第23話:《星》のコアへとご挨拶
私たちは今、おもちゃ博物館の地下に向かっている。
明らかにパンフレットにも、行き先表示にも無かった地下。外からの見た目は五階建ての建物だったけど、実際にはそのさらに地下があったというわけだ。
よく考えればそんな不思議なことでもない。一階から五階までのフロアは、展示に使われているわけで、そうなると展示していないおもちゃの倉庫や、事務室的なものがどうしても別に必要になる。それが地下というわけだ。
地下にはトイロ館長を先頭に、私とキズナ、そしてシークさんという順番で歩いている。シークさんが本来前に行くべきなのかとも思うが、《星》のコアに会いに行くという自体についていけてないらしくどうにも腰が引けていた。
私は前の《星》で出会っていたからすんなりと飲み込めたけど、普通の観光客にはなじみの無いことなのかもしれない。
「《星》のコアがあんなにもわかりやすく表に出ているのは雲の道くらいだからね」
キズナが説明してくれた。一番最初の《星》が一番特異だったというわけ。
地下への入り口は、一階のインフォーメーションカウンターの横、スタッフ口の奥にあった。普通にはたどり着けない場所というわけだ。
おそらくスタッフ用と思われる案内板には、『地下一階。格納庫、事務室』『地下二階、格納庫および資料室』という案内標識が書かれていた。このどこかに《星》のコアが格納されているのだろうか。
《星》のコアは、《星》を構成する願いの中心であり、《星》の原点でもある。前の体験からどうやら意思があるらしいと言うことはわかっていた。 《星》に直接聞くことで、シークさんの自分でもわかっていない探し物が見つかると言うことなのだろうか。
この博物館のすべてを管理しているトイロ館長でもわからないと言うことは、ここには求めているものは無いのではないかという思いが、こころのどこかによぎる。きっとシークさんもどこかでそう思っているのでは無いだろうか。
「本当に《星》に聞くなんてことが出来るんでしょうか……?」
シークさんはどこかおっかなびっくりだ。この言葉もトイロ館長に向けてなのか、独り言なのかがいまいち判別しづらい。
「ええ、できますよ。おそらく、この《星》の根源たる願いは、『すべてのおもちゃがあるおもちゃ箱』ですから。ないおもちゃはここになく、したがって逆説的に、シーク様のお探しのおもちゃもここにある。我々が知らないだけということになります」
「うーん、でも、トイロ館長はこの博物館のおもちゃを全部知っているんですよね? それなのにわからないというなら、やっぱりここには無いってこともあるんじゃないかと」
私は少しだけ遠慮がちに聞く。この博物館の意義にも関わるし、シークさんの願いを否定することにもなりかねないから。
「スフィアの疑問はもっともだけど、ここは《マボロシの海》だからね。願いの核が『すべてのおもちゃがあるおもちゃ箱』であるなら、その願いが何らかの形で実現した世界で在るはずなんだ。だから……」
キズナは少し言葉を濁す。
「だから?」
「ひょっとしてだけど、この博物館は《星》のコアの願いの形をすべては表せていないのかもしれない。雲の道の《星》でスフィアが辿り着いたように」
そっか、雲の道の《星》は、願いを形にすることが出来ていなかった。願いが《星》を構成する過程で歪んでしまっていたんだ。
似たようなことがここでも起こっているなら、ひょっとして博物館にはすべてのおもちゃがないが、どこかにおもちゃがある、と言う可能性だってあるのかもしれない。
「さて、その辺りは中にいる私には、逆にわかりかねるところではあります。ひょっとしたらスフィア様には、その違いが何かおわかりになるのかもしれません。この《星》のずれに」
「ずれ……?」
「たいした意味はありません。お気になさらず」
そうは言うが、トイロ館長の発言は少し引っかかった。なにか意図があるような、含みがあるような。トイロ館長には何か思うところがあるのかもしれない。
そうこうしているうちに、私たちは地下一階の階段を降り地下二階に辿り着いた。
階段をおりた地下二階は、ぐるりと見渡せる程度の狭い造りで、3つの部屋があるようだ。
1つは、資料室と書かれている。
2つは、格納室と書かれている。
そして3つめは何も書かれていなかった。
ただ3つめの扉のみが異常に古い。造りも明らかに異なっていた。他の扉は事務的な金属扉なのだが、3つめだけが木で出来ている。分厚そうで装飾の見事な扉だった。博物館の入り口にも通じるものがある。
明らかにこの扉だけが、出来た年代が違っているように見えた。
トイロ館長は、まっすぐに3つめの扉に向かうとその何も書かれていない扉に手をかけそして開けた。重くきしむような音が響く。
「どうぞこちらに」
トイロ館長に促されるまま進むと、そこには細長い廊下が先まで続いていたが、何があるかは確認できない。照明の暗さもあって、少し不気味な雰囲気がある。
「ここはなんの部屋なんでしょうか?」
シークさんの声が後ろから聞こえる。なぜか隊列がここでも固定されているようだ。興味はあるけどなぜ私が先頭に?
「この先がのこの《星》の生まれた場所。『すべてのおもちゃがあるおもちゃ箱』の格納庫です。この博物館はすべてこのおもちゃ箱から生まれたおもちゃたちで構成されているのですよ」
「この博物館全部ですか?」
私は驚いた。だって、この博物館のおもちゃはとてつもない量だ。遊んでも遊んでも遊びきれないくらいのおもちゃがここにある。それがすべて入っているなら、どれくらい大きいおもちゃ箱になっているやら。
「ええ、すべてです。まあ、まずはご覧いただけるといいかと」
トイロ館長の言葉と同時に、廊下の先に小部屋が見えた。小さな部屋で灯りは少なく薄暗い印象だ。扉からでは先が見えなかったのも頷ける
部屋が近づくと中央に、何かが置かれているのが見えた。四角い小さな箱のような何かだ。木で出来た簡単なもので、上に開けるタイプのふたがついている。お世辞にも豪華な造りではなく、しいていえばどこの家にもありそうな、例えば子供の部屋にありそうな……。
「ひょっとしてあれが?」
戸惑いとともに私はトイロ館長に尋ねる。おそらくそうなのだろうと思っていても、頭に描いたイメージと実体が重ね合わない。
「ええ、あれがこの《星》の中心。『すべてのおもちゃがあるおもちゃ箱』です」
「小さい!」
思わず大声が出てしまう。だって、あんな小さい箱にすべてのおもちゃなんて信じられない。
それに、雲の《星》のコアと違って、いまいち重みが無いというか、ありふれた見た目というか。
「僕も初めて見ました。あんなに小さな箱からはじまったんですね……」
キズナも驚いているようだ。
「ええ、最初のこの《星》は本当にあの箱一つから始まったのです。いかにも小さいと思ったでしょう?」
トイロ館長は私を見て微笑んでいる。
「ええ、正直なところ驚きました。もっと大きくて立派なものかと……」
「名前で勘違いされますが、はじめから中にすべてのおもちゃがあったと言うことではないんですよ。少しずつ人の願いを集めて、願いに沿ったおもちゃをこの箱から生み出していった。最初は少しずつでしたが、それは次第に加速していき、あっというまにこの箱からこの博物館にあるおもちゃすべてが生み出されました」
そう語るトイロ館長の目はどこか懐かしそうだった。昔を思い出しているかのような。
「実は私もこの箱から生まれたおもちゃの一つなのです」
「館長もそうなんですか!?」
「ええ、私が気がついたらここに、大量のおもちゃとともにおりました。誰かが願ったのでしょう。しゃべる木の人形がほしいと。もしくは本当にどこかにあったものなのかもしれません」
「そんなことまで在るんですね……すごいです」
キズナも知らなかったようだ。実際ここには何度か来ているはずなので、顔見知りではあったようだけれど、そこまでは聞いていなかったんだろう。
「それだけじゃありませんよ、お気づきかどうかはわかりませんが、この《星》のすべてがおもちゃです。実のところ、皆様がいるこの博物館自体も元はミニチュアの模型です」
「そうだったんですか!」「知らなかった……」
さすがに私もキズナも同時に驚く。シークさんは話に追いつけていないような顔をしているが、驚いているのはいっしょだろう。
「これは、これからのガイドで話すネタが増えます……。館長これは話してもいい内容ですか?」
「問題ありませんよ、聞かれなかったので答えなかっただけです」
キズナの声が少し弾んでいる。いいネタを仕入れたと思っているのだろう。
「話がそれましたな。さて実際のところ、上に展示してあるものもほんの一部です。大半は格納庫に存在している」
「え? では、俺の探しているものもそこにあるんじゃないでしょうか。格納庫の方を見せていただけることは?」
「それについては無駄でしょう。この博物館は実は自動的に展示が入れ替わっています。実は来たお客様によって展示が変わっているのです」
「自動で? 館長が整理しているのでは?」
シークさんの疑問には私も同意。てっきりトイロ館長がやっているのだと思っていた。
「いえ、エリアこそ決まっていますが、やってきたお客様の嗜好やおもちゃを遊んできた歴史そういったものから、博物館自体が展示物を決めています。ですからお客様が求めたものは、必ずそこにあるはずなんです。特にシーク様くらいに強く探している方のおもちゃであるなら」
「ということは、ここでみつからないと言うことは……」
「ええ、すなわち格納庫の中にも、シーク様のお探しのものは無いということになります」
「そんな……ここにくれば必ずあると思ったのに……」
シークさんの声が悲痛なものとなる。
すべてのおもちゃがあるはずのおもちゃ箱。そこにないおもちゃ。
この不思議な歪みの中にこの《星》がなぜこうなっているのか、その《星》の願いの謎が隠れているような気がした。
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