第4話

軍曹は更に3個のクレイモア地雷を重機関銃陣地の前面30メートルの所に5メートル間隔で据え付けた。

湾曲した弁当箱のような地雷本体から重機関銃陣地の中までケーブルを伸ばし、クリップの操作で爆発できるようにセットし、テスト用の回路で動作確認をした。

この地雷は爆発すると前面に60度の角度で開いた最大で250メートルの扇形の範囲に700個の鉄球を発射される、一種の大型散弾銃のようなものだった。

軍用小銃弾以上の高初速で撃ち出される鉄球は強烈な衝撃波を伴って飛んで行き、骨や筋肉を粉々に粉砕して切り裂き至近距離であれば文字通り人間を血の霧に変えて空中に消し去る威力を持っている。

軍曹は、実際に至近距離でこの鉄球の嵐を浴びた一個分隊規模、十数名の兵士の体が一瞬で血の霧となって空中に消え失せるのを見た事があった。

敵が密集して殺到して来た時は極めて効果がある兵器だった。

もっとも密集して突撃して来たらの話だが。


更に軍曹は兵士たちに命じて陣地の周りに塹壕を掘らせ、容易に陣地に侵入できないようにした。

村の一角では囮部隊と共に派遣された3人の衛生兵が村民に目薬や抗生物質などを与えて様々な治療を始めていた。

たちまち老人や子供を抱いた母親などが集まり行列を作った。

軍曹はすぐ隣を歩く通信兵に、村に到着して防御態勢を整えている事を駐屯地に知らせるように命じた。

広場を横切って村長に連れられた村の自警団がやって来た。

自警団の指揮官は村長の息子で、政府軍の退役少尉だった。

軍曹は村長と自警団の指揮官に敬礼し、挨拶を交わしながら、最近の状況を聞いた。

村長の息子でもある自警団指揮官は民兵組織のパトロールと小規模な略奪を目的とした少人数の部隊が時折出没する事と、村にいる40名からなる自警団が見つけ次第追い払っている事を自慢げに話した。

軍曹は自警団指揮官の話に調子を合わせながらさりげなく自警団の兵士達を観察した。

彼らが持っている武器は、民兵組織と同じ突撃銃の東ヨーロッパで作られたバージョンと中国製、エジプト製などの銃が混在していた。

頑丈で作動に心配は無いと言っても彼らが持つ銃の所々に浮いた錆を見て、更に正規の訓練を受けていないアマチュア同然の彼らの所作を見て軍曹は先が思いやられる気がした。


軍曹は自警団指揮官と話しながら傭兵団で使用しているイスラエル製の突撃銃を村の自警団に支給できないか考えた。

また、彼らのプライドを傷つけないでいかに訓練をして戦力になる兵士にするか考えた。

いくら武器を持って強がっていても所詮彼らはアマチュアだった。

こういう経験が浅い兵士達は、こちらが優勢な時に攻勢をかける分には勇敢だが、陣地防衛など精神的重圧が強い戦闘には極めて不向きなのを知っていた。

いったん崩れ始めると戦術上の意味も自分の役割も考える事無く限りなく逃げ散ってしまう。


村長が祝宴の用意をしてあると笑顔で言った。

アフリカで客をもてなすことは非常に重要な事なのだ。

もてなしの規模でホストの格が判るとまで言われている。

軍曹は早速周辺地帯の偵察をしたかったが、村の防御を高める前に下手に動いて、大規模な遭遇戦になるのを恐れ、そして村長の機嫌を損ねるのを恐れ、笑顔で祝宴の招待を受けた。

長距離斥候任務や情報収集した限りでは民兵組織は夜戦は行わない。

アフリカ人に共通する癖だが彼らは極端に夜の闇を恐れる。

今晩の所は大丈夫だろうと判断したが、民兵組織が明け方まだ薄暗い時に集落を襲っているのを目撃したので、今日は兵の半分を交代させながら、夜通し村周辺の警戒に当たらせることにした。

軍曹が村の外周を回り、防衛に適している所に兵を配置していった。

4人一組の兵を5か所に配置し、手元に残った軍曹を含めた10人で遊撃班を編成し、綻びた防御線の火消しに使うつもりだった。

通信兵が背中に背負った無線機の受話器を差し出した。

少佐だった。

少佐は空荷のトラックが故障して駐屯地への到着が遅れる事を伝えた。

そして明朝早くに機材を積んだ別のトラックを出発させて昼ごろには村に到着する事を言い、そちらの様子はどうだと尋ねた。

軍曹は少佐に傭兵団が使用する突撃銃などの装備と訓練士官の派遣を頼んだ。

少佐は何とか手を回してみると答えた。

軍曹は少佐に思ったより早く作戦が図に当たるかも知れませんと告げた。

大きな獲物が案外すぐに引っ掛かりそうです、と続けてにやりとした。

少佐は何かあったらすぐに機械化した2個中隊、300人を派遣する体制を整えていると答えた。


傭兵団の現在のトラック保有数ではそれが精一杯の動員兵力だ。

兵站部の将校があちらこちらから民間のトラックを買い集めているが、まだまだ、全兵力に機動力を持たせるには足りない状況だった。

軍曹はいざとなったら大隊全力の4個中隊、600人を派遣して欲しいと言いそうになったが、その言葉を飲み込んで少佐に礼を言って通話を切った。

陽が落ちて、辺りを夜の闇が覆い始めた。

村の中央の広場では軍曹達を歓迎する祭りの準備が始まっていた。

軍曹は今日は徹夜で過ごし、明日の明け方から、村の周辺に偵察隊を出す事にし、配下の3人の伍長にその旨を通達した。

軍曹は腕を組み、重機関銃陣地から暗がりにうずくまる森をじっと見つめた。

何人かを選抜して森を調べさせるかしばらく悩んだが、結局敵の部隊が潜んでいて大規模な遭遇戦が発生しても今は何も手が打てない事を思い、諦めると踵を返して村の広場に向かった。


村から離れたその森では800人の民兵が、本拠地から持ってきた携帯食料を齧りながらじっと息をひそめて村から聞こえてくるかすかな祭りの喧噪を聞いていた。

ンガリは、ふかした冷えた芋を齧りながら、はじめて参加する実戦の様子を思い浮かべ、腹に置いた重い突撃銃と、腰に下げた刃渡りが長い良く研いだナタを撫でまわした。



村では軍曹達、囮部隊(実際は独立威力偵察隊と呼ばれていた)の歓迎の祝宴が始まろうとしていた。

部族の踊りと歌が始まり、広場に集まった人々で賑やかになって来た。

軍曹はそれぞれ5か所に4人組で配置した兵士達半分づつを宴席に呼び寄せた。

そして、兵士を配置した場所に松明を沢山焚かせて村周辺から夜の闇を追い払った。

軍曹は自警団指揮官に翌朝未明に周辺を偵察したいので何人か自警団兵士を貸して頂けないか?と低姿勢で尋ねた。

自警団指揮官は、寄り抜きの兵士を貸してあげようと鷹揚に答えた。

早くも酒を飲んで赤らんだ自警団指揮官の顔を広場中央の巨大なたき火が照らした。

軍曹は差し出された酒をさも豪快に飲み干す素振りを見せながら、実は少し口をつけただけにしていた。

他の兵士も愉快げに酒を飲んでいる振りをしながら、実はほとんど飲んでいなかった。

事前に軍曹の指示があったのだ。

兵士達はさりげなく持ち場について警戒している兵士達と交代しながら宴席に連なった。

村はたき火と松明で赤々と照らされて夜明け前まで祭りは続いた。

酔いつぶれた村民たちがゴロゴロと横になっていびきをかき始めた頃、軍曹は村の中を回り、兵士達の守備位置を確認した。

そして、酔いつぶれている自警団指揮官を揺り起こし、部下を貸してくれるように交渉した。

自警団指揮官は、すぐ横に寝ていた15,6歳の少年と40絡みの中年男を指さし、また横になった。

軍曹はため息をついて、遊撃班の指揮を執っている伍長に二人を起させた。


自警団の中年男と少年は眼をこすりながら起きると傍らに置いた突撃銃を手に立ち上がった。

軍曹は村の西側に配置した重機関銃陣地に二人を連れて来た。

囮部隊の人数に限りがあるので四方同時に斥候を出す余裕がなかった。

軍曹は遊撃班に属している兵士を3名選抜し、伍長を指揮官にして一番気になっている村の西側3キロほどの所の森を調べさせる事にした。

辺りは薄明るくなってきていて、村では女達が朝食の支度や洗濯を始めた。早起きの子供たちが物珍しそうに陣地にやって来て、興味深く軍曹や兵士、重機関銃を見つめていた。


森の偵察を任された伍長は偵察班と、道案内の自警団兵士の2人を連れて草原を進んでいった。

軍曹は通信兵に命じて昨夜は問題なく過ごせた事を駐屯地に連絡した。

少佐はもう起きていて通信兵から軍曹に変わると、もうすぐ、重機材を積んだ3台のトラックが村に向かって出発する事を伝えた。


陣地では子供好きの兵士が集まって来ていた子供たちに、危険だからクレイモア地雷に近づかないように面白おかしく説明をしていた。

兵士はおどけて地雷が爆発するとこんな風になるぞ!と大げさに跳ね跳んで見せた。

居並ぶ子供たちは兵士のおどけた動作にげらげらと笑い転げた。

子供を笑わせたごついひげを生やした東洋人の兵士が白い歯を見せて笑い返した。

軍曹はその光景をにこやかに見つめながら、ふと、昔に見た「七人の侍」と言う映画の、三船敏郎が演じる菊千代を思い出した。

軍曹は顔を引き締めて双眼鏡で森を監視した。

幸いにもこの村は井戸が村の広場にあるので村民たちが遠い道を歩いて水を汲みに行かなくて済んだ。


いささか年長の少年少女が森の方角に薪を取りにぶらぶらと歩いて行った。

軍曹は微かな不安を覚えながら少年少女たちを双眼鏡で追った。

太陽が地平線に姿を現し、次第に辺りが明るくなってきた。

森の中で一晩過ごした民兵組織は夜明け前に、攻撃に先行して100人ほどの民兵を村を迂回して村の北側の街道沿いの草むらに、20人程の大人の民兵を西側から村に近寄らせていた。

100人程の民兵は村の北側、街道沿いの草むらに身を隠し、20人ほどの民兵は慎重に草原に身を隠しながら軍曹達の重機関銃陣地に近づいて行き、陣地から200メートルほどの藪に身を隠した。


森ではンガリ達、年が若い少年少女がこめかみに麻薬の軟膏を塗られて、予備の弾倉2個づつを迷彩服のポケットに入れ、銃を構えて、横一列に並ばされた。

ンガリ達の後ろを少し年長の少年たちが並んだ。

民兵指揮官がンガリ達の前を歩きながら言った。


これからお前たちの村よりもっともっと生意気な村を攻撃する。

お前らはこの国を解放する為に戦ってきた俺たちに、勇気がある事をしめさないといけない。

お前らは攻撃の先頭を歩くのだ、これはとても名誉がある事だ、途中で逃げたり、隠れたりした卑怯な奴は後ろから容赦なく撃つ、お前らが本当の戦士であることを俺たちに示せ!


敵を殺せ!敵を殺せ!敵を殺せ!


指揮官が押し殺した声でンガリ達の前を歩きながら呪文のように言った。


敵を殺せ!敵を殺せ!敵を殺せ!


高揚したンガリ達が眼をぎらぎらさせて小声で呟いた。


前進!敵を殺せ!皆殺しにしろ!


民兵指揮官が怒鳴り、ンガリ達が雄たけびを上げつつ全身を開始した。



軍曹は双眼鏡で森を偵察に向かっている斥候班の後姿を追っていた。

突如、森から無数の虫が湧いた様に民兵たちが姿を現した。

軍曹は出現した民兵の数の多さに驚愕したが、その思いを面に出さずに矢継ぎ早に命令を下した。

配下の2人の伍長が笛を拭き、警戒警報を発するとそれぞれの持ち場に駆けだした。

重機関銃陣地では兵士達が慌ただしく子供たちを村の中に戻るように声を出しながら、素早く陣地の所定の場所に付いて機銃の装填をした。

重機関銃の筒先が森の辺りを舐めるように動き警戒態勢に入った。

通信兵が駐屯地を呼び出そうと慌ただしく無線機に呼びかけ始めた。


斥候班も森から突如出現した民兵の大群に肝をつぶしながらも村の方に退却を始めた。

薪を拾いに行った少年少女が悲鳴を上げながら村に向かって走って来た。

少年少女達は斥候班の様に身を隠すことをせずにまっすぐに村の方に走って来た。

森から大量に吐き出された民兵の列から銃が発射され、着弾の煙が薄気味悪い蛇のように少年少女の後を追った。

悲鳴を上げて逃げる少年少女達を着弾の煙がとらえ、赤い血しぶきを上げた少年少女達が銃弾に引き裂かれて次々と倒れた。

軍曹はいささか距離が遠いが、重機関銃手に逃げてくる子供たちの援護射撃を命じた。

腹に堪える野太い大音響を上げながら重機関銃が火を吹き始めた。

銃を構えた民兵の子供が重機関銃の弾を体に受けて、軍曹の双眼鏡の視界の中で引きちぎれて、弾け飛んだ。

チキショウ!あんなガキに戦争をさせやがって!軍曹は双眼鏡を覗き込みながら歯を食いしばりながら唸った。

村からは突如轟き渡った銃声に驚いた村民たちが駆けつけて来て今まで見た事も無い民兵の大群を見て口々に悲鳴をあげた。

その間も民兵が続々と森から湧いて出て、村に向かって来た。





駐屯地では囮部隊から民兵出現の報告を受けた少佐が、大きな獲物が罠にかかった事にほくそ笑みながら、配下の4個中隊のうち、機械化された2個中隊に出撃命令を下した。


朝の駐屯地はにわかに慌ただしくなった。

下士官が笛を吹きながら走り回り、練兵場に並んだトラックが次々とエンジンを始動した。

慌ただしく装備を身につけ、防弾チョッキやヘルメット、予備の弾薬などで奇怪な甲虫の様に体を膨らませた兵士達が突撃銃を片手に我先にトラックに乗り込んだ。

車列の先頭のジープに護衛と共に乗り込んだ少佐が後方に並んだトラックを見つめた。

各トラックの荷台の後ろに立った下士官たちが、所定の兵士達が乗り込むと次々と合図をしてきた。

車列から少し離れた所に立って乗車状況を見ていた下士官が、兵士全員の乗り込みを確認すると笛を吹いて手に持った赤い旗をあげた。

少佐が手を二度振り、車列が駐屯地の出口に向かって進み始めた。

ゲートが開かれ、留守番の兵士達の敬礼に見送られながら、少佐が率いる戦闘歩兵2個中隊が出発した。



村の守備をする軍曹に今、救援隊が出発した事と、先発した重機材を積んだトラックに無線で連絡を取り、しばし待機して後発の主力車列に合流するように命じた少佐は座席に腰を下ろすと愛用のショットガンの動作確認をした。

ちょいとした狩りに出かけよう!

少佐が言うと、ジープに乗ったくわえ煙草の護衛兵士達が朗らかに笑った。





そのころ村では、軍曹達が民兵からの銃撃に生き残った少年少女をなんとか収容した。

村にたどり着いたのは2人の少年だけだった。

彼らの後には撃たれて倒れた少年少女が、点々と転がっていた。

中にはまだ息があって動いている者もいたが、到底救出する事は不可能だった。


銃撃に倒れた少年少女達の親が泣き叫びながら子供の元に行こうとするのを自警団兵士達が必死になって止めていた。

軍曹が放った6人の斥候班が民兵に向けて何度か射撃しながら村に向かって退却してきた。

軍曹は引き続き重機関銃手に斥候班の退却の援護射撃を命じると共に、ハンドトーキーで村のそれぞれの守備についた兵士達に状況を尋ねた。

今の所、他からの攻撃は無いようだ。

軍曹は引き続き厳戒体制を取るように守備兵に命じた。

いつの間にか軍曹の隣にやって来た村長と村長の息子である自警団指揮官が青い顔をして軍曹に詰め寄った。

ウソを言って安心させても始まらないので軍曹は今の状況をありのままに話した。

今、救援隊が駐屯地を出発した事、4時間持ちこたえれば民兵たちを一網打尽にできる事、自警団兵士を西側の防衛線に投入して欲しい事、村民の中で銃を持てる者は防衛線に加わって欲しい事などを伝えた。

村長と自警団指揮官は青い顔をして軍曹に不安と不満をまくし立てた。

あんな大群に襲われて4時間どころか1時間も持たないと怒鳴りながら、周りにいる村民たちに逃げる用意をするように叫びつつ村の中央に走り去った。

周りの村民達もパニックを起こして悲鳴を上げながら村長たちの後を追った。

退却してきて陣地に収容された斥候班の内の自警団兵士が恐怖に目を見開きながら慌てて村長達の後を追って走り去った。


ンガリ達は大声で殺せ!殺せ!と叫びながら散発的に射撃をしながら村に向かって前進した。

村の入り口の敵陣地から打ち出される重機関銃弾がンガリの隣の子供の胸板を打ち抜いた、撃たれた子供は胸に、大人の腕が通り抜けそうな大きな穴が空きそのまま2歩ほど前進して口から血と内臓を吐き出して倒れた。

撃たれた子供の向こう側にいた、体格の良い少女が頭部をかすめた機銃弾が耳を毟り取り悲鳴を上げ、頭を抱えてしゃがみ込んだ。

ンガリ達の後ろを腰をかがめながら進んでいた年長の少年兵がしゃがみ込んだ少女に向けて銃を撃った。

少女は獣のような悲鳴を上げて、血をまき散らしながらのたうちまわった末に味方から止めを刺された。

あちらこちらでンガリ達最前列の子供たちが敵味方からの銃弾で次々と倒れて行った。

民兵兵士達はンガリ達を楯にしながら進んだ。

死んで行くのはンガリ達、使い捨ての少年兵の新兵ばかりで、戦闘の主力である、経験を積んだ兵士はほとんど無事だった。

ンガリは麻薬で高揚としていて、同じ集落の少女の最後も気にせずに、殺せ!殺せ!皆殺しにしろ!と叫びながら前進した。

やがて、突撃銃の有効射程距離に入った民兵の列に向けて軍曹達も射撃を開始した。

叫びながら進んでくる民兵の少年兵たちも、活発に銃を撃ち返し始めた。

陣地に積んだ土嚢にも着弾し始めた。

軍曹達が放った銃弾に当たった子供たちが銃を投げ捨てあどけない悲鳴を上げて転がりまわった。

ごついあごひげを生やした東洋人の兵士はガキめ!ガキめ!と悪態をつき、涙を流しながら銃を撃ち続けた。

軍曹は兵士達を叱咤しつつ射撃をしながら周りの状況を観察した。

重機関銃の弾が恐ろしい勢いで無くなって行き、重機関銃手は連射を止め、個々の標的に狙いをつけて点射を始めた。

すでに持ってきた弾薬の半分を撃ち尽くしていた。

連続射撃で熱くなった銃身に、射手の隣に陣取った兵士が水筒の水を掛けて冷やした。

加熱した銃身が水を浴びて、もうもうと白煙を上げた。

民兵に向けて射撃をしている者は軍曹の配下の傭兵達と、ほんの数人だけ踏みとどまった自警団兵士のみとなった。


村の中央から伍長の一人が慌てて走って来た。

そして、急造陣地の中に飛び込み、軍曹に村民たちが全員逃げ出し始めたと早口で伝えた。

射撃を続けていた自警団の兵士が伍長の言葉を聞くと、射撃をやめて村の中央に向かった走り始めた。

自警団兵士の何人かはパニック状態になり、銃を投げ捨てると逃げ去った村民たちを追って走り去った。

軍曹は陣地守備の指揮を伍長の一人に任せると、一人で村の中央に走った。




そのころ、囮部隊救援の為に村に急行している少佐率いる傭兵2個中隊の車列を、政府軍が応急に設置した検問所が阻んだ。

何事かとジープを下りた少佐と護衛の兵士が検問所に歩いて行くと、胸に何の根拠もない勲章をずらりとぶら下げた清潔な軍服に身を包んだ政府軍大佐が、手に書類を持ち、政府軍兵士達を引き連れて少佐達の前に立ちはだかった。

少佐が政府軍大佐に敬礼をした。

鷹揚に敬礼を返した政府軍大佐が笑顔を浮かべながら少佐に近づいてきた。

大佐の胸にずらりと並んだ金ぴかの勲章を見て、護衛兵士達の内で少佐のすぐ後ろに立っていた元イスラエル軍人の女兵士が小さく舌打ちした。

大佐は命令書を少佐に渡した。

傭兵団第2戦闘歩兵大隊(少佐の部隊の事だが)は首都警備に回される事になり、速やかに駐屯地でその準備をして首都に向かい出発せよとの内容だった。

書類のサインは、ある民兵組織との繋がりが懸念されていて、私服任務の傭兵チームからひそかにマークされている将軍の名前が記されていた。

少佐は現在作戦行動中で急な命令変更には対応が出来ないと答えた。

形式的には傭兵団は政府軍の指揮下に入っているが、少佐に対する命令は首都にある傭兵団の上級司令部から入る事になっていた。

本部と連絡を取らなければと少佐が言うと政府軍大佐はにこやかな顔のままで、即座に命令に従わなければ君を逮捕せざるを得ないと言った。

少佐は渡された命令書をぎゅっと握りつぶし、本気でやる気ならどうぞ、と言った。

大佐の背後にいた政府軍兵士が一斉に銃を構えて少佐に向けた。

それと同時に少佐の護衛兵士も政府軍大佐達に銃を向けた。


少佐の車列の先頭のトラックから兵士がばらばらと降りて素早く扇形に展開すると距離をおいて政府軍大佐達を包囲した。

少佐と大佐はしばらく睨みあった。

その気になれば少人数の政府軍など蹴散らして検問所を突破することなど簡単な事であった。

しかし、それは同時に政府軍も敵に回す事になる。

とても少佐の独断で判断を下せる事では無かった。

少佐のすぐ後ろで銃を構えていた護衛兵士達がじりじりと前に進み、少佐の前に回って来た。

彼らはいざと言う時に少佐の楯になろうとしていた。

同志討ちで大切な兵士の命を捨てる訳にはいかなかった。

少佐は非常な苦労をしてにこりと笑うと、左手を高くあげて、ひらひらと左右に振った。

傭兵達が銃を下ろした。

少佐が大佐に敬礼をして駐屯地に戻る事を伝えた。

顔にびっしょりと汗をかいて少佐を睨みつけていた大佐があからさまにホッとした表情で笑顔を浮かべて頷きながら敬礼を返した。

大佐の背後の政府軍兵士達もホッとして銃を下ろした。


少佐は不満げな表情の兵士達を車に乗車させると駐屯地に帰ることを告げた。

護衛の女兵士があからさまに不機嫌な表情を浮かべて煙草に火をつけるとやたらにふかした。

少佐は村で奮戦しながら少佐を待っている軍曹を呼び出す事を通信兵に命じた。

通信兵が囮部隊のコールサインを呼び出したが応答が無かった。


少佐は引き続き囮部隊から返答があるまで呼び出せと命じ、自分も煙草を取り出して火を点けようとした。

怒りで手がぶるぶると震え、なかなか火がつかなかった。

隣に座っていた仁王の様な顔の黒人の護衛兵士が火をつけたジッポーを差し出した。

普段、絶対に他人に煙草の火を点けさせない少佐が、口に加えた煙草をジッポーの火に近づけた。

闘志満々で強力な戦闘力を持つ傭兵を満載したトラックの列は次々とUターンして駐屯地に戻っていった。

通信兵がしきりに囮部隊のコールサインを呼び続けた。

通信機は沈黙したままだった。





続く

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