第27話:変わりゆく《星》、おもちゃ箱の記憶
シークさんは、戻ってきたくまのぬいぐるみブラウを大事そうに抱えていた。
もう泣いてはいない。かわりにその表情はこれまでの悲壮さや重さが落ち、すっきりと晴れやかな顔になっていた。
失ったおもちゃに会えた、その喜びが彼を包んでいるのがわかった。
「俺ここにきてよかったです。ようやく会えた。ひょっとしてもう二度と会えないのかと思っていた……。でも、取り戻せたんです。失われたはずの素敵な記憶と思い出と友達に」
「よかったですね」
「うん、スフィアくん。いや、キズナくんや館長もふくめてみんなのおかげです。あ、そして、この《星》のおかげです」
そういうとシークさんは、《星》のコアたるおもちゃ箱に向かい深々と頭を下げた。
「ありがとう。この《星》があってくれたよかった。愛するおもちゃを持っていたものとして、そしておもちゃと生きた子供自体を持つものとして、心からお礼を言います」
その光景を、他のみんなは優しい目で見ていた。キズナですら、どこか微笑ましい顔でシークさんを見ていた。
『ねえ、スフィア』
「どうしたの?」
《星》のコアが話しかけてきた。
『人には歴史があるんだね』
「……? まあ、そうかも」
『今楽しいおもちゃ、そして過去に楽しかったおもちゃ。その遊んできたすべてが、人にとって大切なおもちゃになるんだ』
「うん、そうだと思う。おもちゃって、きっと人が生きてきた中で得た楽しいこととつながってるんだよ」
『そうか……、ああ、ぼくに足りなかったのはきっとそれだ』
「足りなかったもの?」
考え込むような《星》のコアの言葉に思わず聞き返す。
『《星》を訪れる人の求めるおもちゃは、今だけじゃない。昔遊んだおもちゃも、無くしてしまったおもちゃも、遊ばなくなったおもちゃですら、ぼくはこの《星》に来た人に見せるべきなんだ」「そうだね。それが出来たら素敵だね」
『ありがとう、スフィアぼくにそれを気づかせてくれて。ぼくはさっきの《失われた記憶の幻灯機》を博物館で公開しようと思う。それで《星》を尋ねたトラベラーたちが無くしたおもちゃを探していたなら、本当の意味ですべてのおもちゃを楽しんでもらうんだ』
「すごい! それはとってもすてきなことだと思う。そうしたらこの《星》は本当にすべてのおもちゃがある《星》になるのね」
『ああ、それがぼくの願いだから。ようやく叶うんだ……』
私は《星》のコアの話をトイロ館長に伝えた。トイロ館長はにっこりと笑って、
「では、この幻灯機をメインにした展示エリアを早急に作らねばなりませんな。これは忙しくなりそうです」
そんなことを言った。
きっとこれからこのおもちゃ博物館は、これまでよりもずっと素敵で楽しい、そんな博物館になるんだろう。
この変化の時に立ち会えたことが、とてもうれしかった。
「館長、一つお願いがあるのですが」
シークさんがそんなことを言い出した。
「はて、なんでしょうか?」
「俺をこの博物館で働かせてもらえませんか? 俺は、この博物館で心からの願いを叶えてもらった。おもちゃの楽しさ、素敵さ、夢すべてを得ることが出来ました。それを他のお客さんにも届けてあげたい。失ったおもちゃを俺のように探している人がいるなら、手助けしてあげたいんです」
シークさんの表情は真剣そのものだ。
トイロ館長は、顎に手を当てしばらく悩んだあと。
「なるほど、そこまで考えていてくださるなら、ぜひお手伝いいただきましょう」
「ありがとうございます! がんばります!」
「思ったよりも、この博物館の仕事は大変ですよ」
トイロ館長が冗談交じりにそんなことを言う。
「覚悟の上です。それにブラウがいっしょなら、きっとどんな時でも元気がもらえるはずだから」
不思議とぬいぐるみのブラウの顔が笑ったように私には見えた。
こうして、シークさんはこの博物館の館員となった。
「ねえ、キズナ」
「なんだい? スフィア今回も大活躍だったね」
皮肉なんだかわからないが、キズナはきっとねぎらってくれているんだと思う。
「今回はずいぶん静かだったね」
「そうかな?」
「そうよ、前の《星》ではずいぶん愚痴られたり注意されたりした気がするわ」
「雲の《星》の時はスフィアが暴れすぎたからだろ」
「う……、まあそうかもしれないけど」
「とにかくなんでもないよ」
そうかなあ、どうもこの《星》に来てからのキズナはちょっと挙動がおかしい気がするんだけど。
『スフィア、そしてキズナ。ちょっときてほしい』
そんな私たちに声がかけられた。
「僕も?」
私が《星》のコアの言葉を伝えると、キズナが不思議そうにしながらも、コアのところに近づいた。
『今回は、とても感謝している。スフィアにもそして連れてきてくれたキズナにも』
キズナとコアのやりとりは私が間に入って通訳することにした。
「いえ、とくに。これも仕事です。これでも旅行社の社員なので」
『君がときおりここを訪れていたことを僕は知ってる。仕事ではなかったときも』
「そうなの?」
「いや、それは、その……。まあね」
『君も何かを探している目をしていたのを覚えている。きっと、キズナも何かを探していたんだろう』
キズナは少しの沈黙のあと口を開いた。
「……僕のはシークさんのような真剣なものじゃ無いですよ。ただ、昔遊んでいたおもちゃがここにあるといいなって、あるならまたみてみたいなって、それくらいのことです」
「そうだったの!? だったら……」
『だったら君も《失われた記憶の幻灯機》を使えばいい』
「でも僕は仕事中なので」
私はキズナの小さな背中をばしっと叩く。
「もう、堅いんだから! 仕事中でも楽しんじゃいけないなんてルールは無いでしょ。観光地で楽しい姿を見せる、それもきっと仕事の一つだわ!」
「いや、一応、ルールはあるんだけど……。まあ、いいか。……ほんとにいいんですか?」
『もちろん、ぼくは君たちに感謝している』
「……なら、使わせてもらいます」
キズナはシークさんから、幻灯機を受け取るとハンドルを回し始めた。
大きさ的に持ちながらは回せないので、支えるのは私の担当になった。
キズナがゆっくりと飛びながらハンドルを回す。さっきのようにフィルムが装填され、光とともに映像が投影されていく。
これは、家の外だろうか。
小さな木の小屋のような素朴な家。
簡単な畑と、庭木。家の周囲は広く街の中の感じはしない。
その中に少年キズナはいた。もっとも今の姿も小さいので、見た目の変化はあまりない。
強いて言えば、表情が子供らしく幼いと言ったところだろうか。
映像の中のキズナは、毎日家の周りで遊んでいた。だが、おもちゃの映像はでてこない。
「僕は、小さい頃貧しくてね。おもちゃなんて持っていなかったんだ」
そんなことをつぶやくように言った。
次の映像の中で、おそらくキズナの父親らしき人が、キズナに何かを手渡していた。父親の顔姿は逆光のせいかあまり見えない。
渡していたのはブリキのロボットだった。
簡単な造りのおもちゃだ。四角い箱を組み合わせただけのような、そこにロボットのような塗装をしただけのような簡単なブリキのおもちゃ。
ひょっとしたら父親が自分で作ったのかもしれない。
それでも少年キズナはとても喜んでいた。さっきのシークさんと同じだ。それからはずっと肌身離さず持ち歩き、夜はベッドに置き、とても大事にしているのがわかる。
キズナとそのロボットのおもちゃにもきっと別れの時が来るのだろうと思ったとき、映像にノイズが走ったように乱れた。ノイズはひどくなっていき、少しの後、映像は止まり何度回してもでてこなかった。
「あれ?」
私は驚いたが、キズナはそうでもないようだった。
「まあ、そうなると思った。そこまでの映像が出ただけでも正直驚きだ」
「理由はわかってるの?」
「うーん、まあね。言うほどのことじゃないよ」
「ところで途中で止まってしまいましたが、あのおもちゃは取り出せますか?」
キズナは《星》のコアに尋ねる。
期待はしていないように見えた。
『ああ、問題ない。待っていて』
その言葉にキズナが大きく驚いたのがわかった。声を出さなかったのが不思議なレベルだ。
《星》のコアであるおもちゃ箱が、さっきのように光り振動した。
そして、ふたが開く。
そこから出てきたのはさっきのブリキのロボットだった。
キズナは感情が読めない顔で、そのロボットを手にする。
「……ああ、これだ。あのとき父さんが作ってくれた。僕のたった一つのおもちゃ」
「キズナはひょっとして、これを探しにここにきていたの?」
「スフィアに言うのは恥ずかしいけど、まあ、そのこともあった。でもこれは売っていたものじゃない。手作りだから、期待はしていなかった。似たようなものがないかくらいのものだった。まさか本当に手に入るなんてね」
キズナはロボットを懐かしそうに見ている。
大事そうに手に包んでいる。
だけど、なぜだろう。
ロボットの先に何か別の光景を見ているような、そんな気がしていた。
私にはそのキズナの表情はどこか辛そうに見えて、急に私はキズナのことを何も知らないんだなと思い知らされた。
キズナの子供時代。そんなものがあったなんて考えもしていなかったんだ。
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