明日を待つ

 春の強風に桜の花弁は舞い上がった。

 それは厚い花のカーテンの様であった。

 そんな美しい光景もオレには無用であった。


「こんな物を見ても、腹いっぱいにならないな」


 小さい頃に両親を亡くし、それから独りで生活をしていた。

 色々苦労をしてきたが、その時はお母ちゃんが言っていた、


「明日はきっと、良い事が待っているよ」


 の言葉を胸に自暴自棄にならないで生きてきた。

 しかし、独りで生きる事も限界だ!

 良い明日は全然来なかった。

 オレは橋の上から川辺に並ぶ桜並木を見ながら考えていた。


「この桜が散ったら、オレの人生も終わりにしよう」


 オレは決意した。


「もしもし、落としそうですよ」


 後ろから老婦人が声をかけてきた。

 もしお母ちゃんが生きていれば、この位の年齢だろう。


「何も落としていませんよ」

「橋から綺麗な桜を観ていたら、あなたの後ろ姿が余りにも淋しそうだったので」

「今にも命を落としそうに見えたから、思わず声をかけたのよ」


 老婦人はそっとオレに紙幣とメモを握らすと、


「辛くて苦しい時は『明日はきっと良い事が待っている』と思って頑張るのよ」

「わたしも幼い息子を亡くした時に、この言葉を胸に抱いて立ち直ったの」

「生きていれば、あなたと同じ位の歳になっているわ」

「だから余計に、あなたの事が心配になったの」

「本当に耐えられなくなった時は、お家へおいで」

「あなたの一人くらい、わたしが何とかするから!」


 そう言って、桜の花のカーテンの中へ老婦人は去っていった。

 その後ろ姿に、オレはお母ちゃんの姿を重ね合わせていた。


「死ぬのはもう少し、良い明日を待ってからにするか……」




 Das Ende

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四つの「待つ」話 わたくし @watakushi-bun

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