「半信半疑であの場所に行ったんだけど・・母さんと父さんに会うことが出来たんだよ」


 突然、死に別れることになってしまった貴文さんのご両親は、貴文さんのことを死んだ後もとても心配していたらしい。

「そ・・そうなの・・本当に会えることが出来たのね・・」

 車を運転する姉はそうやって生返事をしながら、後部座席が気になって気になって仕方がない。


 何故かというと、姉の視界に映るルームミラーには、後部座席に座る黒々とした影が二つ、はっきりと見えていたからで・・

「それで・・貴文さんのご両親は他に何と言っていたの?」

「いつまでも僕のことを見守ってくれるって」

「そう・・良かったわね・・」

 助手席に座る貴文さんは満足そうに言ったのだけれど、その時、後部座席から伸びてきた真っ黒な手が、優しく撫でるようにして貴文さんの頭に触れたらしい。



「とにかく・・怖くて、怖くて、その時はとにかく事故には遭わないように安全運転で高速道路を運転して帰って来たんだけど、その後も怖いことは続いていて・・」


「えっと・・それはどんなことがあったのかな?」

 すでにビールの泡も消えて、ぬるくなった黄色い液体が満たされたコップを私が握り続けていると、姉はシィッと私に黙るように指先を口元に当てながら、夜の12時を過ぎた時計に視線を向けている。


 和室の子供たちはぐっすりと眠っているようで、寝息以外は聞こえて来ない。私と姉がダイニングテーブルでお互いを黙って見つめていると、玄関がある廊下の方からペタリ、ペタリと足音が聞こえて来たのだった。


 リビングと廊下の間には扉があるのだけれど、きちんと閉められていなかったのか、その扉がキイイイッと小さな音を立てながらほんの少しだけ開いていくと、足音がペタリ、ペタリと私の後ろを通り過ぎるようにして移動していく。


 黙ったままでいると、足音は私の後ろからリビングを一周まわるようにして移動して、扉の隙間から廊下へ、そうして廊下の向こう側へと移動をしていく。


 私がぬるくなったビールを持ちながら固まっていると、姉が私の手を握りながら半泣きになって言い出した。

「ねえ、今の足音、マミちゃんにも聞こえたわよね?」

「う・・うん・・うん・・バリバリ聞こえたけども・・」

「ああ〜良かった〜!ノイローゼとか、頭がおかしくなったとか!そういうのじゃなかった〜!」

 つくづくと安心した様子で姉は言うと、車に乗っていた真っ黒な二つの影はその後も、この家に居続けているのだということを教えてくれた。


「え?それじゃあ、今の足音というか、黒い影は何処にいるの?」

「夫の寝室よ」

「へ?」

「夫が出張中も寝室にいるの、普段は夫を間に挟んでベッドで川の字となって寝ているのよ」

「へえええ?」


 退院した夫に夫婦の寝室を明け渡した姉だけれど、その夫婦のベッドに寝る貴文さんに寄り添うように黒い影が寝ているのが見えるし、家の中を歩き回る足音が聞こえるようになったのだという。そもそもの所一番怖いのは、その二つの影が本当に夫の両親のものなのか分からない所だ。


「ちなみに貴文さんが行った心霊スポット、かなり有名な場所だったのよ」

 姉が見せてくれたスマートフォンの画面には、県道の中央に鎮座する二つの巨大な岩の写真が写っており、テレビでも取り上げられることが多い心霊スポットなんだとか。


「貴文さんは今の状況に満足しているみたいなんだけど、マミはどうしたら良いと思う?」

「どうしたら良いって?」

「お祓いをするか、お化けと共存するか、それとも離婚するか」

「えーっと・・私だったら・・」

 何と返答すれば良いのか、その正解が私には分からない。



                 〈  完  〉

  



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誰かの足音 もちづき 裕 @MOCHIYU

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