第28話『足利桜花の覚悟』

 定子は苛ついていた。

 カタカタカタッと歯を打ち鳴らし、血走った目で桜花を見る。

 研ぎ澄まされたオーラの輝きが桜花の武人としての才覚を現してる。


「なんでええ、どうしてこれほどのオーラを持つ護衛がまだいるのおおーー」


 クズハの策によって徹底的に城郭神から戦力を分断したはずだった。

 事実、あの一人でも厄介なバニーラビットを十人も引き離した。

 にも関わらず災厄の使徒である定子に傷をつけるほどの使い手が守りにいた。

 まるで対定子に備えたかのような鬼特攻の天下五剣【鬼丸】と使い手の配置。

 鬼丸は鬼特効故に物理攻撃を無効化する霊体化スキルを突破し傷を与えた。

 

「簡単なことだ。頼経は災厄の使徒が美咲を狙うことなど看破していたのよ。だから余をここに配置していた。秘密兵器である余がの」


 そんなわきゃあない。

 頼経が足利家のお嬢様である桜花を口八丁手八丁前線から遠ざけたのだ。


「お主らは深謀遠慮、神算鬼謀たる頼経の手のひらの上で踊っておったのだよ。 お主らのつたない策などすべてお見通しよ(過剰評価)」


 頼経の評価が桜花のなかで昇竜のごとく天に駆け上っていく。

 これを頼経が知れば頭を抱えていたことだろう。

 大変不幸なことである。


 定子は敬愛するクズハが智力で劣るなど認められるはずがない。


「うそだ、うそだうそだうそだうそだうそだぁぁぁーーーーーー」


 荒れ狂う定子の心情を表すような髪の乱舞。

 一気に伸びて部屋中に広がると桜花に襲いかかる。

 十を超える髪の刃が向かう中でも桜花は笑みを崩さない。

 舞うようにひらりと躱しながら鬼丸で時にはじく。

 やはり、と定子は驚愕する。

 霊体化していても鬼丸は定子を捉える。

 鬼丸は実体化、霊体化などかまわず邪悪な鬼を斬ろうとするのだ。


「【縮地】」


 相手に一瞬で踏み込むことを可能にする移動系のスキル。

 息つく間もなく接近した桜花がまたも定子の首を一閃する。


「っ!?」


 しかし、桜花は奇妙な手応えに困惑する。

 確かに斬ったはずが切り飛ばせない。

 薄く切り傷が首に走るだけだ。


「浅い? その体が透ける能力のせいかの。ならば何度でも斬るまで」

「ひいいいぃぃぃっ」


 これまで人生、攻撃を無効化してきた定子は自身が傷を負うことに耐性がない。

 致命傷とは言えない傷でも怯えて逃げ出す始末。

 苦し紛れといった風に鬼を桜花の周りに四体召喚する。

 床の召喚陣から鬼が現れ、桜花は切り捨てようとしたところで寸止めする。


「……これは?」


 鬼の胸に人間の苦悶する表情が見えるのだ。

 他にも視線を巡らせると女性の助けを求める声が、子供の怯える声まで聞こえる。


「――なんじゃと!?」


 ひとまずオーラを込めた当て身で吹き飛ばし距離をとる。

 

「あれは一体何じゃ」

「ふひっ、ふひひひひっ、あれはワタシィが生気を抜き取って作り出した傀儡鬼よおおお。人間の体と意識を一部残してやると今のあなたみたいに攻撃を躊躇するのおお。人質と一体化したあの鬼は傑作でしょうおおおお」

「悪趣味であるの」


『助けて』

『くるしい』

『殺してくれーー』

『こわいよお、おかあさーーん』


 鬼の体から顔だけ残された人たちから苦しげな声が聞こえてくる。


「なんてこと、ひどすぎます」


 悲しみを押し殺すような美咲の声に重苦しい空気が広がる。

 さすが災厄の使徒というべきか、安定の外道ぶり。

 醜悪な戦法だ。

 だが桜花に動揺はない。

 なぜなら桜花の手にあるのは天下五剣、鬼丸。

 ただの刀ではない。

 鬼を断ち、邪悪を打ち払う刀だ。

 桜花の二倍はあろう鬼に堂々と対峙する。

 気合い一閃。

 力強くも美しい刀身が破邪の白光の軌跡を描いて一息に四体の鬼を切り飛ばす。


「うふふふふ、容赦なああいわああ」


 助けを求める声にも躊躇なく切り捨てた桜花を定子はあざ笑う。

 きっと罪悪感に苦しんでいるだろうと定子は楽しげだ。


「勘違いするな。斬ったのは鬼だけであるよ」

「はあ?」


 吹き飛ばされて壁に寄りかかっているはずの鬼たちは人の姿に戻り倒れている。

 鬼丸は邪悪な鬼だけを切り払ったのである。


「他人を平気で傷つけるお主と同じにするな。虫唾が走るでの」


 すました様子で言い放つ桜花にまたも歯を打ち鳴らした。

 カチカチカチカチッ。

 どす黒いルインオーラが吹き上がり、苛立ちをあらわにしていく。

 

「うざいうざいうざい。その刀、きらい。きらいよおおおぉ」


 桜花をさけるように定子の髪は広がり伸びていく。

 後方に伸びる髪に桜花は定子の陰湿な攻撃に気がついた。


「ちっ」


 後方に素通りしていく無数の髪に追いすがり、桜花は鬼丸でたたき落としていく。

 手数が多すぎる!!

 徐々にさばききれなくなると桜花はオーラを厚く纏わせた着物の袖でも受けていく。

 躱すことは出来ない。

 定子の狙いは奥の美咲なのだから。


「あははははあああ、刀一本でいつまでもつかしらあああ」


 髪がするすると一度まとまる。

 巨木のように太く、鞭のようにしなりなぎ払うように吹き飛ばされてしまう。


「ウケケケケッ」


 その隙を逃すまいと定子の髪は美咲に狙いを定める。


「させぬよ」


 飛ばされる中、床に刀を突き刺して無理矢理制動をかけると、一足で美咲に駆けつけて凶刃をはじく。

 そして、また無数の髪の刃が襲い来るので桜花は防戦一方だ。


 足手まといになっている。

 そう感じた美咲が桜花に訴える。


「足利様……、私にかまわず敵を討ってください」

「ならぬ」

「どうしてですか。一城郭神に過ぎない私よりも足利様のお命のほうが遙かに尊いのですよ」

「絶対にならぬ」

「ふふふっ、やっぱりガキねええ。そんな役立たずの女神を守って愚かだわああ」


 徐々にオーラが削られ、ダメージが増えていく。

 腕に切り傷が走り、血が流れるのを見て美咲が青ざめる。

 それでも桜花は美咲をかばうことをやめたりしない。

 桜花の脳裏によぎるのは皇都二条城での過去。

 呪いによって力を失った役立たずの自分を守ってくれた父の姿が浮かぶ。

 三好の裏切り。

 そして、襲い来る災厄の使徒たち。

 本来なら何よりも生き延びなければならなかったのは剣豪将軍の父であるはずだった。

 強大な敵に囲まれながらも一歩も引こうとせず桜花を守り抜いた。

 命と引き換えに守ってくれた。

 守られた時の父の背中の大きさを覚えている。

 あの戦いを否定してはならない。

 たとえ家臣たちがどれだけ父を愚かだと、無責任と罵ろうとも。

 娘である自分だけは否定してはならない。

 あれだけ絶望的な戦いでも戦えた理由が今の桜花なら分かる。

 だから桜花は奮い立って刀を振れる。

 

(父上……、余はあなたの命にいかされておるのだな)


 父を失い、桜花は絶望した。


(余は守られるしかなかった者の心がわかる)


 なんで自分が生き残ったのかと何度頭を巡ったかしれない。


(今の美咲がどんな思いなのかも痛いほどわかる)


 無力な桜花を皇都から逃がし、命がけで守ってくれた義友。


(あの時感じた想いを忘れてはいない)


 文字通り命をかけてくれた義友の死で桜花はもう一度武人として立ち上がることが出来た。

 義友が死にゆく中で抱いた後悔は忘れない。

 大切な人が危険にさらされて、無力な自分でいることの辛さは自分の身を裂かれるよりつらいことだ。

 桜花は規格外の剣の才から忘れがちだがまだ幼さの残る少女だ。

 年相応の心を秘めた少女なのだ。

 それでも戦えるのは大切なものを、譲れないものを知っているから。

 

(体温がなくなっていく大切な人の喪失感は言葉にできなかった。あんな思いはもうしたくないのだ)


「ウケケケケッ、たのしいわあ、たのしいなあ、やっぱりなぶり殺しは最高ねええぇ」


 遊んでいるのか、定子はこの絶対的な有利な状況での戦いに酔いしれて攻撃が緩慢になっている。


「足利様、逃げてください」

「黙るがよい。余は足利。決して弱き者を見捨てたりせぬ偉大な父の娘、

 ――足利桜花であるぞ」


 残された者の喪失を知る桜花は勝利も諦めたりしない。

 守りつつ自分も勝って生き残る。

 その強い覚悟が桜花を突き動かす。


 鬼丸を定子に向けて投擲する。

 一瞬、定子は肝が冷えたものの腕をかすめただけで躱した。


「血迷ったあああ? 鬼を斬る刀を手放してどうやってアタシィを倒すのおおお」

「しばし待て、すぐ相手をしてやろう」

「はあいいい?」


 鬼丸を追って目を離した隙に桜花の手には別の刀が握られていた。


 天下五剣【数珠丸】


 呼び寄せの術で召喚した新たな刀を手に桜花は詠唱する。


「ばん・うん・たらく・きりく・あく……」


 美咲を中心に地面に五芒星の光の陣が浮かび上がると桜花は地面に数珠丸を床に突き刺した。


「――エイッ!!」


 五芒星の陣より邪悪を打ち払う破邪の結界が形成された。

 さらには鬼化から救った人間すらもそれぞれ結界で包み込む。

 定子は人質とする人間がいなくなった事に気がついた。

 周囲を見回し焦りで狼狽える。

 

「その程度のけっかいでええぇ」


 襲い来る髪の刃が美咲と桜花に豪雨のように襲いかかる。

 しかし、破邪の結界が阻む。

 髪を触れるはしから消滅させていく。

 これで美咲の安全が確保されたと確信した桜花は無手で定子に向かっていく。


「素手とはなめられたものねええっ、その命、くらってあげるわあああ」


 鬼丸のない桜花に定子は脅威を感じない。

 傀儡鬼は自ら触れた者の命を奪い鬼に変えられた人間のなれの果てだ。

 定子に生者が触れれば生命力を吸い尽くされ死あるのみ。

 これは恐るべき能力だ。

 定子はこうみえて子爵級の災厄なのである。

 鬼丸を持つ桜花と最悪なまでに相性が悪かった、がそれも刀を失うまでの話。

 嬉々として接近戦にのぞむ定子。

 きがかりだった鬼丸にチラリと目を向けると、


「はああああ~~?」


 柱に突き刺さっているはずの刀がなぜか消えていくのを目の当たりにした。

 そして、慌てて桜花を見れば手元に再召喚された鬼丸の姿が。


「うげえええええええええええええーーーーーーーーーーーー」


 目が飛び出さんばかりに驚愕する定子に桜花はニコッと微笑みと、


「天誅うううううううううーーーーーーーーーーっ」


 初撃で首を斬った際、霊体化の手応えのなさを知った桜花は理解している。

 鬼丸でも一撃では薄皮程度しか斬れなかった。

 ここで頼経であれば攻撃の際に実体化するカウンター狙いなど策を巡らせる。

 だが桜花は違う。

 戦闘民族、武士の頭領。足利家のご令嬢なのである。

 その桜花が導き出した答えは、


「鹿島足利流【千手連撃】」


 清清しいまでの滅多斬りだった。

 それも千撃以上のぶっとんだ超連撃だ。

 脳筋ここに極まれり。

 定子へのフルボッコタイムが始まった。


「あばばばばばばっばあばばあばっばあ…………………………………」


 首を切られまいと両手でガードしたが両手はボロボロ。

 体もズタズタに切り裂かれていく。


「や、やべでぐだじゃあああいいいい、もうしまじぇええん」


 桜花は何を今更と失笑する。

 あれほど卑劣な手段をとっておきながら命乞いなど虚言としか思えなかった。

 そもそも、武士の血を引く桜花は戦で相手を殺さないリスクを本能で理解している。

 聞く耳を持たない。


「しぶといの」


 千を超える斬撃でも殺しきれなかった。

 ならばどうするべきか。このまま死ぬまでぶちのめすべきか……。

 それもいいが桜花は閃いた。

 先ほど数珠丸の破邪の結界で定子の髪が消滅したことを。


「ふむ」


 脳筋頭脳が導き出した答えは単純。

 定子の着物の襟首部分を鬼丸の鞘で引っかけると担いで美咲の結界の前に連れて行く。


「えっ、な、なにをするつもりぃ」


 桜花は定子を結界に押しつけた。


「いっやあああああああああああああああああああ」


 ジュウウッ、と焼けるような音とともに定子は破邪の結界に体を消されていく。

 邪悪な者を寄せ付けない防御のための結界。

 そこへわざとぶつけて攻撃にするなんて定子には信じられなかった。

 ビッタンビッタン、と結界に打ち付けられて定子は泣き叫ぶ。


「ひ、非常識すぎるわああ。防御結界にぶつけるなんて、やばんよおおお。頭筋肉でできてるんでしょおおおおお」

「剣の師匠が美咲ならば、戦術の師は頼経よ。二人の薫陶の賜物であるの」

「ちょっとおおおお、そこの女神。こんな戦い方、ありえないでしょおおお」


 これには美咲は違うと首を振って否定する。

 断じて自分はこんな戦い方を教えてないと訴える。

 美咲は教育方針をどこで間違ったのだろうかと本気で悩んだ。

 ほどよく弱り切った事を確認した桜花は、


「うむ、これで終わりにしよう」

「あ、ああ、たす、たすけ……」  


 一度納刀し抜刀術の構えをとった。


「鹿島足利流、秘剣【鳴神なるかみ】!!」


 稲妻のような轟音とともに定子を覆う閃光。

 定子を消し飛ばす圧倒的な衝撃波が走った。


「クズハさまああああああーーーー」


 定子は完全に消滅した。

 納刀後、残心。

 定子を倒し、他の敵がいないか十分に警戒を続ける桜花。

 定子によって鬼とされていた人たちは元の姿を取り戻し昏倒する。

 鬼の軍勢を押しとどめていた倒魔の忍たちも美咲の護衛に戻り周囲を固めた。

 間もなくして。


「美咲さんーーーーっ、桜花ーーーーっ。無事か」


 血相を変えて飛び込んできた頼経を見た桜花が安心したのか力なく倒れていく。


「――桜花!!」

「足利様!?」


 頼経と美咲に抱き留められた桜花はボロボロで、あちこち血を流している。

 抱き止めると思った以上に華奢な体に頼経は不安が一層こみ上げてくる。


「バカッ、こんな無茶して……」

「美咲も余もちゃんと生きておる。ちゃんと守ったよ」

「ああ、ありがとう。よくやった」

「桜花ちゃん、ありがとう」


 美咲も感極まって敬称呼びも忘れて抱きしめる。


「美咲よ、今後も桜花と呼ぶが良い」

「あ、えっとこれは」

「他人行儀はさみしいからの」


 桜花にとって美咲は姉で、頼経は兄のような関係。

 いずれはそれが変わってしまうような予感はするけども今はこの繋がりが心地よかった。

 家族を守るためだから桜花は必死に戦えたのだ。


「頼経も美咲も余の大事な家族だよ」


 こみ上げる愛おしさに美咲は胸の奥から力がわいてくる感覚を感じ取る。

 美咲をしつこくむしばんでいた呪術も不思議なほどにあっさりはね除ける事に成功する。

 つまり、城郭防御壁の展開が可能になった。

 反撃の準備が整ったのだ。

 それをもたらしたのが桜花の健闘だと思うと一層美咲は強く抱きしめた。

 美咲の癒やしの神術の光が力強く広がっていく。


「みんな生きてて本当によかったの」


 甘えるようにそっとすがりつく桜花がうかべたのは、

 ――年相応少女のあどけない笑顔だった。 







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