第一章 獣ノ山
第5話 果実大好き白黒兎
「それにしても、ホント芝生って気持ちいーっ!」
見晴らしの良い丘で、ふかふかの芝生にバサッと背から倒れ込む。残花と村を出て
「ふー……ああ、心地好いな」
残花は煙を吐きながら優しい目で言う。
「うん! 今まで地面は灰ばかりだったからさあ、芝生に寝っ転がれるって最高に気持ち良いよね! 柔らかくって、手触りもいいし」
「そうか。きっと次の目的地も気に入るだろう」
残花は少しだけ笑いを押さえるように言う。
「ん、どういう意味?」
「兎を知っているか? 獣ノ山は御神木と共に、その眷属たる兎を
私はぱあっと顔が明るくなる。
「兎!? うん、私好き! ちっちゃくてもふもふで、ちょー可愛いよね!!」
残花は思わず「ふ」と笑いをこぼした。
「お前の驚く顔が楽しみだ」
「ええー、どういうこと?」
残花は煙管を懐にしまい、立ち上がる。
「さあ、行くぞ。もうじき獣ノ山が見えてくる」
「あ、待って! ねえどういうこと? 教えてよー」
すたすたと歩き出す残花を追って、私もたたっと駆け出した――。
◆
「で、ででで、で……!」
灰に覆われた獣ノ山の麓、
「でっっっかあーーーーい!!」
神社の境内に座すのは、母上よりもずっと大きな
「ね、ね、触ってみてもいい?」
「ああ」
残花に聞いてから触ってみれば、さらさら艶々、ふんわりふかふか! 極上の毛並みだあ……!
「これが獣ノ山を守る御神木の眷属の一、【
残花があたりを見回していると、社務所から弓を背負った神主らしき男が出てきた。パッと見、私と同い年くらいかな。
「おお、誰の声や思たら残花はんでっか! お待ちしとりましたでえ!」
「久しいな、
猟と呼ばれた男は大きくうんうん頷く。
「そうなんや! さすが残花はん、お見通しで。……ところで、お連れのめんこいお嬢はんはどちら様で?」
え!? いきなりめんこい何て言われちゃうとびっくりしちゃう! でも嬉しい、この人絶対良い人だ、うん! 私はにっこにこの笑顔で自己紹介する。
「私は芽ノ村から来た、樹法師の豊穣タネ! 残花と一緒に、世界中の御神木を治す旅をしてるの!」
猟はとてもびっくりした様子で目を見開いた。
「ええっ、お嬢はんも樹法師でっか!? そりゃどえりゃあこった! わいはここ、獣の狩猟を生業とする狩ノ村で、白兎様と黒兎様の世話役【
猟が手を差し出したので、私も手を出し握手を交わす。何だかちょっと暑苦しいというか、熱のこもった手だ。
「よろしくね、猟!」
「こちらこそよろしゅう! ささ、立ち話も何や、どうぞ社務所の中へ」
私と残花は、猟に促されるままに社務所の板間に上がり、出された座布団に座る。猟は手早く茶を淹れ、差し出した。
「さ、粗茶やがどうぞ。ええと、茶菓子は――」
「あ、お構い無く!」
茶を出すなり茶菓子を用意しようとするので、私は慌てて遠慮する。何だか気遣いしいで
「いんや、お客人にそういうわけには――」
「いや、良い。それより獣ノ山の現状を聞きたい。黒兎が姿を消すとは、何が起きている?」
残花は猟に問い、熱い茶を一口
「そうなんや、残花はん。いま獣ノ山はごっつう大変なことが起きとる。おいたわしや……白兎様と共に、三百年以上この山を灰人からお守りくだはった黒兎様が、殺されてしもたんや」
「何だと!」
残花は啜っていた湯呑みをタンと床に置く。私は残花の声にびくっとして、思わず湯呑みを置いた。
「村の
「鎧武者の灰人……。神の眷属を殺せるとは只者では無い。黄泉の寵愛を受けし者か」
残花はひとり思案するが、猟は構わず言葉を続ける。
「しかし、ホンマに大変なのはここからや」
猟は両拳を膝の上で握り締め、涙と怒りを堪えながら言葉を絞り出す。
「黒兎様が……あの心優しき、果実の大好きなお方が……なんと人も獣も食い散らす、恐ろしい灰人、いや【
猟はだんと板床に
「後生や残花はん! どうか、どうか! 黒兎様を、楽にしたってくだはりまへんか……!」
残花は姿勢を正したまま、土下座する猟に向け刀を掲げた。
「頼まれた。桜花の剣にかけ、誓おう。灰兎と化した黒兎を、我が剣で必ず斬ると」
「
猟は頭を床に擦り付け、涙声で何度も感謝の言葉を繰り返す。残花は私を向き、声をかけた。
「どの道、
「……うん、わかった」
私が大きく頷くと、残花は冷めた茶を飲み干し、タンと湯呑みを置く。
「頭を上げろ猟。山を良く知り、兎番たるお前の力が必要だ。助力してほしい」
猟はバッと頭を上げた。その目は涙で潤み、しかし真っ直ぐと残花を見つめている。
「もちろんや! わいも同行させとくんなはれ! いつも猪鹿熊を狩っとるから、弓の腕には自信があるんや。せやけど、灰兎と化した黒兎様はえらい素早く強靭で、人の足では追い付くことすらままならず、弓矢も簡単に弾かれっちまう。まるで径八尺の巨岩が、ごっつい速さで縦横無尽に跳び回っとるようなもんで。どんな策で行きましょか?」
残花はやや考え、話した。三人と白兎で力を合わせ、灰兎と化し暴れ狂う黒兎を斬る策を。
……
「行ける! こりゃ行けまっせ、さすが残花はんや!」
猟は感心して高い声を上げた。
「うん、私もいけると思う!」
さすが残花は頭が良い。猟から話を聞いただけで作戦を思い付いてしまうんだから。
「よし、決行は明朝だ。今日は良く休み、
「了解や!」
「うん!」
私と残花は社務所の板間を借り、猟と共に一晩過ごした。こうして、二番目の御神木の復活に向けた、灰兎との決戦が始まる――!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます