デート前夜

 デート前夜。

 今更になってとんでもないことに気付いてしまう。


 デートに着ていくような服はねぇ、メイク道具もねぇ、綺麗な靴も顔もねぇ。


 自分でも引くくらい女子力が足りていなかった。


 「泣きそう……」


 オシャレとか無縁だし不要だろー、と一蹴していた過去の自分を思いっきりぶん殴りたい。

 小野川さんから課されたデートプランの構築はなんとかクリアしたというのに、それ以前の問題だった。


 頭を抱える。

 抱えたところでどうしようもないんだけど、頭を抱える。


 いやいや本当にどうするんだ。


 あ、そうだ。

 洋服はどうしようとないけど、メイク道具はどうにかなるかも。


 思い立ったが吉日。

 善は急げ。


 同じ意味かな。

 まぁなんでも良いか。


 バタンと自室の扉を乱雑に開けて、ドタガタバタバタと足音を立てながら階段をくだり洗面所へと駆け込む。

 人差し指を立てて、くるくる〜っと回す。

 目的の物を見つけ、手に取る。


 「んん? んー?」


 ママのメイク道具ならあると思って駆け出してみたのは良いものの、肝心の使い方がわからない。


 「なんだこれ、意味不すぎる……」


 この高級感漂うリップみたいなのは口紅でしょ。

 そのくらいはわかる。

 女子だもん。

 綿棒の先っぽがクリーム色になってるのはコンシーラーかな。

 クマとかシミとかシワとかくすみとかを隠すやつだよね。

 わかったけど、このアイテムは私とは無縁だ。


 損してないはずなのに、なぜか損した気分になる。


 で、この辺の液体系は本当にわからない。

 化粧水に、乳液、美容液。

 うん、この辺はいつも使ってるしわかるよ。

 だけど他のやつは全くわからない。

 見当もつかない。

 オシャレでしょみたいな顔して英語がどどんと印字されているのが腹立つ。

 英語なんて一切わかんないっての。

 ここ日本だからさ、日本語で書いてよ。

 特にこのゼリーみたいなのはなんなの。

 ジェル状じゃん。

 質の悪いローションかな。

 もうわかんないから放置で良いや。


 次はこいつ。

 ハサミみたいな持ち手はあるけど、刃先はない。

 ハサミのリージョンフォームかな。

 これも見当つかない。

 こっちのふわふわしたブラシはなにに使うんだろうか。

 先っぽは肌色に染まっている、というか汚れてる……から肌に塗る系のなにかだとは思うけど、わからん。

 見た目はほとんど巨大化した書道用の大筆だ。

 こんなのを顔に接させるとか想像すらできない。


 まぁとりあえず物は試し。

 個々の道具の正しい使い方はわからないけど、私だってそれなりに女の子をしてた時期はある。

 ママがメイクしてた姿くらいは見たことがあるのだ。

 だからそれなりにできるだろうと思う。

 そりゃあ完璧にできるとは一切思っていないけど。


 半分以上わけのわからない道具たちだが、それっぽく使いつつ、顔と言う名のキャンパスに落書きをしたのだった。


 一時間ほどするとできあがる。

 改めて鏡を見る。

 自然と眉間に皺は寄り、ノータイムで目を擦って、ぶんぶんと首を横に振り、また鏡を見る。


 鏡の向こうにいるのは化け物。

 ケバイとかそういう次元を遥かに超えている。


 タヌキが化けるために化粧でもしたのか、という感想を抱くくらいには酷い出来栄えだった。

 テカテカキュルキュルカッピカピ。

 メイクと呼ぶことすら烏滸がましいと思う。

 こんなので出歩いたら警察署に連れて行かれるか、インターネットのおもちゃになってしまう。


 当たり前のように化粧をする世の女性たちもこの惨劇の道を辿ってるんだろうか。

 ここからあれほどに綺麗なメイクをできるようになってるのか。


 うーむ、スゴイなぁという淡泊な感情しか湧いてこない。

 それか著しく私にメイクの才能がないのか。

 どっちもありえそう。


 なにはともあれ確実に言えるのはこの技量しかない私が明日、綺麗にメイクできるわけがないということだ。

 ネットで勉強したとしても付け焼き刃程度だろう。

 やめておいた方が良い。

 鏡に見える私がそう叫んでいる。

 こんなのでデートしたらそれこそ小野川さんに嫌われてしまう。


 「そうだ……」


 と、漏らすように声を出し、鏡の前で幾つものポージングをとって自身の姿を眺めてみる。


 「ううーん……だめそう」


 見る角度によってはワンチャン綺麗に見えたりしないかなぁ、という微かな望みも儚く散る。

 どの角度でも化け物。

 化け物が化け物になるだけ。


 「こりゃひでぇーな」


 洗面台に手をつきながらため息を吐く。

 こういうのはやっぱり努力を積み重ねることが大事なのだろう。

 一日目だからこの悲惨さなわけであって、百日、千日、一万日と積み重ねていけばそれなりに上達するような気もする。


  嘘。


 そうであって欲しいと願う。

 今回のデートでメイクをしようというのは諦めるけど、いつかはしっかりとメイクをしてデートをしてみたい。

 その願いはふと叶わなくなるかもしれない。


 だから今日から少しずつ頑張っていこうと思う。


 今日はもう頑張った。

 メイクを落とそう……。あ、あれ? 顔を水で洗ってもこの口紅とか綺麗に落ちないなぁ。

 どうすりゃ良いんだ、これ。


くもしかして一生このままだったりして……。


 そんな不安を抱えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る