彼女。私の恋人。そう思うと好きという気持ちが膨らんでいくのだ。我ながら単純でちょろいなと思う。

 それはそれとして、なぜ挨拶を繰り返したのか、という疑問は残ってるんだけど。いや、本当になんで繰り返したの。聞こえないかもという配慮かな。小野川さんの声は結構通るんだけどね。まぁ声質なんて自分じゃわからないか。


 「おはよう」


 私も真似して笑みを作りながら、挨拶をしてみる。


 どうも頬が上手くあがらない。

 昨日、メイクついでに笑顔の練習もしてみたんだけど、どうもぎこちなさが残る。引き攣った笑顔しかできないのだ。しかも意識すればするほど、より引き攣って汚い笑顔が完成する。もはやそれを笑顔と呼んで良いのか否かと悩んでしまうほどに酷いものとなる。今も引き攣った笑顔になっているんだろうなぁと思う。


 「あの」


 小野川さんは困ったように笑う。

 麦わら帽子に、ダンガリーシャツ。中のワンピースを見せるように、ダンガリーシャツはボタンをせずに、下部を結ぶ。清涼感溢れるファッション。おぉこれが陽キャパワーか。と、感動してしまう。

 顔の雰囲気も学校とは違う。メイクが濃いのだろうか。けどケバサもなければ、鬱陶しさもない。

 私の理想とする女子が目の前に立っている。だからこそ、困惑したような表情が目立ってしまう。その表情をさせてるのは間違いなく私だ。


「なんで制服なわけ」


 躊躇しながらも、小野川さんは指を差す。

 人差し指の先っぽを胸元へ持ってきて、つーっと下腹部に持ってくる。


 「今日って学校じゃないわよね」

 「違いますよ」

 「そうよね。そうだよね」


 うんうんと頷く、頷いてからゆっくりと首を傾げる。

 顎に手を持ってきながら、ううん? と声を出す。


 「制服デートをするつもりじゃないわよね」

 「そんなおしゃれなこと私にはできないです。ハードルが高すぎます」

 「ハードル高いのかしら……」


 首を傾げ、また私のことを見つめる。

 唇に指を当て、目を細める。


 「なんで制服なわけ」

 「戻ってきましたね」

 「戻ってくるわよ、そりゃ。意味がわからないもの」


 そりゃそうだよね、と思う。小野川さんがしっかりとおしゃれしてきてるからなおのことだ。


 「今日は休日。休日デートよね。放課後デートじゃないわよね」

 「違いますよ」


 冷静に否定する。


 「恥ずかしい話ではあるんですけどね」


 私は頬を指で撫でながら、覚悟を決める。まぁさっさと言うか、引き伸ばすかの違いだ。であるのならば、さっさと言ってしまった方が良い。


 「私服と呼べるようなものがスウェットくらいしかないんですよ」

 「えぇ……」


 困惑の域を飛び越えて、引いている。普通に引かれた。


 「スウェットで来るくらいなら制服で来るべきかなぁと思いまして」

 「その二択しかないのなら正解だけれど。本当にスウェットしかないの?」

 「一応他にもあるにはあるんですけど」


 頬を触りながら、天井を見上げ、あははと乾いた笑いを浮かべる。


 「それで良いじゃない」

 「小学生のころ着てた服なんですよ。残りは」

 「そう。じゃあそれで良かったんじゃない?」

 「もう着れないですから」

 「そんな急成長したの? 私は小六から成長ほとんど止まっているのだけれど」


 自身のつむじ付近をぽんぽんと叩く。帽子がぽこぽこと音を立てて凹む。


 「あー、いや、私も身長はある程度止まってるんですよ」


 自身の胸元に目を落とす。あの当時はこんなに大きくなかったから。今着たらきっと胸元がパツパツになって、発育の良い小学六年生みたいになってしまう気がする。なんなら収まらないとかも考えられる。

 ちょっと犯罪臭が漂いそう。

 小野川さんの胸元にもちろりと目線を向ける。平らな胸元が私の視界に飛び込んでくる。なるほど、ふむふむ、そういうことでしたか。


 「なんか、その、えっと、ごめんなさい」

 「その目線と謝罪が私の心を傷つけるのだけれど」


 むっと頬を膨らませながら、私のことを睨む。そして、申し訳程度に胸元を隠す。片手で隠している。私だったら手からはみ出ちゃうなぁとか思う。


 「ちょっと」

 「なにも言ってないですよ」

 「視線が失礼」

 「い、いや、そ、その意図は……なかったわけじゃあないですけど」


 嘘を吐こうとしたけど、良心が痛みやめてしまう。結果としてただ小野川さんの心をさらに削っただけだった。あぁ、すべてが完璧に見える小野川さんだけど、胸の大きさは気にしているんだなぁ。秘密を知ったような気分になる。


 「大丈夫だと思いますよ」

 「なにがよ」

 「大きければ良いというものでもないので」


 サムズアップをして白い歯を見せる。わりと自然な笑みを見せることができたと思う。


 「平戸さんが言っても嫌味でしかないのだけれど」


 不満そうな反応を見せる。正直なことを言ってしまえばそんな反応をする小野川さんも可愛いなぁになるのだけど、そんなこと言ったら本気で怒られそうなので心の中に留めておく。


 「えー、なんでですか」


 と、おちゃらけておく。


 「それよりも、学校外で会うのはなんだか新鮮ね」


 小野川さんは私の隣にやってきて、ぼーっと私のことを見つめる。

 制服じゃなきゃさらに新鮮だったのになぁという意味がありそうな眼差しにたじたじしてしまう。


 「制服なのはもう諦めてください」

 「あら、なにも言っていないわよ」


 すっ呆けてくすくすと笑う。


 「目が物語ってますよ」


 とんとんと涙袋を叩く。やり返してやった。


 「ふーん、わかるものなのね」


 意外、とでも言いたげな様子だ。


 「まぁ制服なのも含めてですね。色々とデートプラン考えてきたんです」


 ぽんっと胸を叩く。

 洋服もなければ、メイクもしていない。女の子らしいデートの準備はなに一つとしてしていないと言っても過言ではない。けどなーんにもしていないのかと問われればそれもまた違う。一応デートプランは考えてきた。もっともそれが小野川さんのお眼鏡にかなうかはわからないけど。


 「ちゃんと考えてきてくれたのね」

 「そ、そりゃ、約束でしたから」


 言われたことくらいは善処する。


 「私なりにですけど」


 むふんとドヤ顔をするつもりだったけど、怖くなって保険をかけてしまう。なんというか私らしいっちゃ私らしい。


 「そっか。うんうん。楽しみにしているわね」


 小野川さんは声を弾ませる。

 保険をかけた自分のことが恥ずかしくなった。

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