明日を作る人々

三鹿ショート

明日を作る人々

 仕事が初日であるためか、彼女は困惑の表情を浮かべていたが、私の命令には素直に従っている様子を見ると、前途は有望である。

 今日で三人目となる女性を貨物自動車に仕舞ったところで、近くの飲食店において昼食をとることにした。

 黙々と食べ進める私に対して、彼女は箸を手にしようとはしなかった。

 料理が冷めてしまうではないかということを伝えると、彼女は正面から私の目を見つめながら、

「何故、あなたは平然と仕事をこなすことができるのですか」

 その問いは、新人が必ずと言って良いほどに口にする内容だった。

 ゆえに、私は淀み無く答えることができる。

「私は、運ぶことだけに集中しているからだ。運んだ後の人間たちがどのような扱いを受けているのかということを考えなければ、思い悩むこともない」

「最初から、そのように行動することができていたのですか」

 彼女の言葉に、私は首を左右に振った。

「新人だった頃、私もまたきみと同じように、困惑していたものだが、一週間後には、何の疑問も抱くことなく働くことができるようになった。だが、きみが私のように出来なかったとしても、気にすることはない。人間には、向き不向きというものがあるからだ。別の仕事を探せば良いだけの話である」

 私の言葉を聞いた後、彼女は緩慢な動作で食事を開始した。

 その様子を見て、彼女がこの仕事を続けることはできないだろうと、考えを改めた。

 これまでに辞めていった新人たちの様子と、同じだったからだ。

 案の定、彼女は三日後に職場を去った。

 その後、新たな人間がやってきたが、その人間もまた、一週間後には姿を消した。

 会社は、私の指導に問題が存在しているのではないかと考えているらしいが、問題が存在しているとすれば、それはこのような行為を仕事として選んだ会社の方である。

 会社自体が問題ならば、其処で働いている私もまた、問題だということになるのだが、そのことには目を瞑ることにした。

 それは、私の得意な行為だった。


***


 私が呼び鈴を鳴らしたことで姿を現した女性は、疲れ果てている様子だった。

 話を聞いたところ、女性の娘は、働き始めてから三日で仕事を辞めてからは、自宅に籠もるようになってしまったということだった。

 その三日で何を経験したのか、女性の娘は感情的に行動することが多くなり、家族に暴力を振るうことは珍しいことではないらしい。

 それでも、娘の面倒を見ていたのだが、自分たちが先にこの世から去るということを考えた場合、どれほど劣悪な環境だったとしても、最低限の生活を保障してくれるのならばということで、我々に連絡をしたという事情の持ち主だった。

 事前に薬で眠らせているということだったため、運ぶことも容易だろう。

 女性の案内で、娘の部屋へ向かったのだが、其処で私は、彼女と再会した。

 彼女を運ぶことになるとは想像もしていなかったために、驚いたことは事実だったものの、その感情は即座に霧散した。

 相手が誰であろうとも、私は運ぶだけである。

 運び終えた私が去ろうとしたとき、女性が涙を流していることに気が付いた。

 どれほど問題を抱えていたとしても、娘を手放すということについて、思うところがあるのだろう。

 しかし、私はその姿に頓着することなく、女性の自宅を後にした。


***


 有給休暇を消費していたところ、会社の同僚から食事に誘われたために、飲食店へと向かった。

 私とは異なり、同僚は内部で仕事をしているために、私の知らないことも知っている。

 だが、そのような情報を私が求めているわけではないということを知っているために、同僚が話す内容といえば、家族や趣味といったものばかりだった。

 相槌を打ちながら食事を進めていたところ、同僚の鞄の中から、音楽が聞こえてきた。

 私に軽く頭を下げると、同僚はその場から姿を消したのだが、数秒後には戻ってきた。

 同僚は溜息を吐くと、

「会社からの呼び出しだ。どうやら、問題が発生したらしい」

「では、早く向かうと良い。支払いは、私がしておこう」

 同僚は謝罪の言葉を口にすると、急ぎ足で店を後にした。


***


 後日、同僚から聞いた話によると、問題というのは、管理されていた彼女が、自らの意志で生命活動を終えたということだった。

 その原因は、同室の男性に存在しているらしい。

 その話を聞いてから、私はその男性の姿を目にしたのだが、確かに関わりを持つことを避けたいと思ったとしても仕方がないというような人間だった。

 しかし、彼女がこの世を去ったとしても、即座に別の人間が、その男性と関係を持つことになるのだ。

 即座に補充されるほどに、何も生み出すことがない人間が数多く存在するという事実は、何とも悲しいものだった。

 だが、その人間たちが存在することによって、次の世代が数多く誕生するということを考えると、彼らは社会に不要であると同時に、人類にとっては必要な存在であるらしい。

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