第24話:《星》に願いをとどけたくて
「ちょっとだけ気になったんですけど」
シークさんが落ち込んでいたが、かまわずに聞くことにした。そこが大事なことな気がしたから。
「なぜ、シークさんはそんなにそのおもちゃを探しているんですか? だって、どんなものかも覚えていないんでしょう?」
シークさんが困った顔をしているがさらに続ける。
「どうして、覚えていないおもちゃがここにないってわかったんですか? 見た中にあったのかもしれないじゃないですか」
「ん? そういえば確かに。ここ膨大におもちゃがあるし、細かいところでも派製品がやまほどありますよ。スフィアの言うとおり、なんで無いって思ったんですか」
「それは……。正直なところ私にもはっきりとはわかりません。でもたぶん、今の俺に書けているものがあるってことはわかるんです。心のどこかに欠落がある。それが落ち着かない」
「きっとそれが見つかるまでは、俺は自分になれない。そう思ったんです。それ自体のことは覚えていません。でも、遠い記憶の中に、俺がそのおもちゃをとても愛していたこと、それが俺の一部ですらあったこと、どこかでそれを無くしたこと、それとともに記憶すらなくなったこと。その実感があるんです」
「その穴を埋めるためにおもちゃを探しているということですか?」
その気持ちはわかる気がした。
「ええ、だからもう一つの答えはこうです。どのおもちゃを見ても、心の欠落が埋まらないから。それが俺がここに無いと思った理由です」
「結構曖昧な理由ですね」
キズナが困った顔をしている。まあ、そう思うのも無理は無い。だけど。
「私はわかる気がするな。足りないと思ったものはずっと心に穴を開けてて、隙間風が吹いているような気がするの。私もここまであんまり気にはしていなかったけど、自分の記憶が無いのはなぜなのか、どうしてここに居るのかそれが気になってはいるもの」
その言葉にシークさんも強くうなずいている。
「スフィアさんも記憶が無いんですね。きっと俺と同じようにこの海の外から来た方なんでしょう。私もそれまではこの場所のことなど何も知らずに生きていました。でも、あるとき欠けているもののイメージが急に見えたんです。子供の頃に愛していたおもちゃ。それが今俺にないものなんっだって、そう思ったら。いつの間にかここ『おもちゃ博物館』にいました」
シークさんが私とキズナを交互に見る。
「お二人はきっとご存じなんですよね。俺はここは《マボロシの海》っていうんだってこともあとから知りました。それからはずっと毎日ここで失ったものを探す日々です」
「なるほど、そういうことでしたか。それならば話はわかります。おおむね想像していたとおりと言うことになりそうです」
それまで黙って話を聞いていたトイロ館長が、納得したという感じで口を開いた。
「それは、どういうことですか?」
「シーク様の求めているおもちゃは、まだシーク様の中で形になっていなかった。求めるものが具体化されていなかったと言うことですな。それでは、このおもちゃ博物館では、実体化されず。この『すべてのおもちゃがあるおもちゃ箱』にも格納庫にも置かれることはありません」
「では、やはり、見つからないと言うことでしょうか……」
シークさんが明らかに落胆の色を見せる。
私は気になっていたことを聞くタイミングはここだと思った。
「トイロ館長さん、ここにはすべてのおもちゃがあるはずなんですよね?」
「ええ、それがこの《星》の願いですから」
「なのに、無くしたものとはいえ、それがここに無いというのはおかしくないでしょうか」
そこでトイロ館長がにこっと笑った。それは教師が正解を答えた生徒を見るかのような優しい笑み。
「スフィア様、さすがですね。その通り、それがこの《星》の未完成なところなのです」
「未完成? しかし、ここをツアールートにいれてかなり経つし、個人的にも何度も訪れてますが、ここに大きな変化は無いに不足も成長もあるようには見えませんでした。どこが未完成だったと?」
キズナの観点はツアー主催者側の見方だが、少し引っかかった。
「あれ? キズナ個人でも来てたの?」
「……まあね、今そこはいいだろ」
気にはなったが、確かに本筋じゃ無いから今は気にしないことにしよう。
「ひょっとして、この《星》の博物館、だれかが願ったものしかこのコアのおもちゃ箱から出てこないんじゃないでしょうか」
「はい、その通りです。ここに来て直接願われたもの、もしくは遠い世界で願われたもの、差はあれど、だれかがあってほしいと思ったおもちゃしかここにはありません」
「では、僕らの認識している《星》のコアの願いが違っている?」
「いえ、キズナ様も知る願いで間違っていませんよ、中から出てきた私が保証します」
「だったら、なぜ俺の求めるおもちゃはここには無いんだ?」
シークさんがトイロ館長に詰め寄る。
「それはきっと、この『すべてのおもちゃがあるおもちゃ箱』がまだすべての願いを叶えていないからだと思っています。その矛盾は私も気づいていました。だからこそ、その矛盾をまさに抱えたシーク様をここに連れてきたのです」
「俺がその矛盾を解決すると?」
「その可能性があると考えました。この箱にはすべてのおもちゃがあるはず。ならばシーク様がこの箱に直接願えば、ひょっとして失われたものすら存在させることが出来るのではと」
トイロ館長は真剣な顔になる。
「私は、ここに来るお客様をずっと長いことみてきました。その大半はスフィア様やキズナ様がこれまで連れてきていただいたお客様のように楽しんで帰って行かれた。しかし、たまにシーク様ほどではないですが、足りない、そんな顔をして変えられるお客様がいたのです。私はそれが辛かった。おもちゃとして生まれた以上、この博物館を任された以上、来た方にはすべて楽しんでほしかった」
トイロ館長の心の内を初めて聞いた気がした。実直にすべてを俯瞰していたような館長にもそんな悩みがあったのだ。
少しの沈黙が場に訪れた。
「俺はどうすれば」
シークさんがぽつりとつぶやく。
「箱に語りかけてみていただけませんか? そうすれば、箱が答えてくれるかもしれない。失われたものすらも見せてくれるのかもしれない」
「わかりました。可能性があるのなら、なんだって」
シークさんはこの《星》のコア『すべてのおもちゃがあるおもちゃ箱』に向かってゆっくりと歩み寄る。
とてもこの《星》を造ったとは思えない、小さくて素朴な箱にふれた。
そしてそっとしかし、強くつぶやく。
「俺に無くしたおもちゃを、失った楽しい記憶をくれないか」
シークさんは強く目を閉じて、箱を握りしめる。変化を期待する時間が流れた。他のメンバーは皆黙り込んでいた。
そして、少しの時間が経ったあと。
「……とくに変化無いね」
言い出したのはキズナだった。この空気の中で切り出せるのは心が強いと感心。
「そのようですね……。俺の声じゃ届かないのか、他に方法があるのか。館長なにかご存じでは」
シークさんの声に諦められないという思いが伝わってくる。
「私も正直詳しいことはこれ以上わかりません。今までも、ただ箱から出てきたものを、整理し調べ、展示として並べていくだけでしたから。申し訳ありません」
場に沈黙が訪れた。行き詰まりと言う空気が場を包んでいる。
そんな中で、私は少し考えた。そして、ちょっとだけ迷った。在る光景を思い出していた。
やりすぎとキズナに怒られるかもしれない。
《星》の事情に手を出しすぎだと。しかし、もう私は関係してしまったし、そもそもトイロ官庁に呼ばれている状態でもある。なら、やってみる価値はある。
「トイロ館長。私がこの箱に触れてみてもいいですか?」
「ええ、かまいませんよ。スフィア様にもなにか願いたいおもちゃがあるのでしょうか?」
「いえ、それはないんですけど、私、別の《星》でコアと話が出来たことがあって、ひょっとして今回も出来たりしないかなって。なんの根拠も無い単純な希望です」
「コアと話が!? それはほんとのことですか?」
驚くシークさん。まあ、そりゃそうか。
「ええ、まあ、そういうこともありましたね」
キズナが苦々しい顔で言う。何をする気だと、ジト目でこっちを見ている。
まあ、箱壊したりとか《星》変えたりとか前科あるからなあ……。
「じゃあ、やってみます」
私はシークさんから箱を受け取る。
素朴な木の感触。私でも持てるくらいの小さな箱。本当に小さい子が持っている最初の宝物を詰めるような、そんなおもちゃ箱。
私はその箱を抱きしめながら、心の中で言葉を紡ぐ。
『あなたのおもちゃを求めている人がいるの。あなたはきっとこれまでいっぱいの人の願いを叶えてきたんだと思う。でも、きっとあなたがやっていないことがある』
『あなたはきっと無くしたおもちゃや捨てられたおもちゃ、いろんなことがあって記憶から消すくらいに思い出がつまったおもちゃ、そういった失われたおもちゃを、この《星》に生み出していないんじゃ無いかしら』
『その理由はわからない。でもあなたはすべてのおもちゃを生み出せるおもちゃ箱。ならそれを求める人に、失われたおもちゃをだしてあげられるはず』
最後の言葉は口に出して紡いだ。
「まだこの《星》に無い、失われたおもちゃを求める人たちに見せてあげてほしい」
その言葉とともに、おもちゃ箱に変化が見えた。はじめに少しずつ揺れ始めた。
そしてその振動は大きくなり、あたたかさを感じ始めた。私はこの変化に雲の《星》のコアに会ったときの光景を思い出していた。
ああ、この箱は生きている。私の声を聞いている。
そう思った瞬間、箱が強い光を放つ。そして私の手から飛び出していった。
すごいスピードで、あちらこちらを飛び回るおもちゃ箱。まるで流星のように部屋の中を旋回している。
「いったい何!? 今度は何をしたんだスフィア!」
「話しかけただけだってば!」
「またか!」
キズナの狼狽も2度目。
シークさんは何が起こったのかわからず立ちすくんでいるし、さすがのトイロ館長も、とまどって動けずにいた。
おもちゃ箱は、壁にぶつかるのではと言うスピードで飛び回ったあと、急に動きを止め、部屋の中央に浮いていた。光は柔らかいものになり、ゆっくりと明滅している。それは生きものの鼓動のようだった。
そしてこんな声が聞こえた。
『ぼくに語りかける言葉を持つあなたはだれ?』
《星》のコアは私たちに語り始めた。
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