06 町で一番高い丘 -1-

 暮れ行く日が激しく燃えて街全体をオレンジに染めていく。見晴らしのいい場所だ、とサシャに案内された場所にリゲルを行くと先客がいた。


 群生した紫色の小さな花が風に揺れている。その花を指先でつついていたのは見知った少女だった。


「ダリア――?」

「あらまたお会いしたわね、おにーさんたち」


 シルクハットに、身体の線がぴったりと出るベストにショートパンツ、という奇術師かカジノディーラーにも似たいでたちだが――ダリアが着ていると不思議としっくりくる。


 恭しく帽子を取ってあいさつしたダリアにリゲルは警戒心をあらわにしていた。なにしろホルツでは彼女のせいで牢屋に入ったり、片割れの絵に描かれていた少女を連れていかれたりとさんざんだったのだ。当たり前といえば当たり前である。


「何の用だ」

「この町の迷子ちゃんが結構なお転婆だからなかなか会えなくてね」


 そう言って肩を竦めたダリアにはっとした。


「迷子ちゃん……って、まさか――この町にもミレッティの少女画があるってこと⁉ 風景画だけじゃなくて!」


 風景画の他に、少女を描いた絵があるとは――こんなさびれた場所だというのに豊作じゃないか。手柄の予感にわくわくしていると、呆れたようにリゲルがオリヴィエを見てきた。


「何を言っているんだ」

「ん?」


 冷ややかな声音と眼差しにぎくりとする。え、俺いまなにかやらかしちゃったかな。


「少女画というのはおまえが風景画と言った――あの駅舎に飾られていた絵のことだ」

「あっははー、なに冗談言ってんだよ。少女画なら少女が描かれてなきゃ……あ」


 そうだった。


 ミレッティの絵の中の少女は勝手に、外に出て動き回るのだった。

 少女がいないあの絵を見て、そんなものか、と若干物足りなさがある風景画だなと思っていたけれど――オリヴィエはがくりと膝を折った。


 【画商】として恥ずかしい、そんなことにも気づかなかったなんて。


「しっかし『少女』なんてどこにいるんだ……普通、絵のそばにいるはずなんじゃ」

「それが謎なんだ――いくら駅員から聞き出そうとしたのに要領を得ないし。あれ?」


 びゅうう、と風が強く吹いていた。


 ぱっと目を離したすきに、ダリアの姿は消えていた。

 最初からそこにいなかったかのように――夕焼けに染まる町の影に沈むようにして。


「まったく何者なんだあの女は……」


 リゲルがぼそりと呟いた。


「リゲルくんも知らないんじゃ、ほんとに『学芸員』なのかは怪しいなあ。うちに所属してないってことは他国の美術館のやつか……そいつらがミレッティの絵を狙っている、と」


 帝国美術館に報告する内容が増えたな。オリヴィエはうんざりしながら頭の中のノートにメモを残した。

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幻影に泳ぐ星~天才芸術家レオニス・ミレッティを画商のバディは追いかける~ 鳴瀬憂 @u_naruse

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