第19話:すべてのおもちゃがある場所へ

「さあ、こちらがおもちゃ博物館のメイン展示場、すべてのおもちゃが展示された場所となります」

 トイロ館長が大きな部屋の向こう側を指ししめす。

「わあ、すごい……」

 その景色に私は圧倒された。

 見渡す限りのおもちゃたち。

 カラフルな積み木。

 精巧で豪奢な人形。

 空を舞う精巧な飛行機の模型。

 目に映るすべてがおもちゃだった。

 それでも、見えている範囲がほんの少しなのだと言うことも同時にわかる。


「他のフロアにも、おもちゃがあるんですよね?」

「ええ、もちろん。すべての階におもちゃが展示されていますよ」

 そう、ここはまだ一階。この博物館は外から見えるだけでも五階建てだったはずだから、他のフロアにも、これくらいのおもちゃがあるはずだった。

 その数をざっと見積もっても、膨大な展示数であることがわかる。

「どれくらいの数があるんですか?」

「数なぞ問うても意味の無いことですよ。お嬢さん。ここにはすべてのおもちゃがあるのですから。飾られているものだけがここのおもちゃではありませんから」

「ということは、それ以外にも、まだまだおもちゃがあるってことですね……。想像もつかないや」


 私はため息をついた。

 どれだけのものが見られるのか。

 何が見られるのか。

 そもそも、すべてのおもちゃなんて見切れるのか。その果てしなさを理解した。

「うん、全部は見られないかもだけど。できるだけ楽しんでいかなくちゃ!」

「その意気その意気。実際ここはリピーターも非常に多い場所だからね。全部を見きれなかったとしても、また次の機会に来ればいい。博物館って言うのはそういうものさ」

 キズナが肩越しに声をかけてくる。その言葉からも、ここを一度ですべて見るのは無理だという心がうかがえる。

 

「キズナはここには何度も来ているの?」

「ああ、ここは高確率でツアーに組み込まれるコースだからね。それに……」

「それに?」

「いや、それはいい。僕の話だから」

 キズナが少し含みのある言い方をした。これ以上は聞いても答えなさそうな雰囲気を出していたので、深くは聞かないことにした。

「さあ、まずは何が見たい? ここはおもちゃの種類ごとに展示エリアが区切られてるから、みたいものがあれば、館長に先に伝えておくといいよ」

「うーん、そうね……。いろいろ見たいものはあるんだけど、なにせ私ここ初めてだから、おすすめの順番があればお任せしたいな」

 キズナの問いかけに、私は見たいおもちゃを絞りきれなかった。

 それは、たくさんありすぎて選べなかったっていうのももちろんあるんだけど、今の自分の好みが自分にはわからなかったって言うのが大きかった。

 なにせ記憶も何もなくした私だ。ひょっとしてこの体にも、記憶をなくす前はなにか好みが合ったのかもしれないけれど、それは今の私の中には無い。

 だから、一番みたいものが私には選ぶことができなかった。逆に言えば、このおもちゃの中をみていけば、もしかしたら好みのおもちゃが見つかって、あわよくば記憶の欠片がもどるかもなんて期待もあった。

「……なるほどね。それもそうか。館長、スフィアは博物館自体になれていないので、まずはわかりやすいルートでお願いできますか?」

 キズナが私の心の内を察したのか、そんな形でフォローしてくれた。事情を知ってくれているのはこういうときにありがたい。

「なるほど、そういうことでしたら、一番基本の順路でご案内いたしましょう。もちろんその中で、じっくり見てみたいおもちゃが浮かびましたら、お伝えください」

 トイロ館長はにっこり笑うと、そんな提案をしてくれた。



 すごい、すごい、すごい!

 無数のおもちゃたち!

 どこを見てもおもちゃしかない。

 しかも素敵なものばかり。

 この興奮は抑えられそうに無かった。

 目の前に無限に遊べるものがあって、よろこばない子供なんていない。きっと大人だって。

「これ、触ったり遊んだりしていいんですか? 展示物なら触らない方がいいのかしら」

 念のため聞いてみたけれど、館長の応えは即答だった。

「もちろんすべてのおもちゃが遊んでいただいて問題ありませんよ。遊んでこそのおもちゃですからね」

「ありがとうございます!」

 私はさっそく目の前にある人形を手に取る。

 女の子の人形で、とてもよく出来ている。髪のつやも眼の美しさも、そして服の精巧さも。

 どれをとっても一級品のおもちゃなのだろう。

 腕の動きのスムーズさや、顔の端正さをすみずみまで見て楽しむ。

 ああ、綺麗。こんな人形が家にあったら、さぞ素敵なインテリアになるんだろうな。でも子供にとっては、高級かどうかじゃなくて、可愛い人形が目の前にあるその素敵さが、どこまでもうれしいんだろう。


 となりには、反対に素朴なブリキの人形が展示してあるが、これも素敵。

 筒を組み合わせたような体、簡単に曲がるだけの関節。さっきの人形とは比べられないくらいにシンプルだけど、かえってそのシンプルさがユーモラスな動きを作り出している。

 いろんなポーズをとらせるのが楽しくて、とても可愛い。申し訳程度に目と口を描いてある顔には鼻だけが細く長く伸びていて、これも親しみが持てる。

 きっと小さい子供ならこっちの方が面白がるんだろうなあ、とか思いながら遊んでいる。


 こっちは動物のぬいぐるみたち。

 私が手に取ったのはクマの大きなぬいぐるみ。ふかふかしててとても可愛い。デフォルメされた全体の丸みと柔らかさが心地よくて、つい抱きしめてしまう。

 こんなことが許される博物館ってないんじゃないかなあ。

 鳥のぬいぐるみも羽の美しさが見ていて飽きないし、犬や猫のぬいぐるみももちろんある。

 言ってみればこの展示だけでもアニマルランドの様相を呈していて無限に戯れていられる!


 他にも、車の模型や飛行機の模型や船の模型。

 どれも本物をそのまま縮めたような金属製の精巧なものから、単純だけどかわいらしい子供向けのおもちゃまで、きっとこれが好きな人はここだけで一日が潰せるくらいだろう。


 ここのフロアは『形のおもちゃ。世界を模したおもちゃたち』なんて書かれたエリア。

 要は人形とかぬいぐるみ、模型たちの展示エリアってことみたい。

「形のおもちゃって……?」

「ええ、おもちゃがおもちゃとして形を成したきっかけのひとつは、自然界にあるものを木や粘土などで模したところからはじまっていると言われます」

「たとえば、それが人形とか?」

「はい。それも一つですね。鳥や獣などもそうでしょう。神事・祭事につかっていたものを子供が面白がって遊びに使ったところもあるようです」

「へえ……。ここではそんなおもちゃも見られるんですね」

 こんな感じにトイロ館長が説明してくれるのも楽しい。おもちゃを遊ぶだけじゃ無くて、きちんとここは博物館なんだなあって実感できた。


「さあ、次はこちらへ」

 案内された次のエリアは、さっきとは打って変わって遊ぶことが主体のエリアみたい。

『遊戯としてのおもちゃ。人が遊ぶと言うことを体現したおもちゃたち』なんて書いてある。

 視界の中に見えるのは、積み木や組み立てできるブロック、コマにパズル。

 遊びたいおもちゃがいっぱい。

 もちろん積み木で遊ぶスペースもあるし、積み木やブロックで出来た、家や動物や街みたいな壮大なものもある。これはトイロ館長が造ったのかしら。だとしたらすごい。さらに尊敬だ。

 そう言ってみたら、照れる風もなく「館長たるもの自ら遊ばないと、楽しさが伝えられませんから」なんてにこりと笑った。

 そうか、トイロ館長自身がここのことを大好きなんだなあと気づく。

「積み木にしてもブロックにしても、大きいもの精巧なものを造ることに本質があるわけではありません。作りたい形を想像し、積み木を材料に、それを形にすることを楽しむのが本来なのではと思っております」

「造っているときを楽しむおもちゃってことですか?」

「もっといえば、積んでいるその一つ一つが楽しいということですね。積み木同士がぶつかる木の奏でる音を楽しみ、けしてそのたび同じではない積み上がるバランスを楽しむ。それが私には楽しく思えます」

「っていうことは、別に何かを造ろうと思わなくてもいいってことですね」

 そう言うとトイロ館長はうれしそうににっこりと笑ってくれた。

「ええ、その通りですとも。それがスフィアさんに伝わっただけでも私の仕事の意味があります」

 私も微笑んだ。

 赤く四角い積み木を一つ取って、別の積み木の上に積んでみる。

 カツン

 そんな澄んだ木の音色が気持ちよく感じられた。なるほど、積み木って楽器の一つでもあるんだなあって気づけたことが、さらにうれしかった。

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