第18話:おもちゃの《星》の博物館
キズナの道案内で星間列車の駅から続く道を進むと、そこには、古ぼけた、でも立派な趣を感じさせる大きな建物が一つ。
これがおもちゃ博物館ということらしい。
駅から見えた大きな扉の上には、おそらくはこの建物の名を示すであろう、扉に見合った大きな看板が付いている。読める文字では書いていないけれど、聞くまでもなくおもちゃ博物館と書いてあるんだろう、きっと。
扉は両開きで、取っ手は錆びた金色のしっかりとしたものが付いていた。これもかなりの年代を感じさせる。
「これ、開けてもいいんだよね?」
あまりにも立派なたたずまいに、少しだけ気圧される。
「ああ、もちろん。ここは博物館。見学したい人ならだれでもウエルカムだよ」
その言葉に少しだけ安心して、私はトランクケースをいったん置くと、取っ手に手をかける。
軽く触った感じでも扉はとても重い質感で、両方を同時に開けるのは無理そうだった。仕方ないので、右側だけを両手でつかむと、せーので体重をかけて一気に開けようとした。
そのとき、扉が勝手に手前に開いた。
私は開けようとした勢いのまま、後ろに転んでお尻をついてしまう。
「いったあ……、なんで急に扉が開いたの?」
そう言う私の声には反応せずに、キズナが扉の向こう側の相手を見ていた。
「ああ、来ていただいてたんですね」
「ええ、事前のご連絡ありがとうございます。本日はようこそ、この『おもちゃ博物館』においでくださいました」
その声は扉の向こう側から響く。どうやら開けてくれたのはこの人のようだ。
……ちょっとタイミングが悪かったけど。
私は、あわてて立ち上がりお尻の砂を払う。
少しだけ服装の乱れがないことを確認した。
「……あ、あの、ありがとうございました。いきなり、みっともないところを見せてしまってごめんなさい」
取り繕うように言いながら、そこで私は初めて、その人をしっかりと目視できた。
そして驚いた。
「え、えっと? あなたは?」
そこにいたのはビシッとした制服を着込んだ木製の人形だった。
「ああ、ご紹介が遅れましたな。私はこのおもちゃ博物館で館長をしておりますトイロと申します。少しの間ですが、覚えておいていただけますと幸いですな」
「急な連絡ですみません、今日はご案内よろしくお願いします」
キズナがお辞儀をしている。珍しい光景だと思った。
「ええ、もちろん。ここに来てくださる方であればどなたでも歓迎しますよ」
館長の口調には威厳が感じられる。キズナが館長と言っていたのはこの人だったのか。
キズナの言葉にもどこか敬意のようなものが感じられた。それなりに立派な方と言うことなんだろう。
私もトイロさんには不思議と親近感が湧いてきていて、いつの間にか緊張感が解けるのを感じていた。
「さて、それではこれから、この博物館を案内させていただくわけですが、そもそもお嬢さんは、ここがどのようなところかご存じですかな?」
「いえ、名前以外はほとんど。現地に行ってから聞いてくれとガイドにも言われていたので」
そう、私はここについてほとんど何も知らないのだ。まあ、列車の中で思いっきり寝ていたからだけど。
「そうでしたか。それでは、ここの成り立ちについて説明するところから始める方が良さそうですね」
そう言うとトイロさんは、懐から何やら小さな小箱のようなものをだしてボタンを押した。
照明が少しだけ暗くなり、トイロさんと私たちの間くらいに、映像が投影された。
「これは?」
私が聞くと、トイロさんは木で出来た顔で上手にウインクをして見せた。
「この博物館の紹介映像と言ったところですね。しばしご覧いただければ」
その言葉に映像を見ると、投影された光の中に小さな箱が見えた。
「この《星》の始まりはこの小さな箱でした」
トイロさんが映像に合わせて解説をしてくれるようだ。
「これが《星》の始まり……」
雲の《星》とは違う、小さくてかすかな願いの種。たった二つの《星》を巡っただけだけれど、こんなにも差があるものかと私は思っていた。
「この小さな箱は、いわゆるおもちゃ箱でした。世界のすべての人が幼い頃に一度は願ったことが、または思ったことがある小さな想い『このおもちゃ箱の中にほしいおもちゃが全部あったら』。そうこのおもちゃ箱は、人々がほしがったすべてのおもちゃを内包するように、大きくなっていったのです」
「それがこの《星》のコアですか?」
「はい、それがここの願いの中心となりました」
トイロさんの説明は続く。
映像には、最初に映ったおもちゃ箱がどんどんと大きくなってゆく様が映っていた。
「人の欲するおもちゃを取り入れて大きくなっていったわけです」
「そのおもちゃ箱はどうなったんですか」
説明の先が見えなかった私は、つい口を挟んでしまった。おもちゃ箱と今いるおもちゃ博物館の関係が見えなかったからだ。
「おや、お嬢さんはせっかちでいらっしゃいますな。ちょうどその説明ですよ」
トイロさんの声は優しい。質問を喜んでいる風でもあった。この辺りも知識を重んじる博物館の館長と言うことなのだろう。
「おもちゃ箱は、みんなが願うおもちゃを取り入れて大きくなりましたが、おもちゃ箱として収納することに限界が来たようでした。そこのこの《星》のコアは、おもちゃ箱としての拡大をやめ、集めてきたおもちゃを収納展示するために効率的な方法として、博物館を造ることにしたようです」
「したようです? 推測なんですか?」
トイロ館長の言い方に引っかかった。
「ええ、もちろん。私も最初からこの《星》に居たわけではありません。コアたるおもちゃ箱がこの《星》を博物館とした時に、管理者として生み出したのが私となります。おもちゃの一つに意思を与えた形ですな」
「それじゃ、それからはずっとここに?」
「はい、館長として、ここにいらっしゃるお客様を案内させていただいております」
「それでは、続きをご覧ください」
映像の中では、おもちゃ箱が人よりも大きく、そして家ほどにも大きくなった頃、その姿を建物へと変えていった。
それは私が今いる、この博物館だった。
映像の中の建物はまだ真新しいが、それでもこの重厚な造りは変わっていない。
5階建てのフロアの中には、この《星》が集めてきたおもちゃたちが大切に大切に飾られていく様が、時代を追って少しずつ紹介されていた、
人形たちを集めたフロア。
車や飛行機みたいな模型を集めたフロア。
ゲームを集めたフロア。
最初は簡単なジャンル分けで、見せられていたおもちゃたちも、次第に遊び方や種類や、子供の年齢にあわせた見せ方で、並べ直されたり、その時々にあわせてテーマごとの特別展も開かれたりしたようだ。
どれも紹介された部分だけで、わくわくしてくる。
博物館の中におもちゃを展示したわけじゃない。おもちゃを見せるための場所として、《星》はこの博物館を造ったんだ。
おもちゃたちを大切に展示して、来た人に見て喜んでもらうための建物としてこのおもちゃ博物館は出来たんだ。
それがこの簡単な映像からでも、私に伝わってくるようだった。
紹介映像が終わると再び灯りがともった。辺りがしんと静かになる。
「いかがでしたかな」
トイロ館長は私に問いかける。
「すっごく、興味深い映像でした。ここがどんなに素晴らしい場所かわかってきたわ。これから中を見せてもらうのが楽しみ!」
「それは結構なことですな」
トイロ館長は眼を優しくすぼめる。木製人形なりの笑顔なのだろう。
「さて、イントロダクションも終わったことですし。これから、このおもちゃ博物館をご案内いたしましょう」
トイロ館長が姿勢を正し、うやうやしくお辞儀をした。
さあ、これから二つ目のツアー、おもちゃ箱の《星》の旅の始まり。
今度の《星》は私に何を見せてくれるのだろう。どんなすてきな記憶と体験を私にくれるのだろう。 そして博物館につまった歴史と知識は、いったい私に何を教えてくれるのだろう。
期待感で胸がはち切れそうな私の博物館巡りがここに始まった。
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