第19話 星を見る会

「ゼーローゼ。これからどうする。湖に帰るか? それならもちろん送り届けよう」

 わたしたちは宿屋の一階にある食事処に集まっていた。

 わたしは泣き腫らした目のまま、ダニエルの肩に腰掛けていた。

「まだ、どうしたらいいか、分かんない」


 みんな黙ってテーブルに腰掛けている。お昼にはまだ早い時間だったので、宿屋の主人はみんなにお茶を出してくれていた。でもそれに手をつける人はいなかった。


 わたしは、教会から帰ってきてからも眠ることができないで、ずっと泣いていた。泣いている間もラヴェンデルのことばかり考えていた。会ったら話したいことがたくさんあったと思ったのに、今、ちっともそれを思いつかない。わたし、ラヴェンデルに会ったらどんな話をしようと思っていたっけ。


「わたし、ラヴェンデルと一緒に湖に帰ろうと思っていたの」

 みんなわたしの方を向いて話を聞いてくれる。だから、今の正直な気持ちを伝えようと思った。


「ラヴェンデルがいないことを知って、頭の中が真っ白になったの。本当に、わたし、なにがしたいのか分かんなくなっちゃった」

 話していると涙がこぼれそうになる。でも、わたし、泣きながらひとつの考えが大きくなっているのを感じていた。


「わたし、ラヴェンデルのことが分からない。でも分からないままにしておくのもなんか嫌なの。昨日の夜、アランと一緒に教会で祈りながら、ひとつの考えが浮かんできたの」

 アランはわたしのことを優しく見つめてくれている。

「わたしね、お姉さんのことを知るために、もっと人間のことを、その魂のことを知らなきゃいけないなって、なぜだかそう思ったの」

 そうか、とクレイグが答える。

「それなら、ひとつの提案がある。気持ちの整理ができる間、我々と一緒に旅をしないか? 我々は『ジェセの根』を捜している。それは人間の魂のことを知るきっかけになるような気がするのだ」


 わたしはクレイグの言葉に反論をする。

「でも、神様を信じていたらもう永遠の命が手に入るんでしょ。だったら『ジェセの根』は必要ないんじゃない?」

 クレイグは頷いて話をしてくれる。

「確かにそうだな。でも、『ジェセの根』は生きながらに永遠の命を得る方法かもしれないんだ。まあ、実際に手に入れないと分からないことではあるのだが、それはやはり人間の魂の秘密に近づくことだと私は考える」


「永遠の命はまあいいや。でもわたしはお姉さんが寿命を縮めてまでもその体を手に入れたという人間のことが気になっている。みんなと一緒にいたらそのことが分かるんでしょう?」

 わたしは冒険者一行の顔を順番に眺める。

「人間のことが分かるまで、それまでみんなと一緒にいようと思う」


「それが分かる前に嫌いになってしまうかもしれないけれどな」

 バイロンがにやりと笑いながらそう呟く。


「そうなの。嫌いになるってことはなんとなく分かるんだけれど、愛するってことが全然分かんないの。それってどういうことなんだろう。結婚したいって思うってどういうことなんだろう」

「そりゃ、もう哲学のお話だ。俺たちといても分かりはしないと思うぜ」

 バイロンはお手上げ、というポーズをする。

「そうなんだよね。でもさ、湖にいたら、もっと分かることはないよね。わたしたち精霊はそんな風に愛するってことを考えないから。でも人間についていったお姉さんは、そのことを知ったんだ。だからわたしもみんなについてゆくことにする」

「承知した。ゼーローゼが旅の友になってくれることはとても心強い。でも、嫌になったらいつでもやめていい。どんなに遠い所にいたとしても、まずは必ずゼーローゼのことを湖に無事に送り届ける。それが約束だ。我々の旅に遠慮することはない」

 それでいいか、とクレイグが尋ねる。

 わたしは、分かった、と答える。その答えを聞いてクレイグが話を続ける。

「我々は、とにかく『ジェセの根』を追う。そのことを、今、簡単に話し合おう。『ジェセの根』を追うためにはまずはエルフの足取りを辿りたい。分かっているのは北に向かったことだけ。占星術士に星のことを尋ねてみたが、前の街では情報を得ることができなかった。この街で、また探ってみようと思っている。今日は一日、情報収集に費やそうと思うがどうだろう」

 みんな、黙って頷く。


「それでは一時、解散して、各々情報収集に当たろう」

「クレイグは占星術士の所にゆくの?」

 わたしはクレイグに尋ねる。

「そうだな」

「じゃあクレイグについてゆく」

「承知した。ダニエルはどうする。一緒に来るか?」

「そうだね。僕も一緒にゆこう」


 街の裏路地にある布で入り口が覆われた場所に、わたしとクレイグとダニエルはやって来た。その布をくぐり抜け、薄暗い部屋の中に入る。

「今日は何を占いに来たのかね」

 いきなりそう声をかけられた。丸い水晶玉の向こうに座っているのは紺色のローブを纏った年老いた女性だった。

「いや、私は騎士だから信仰を持っている。私の神様は占いをしてはいけないと言われている。だから占いで何かを聞こうとは思っていない」

 へえ。神様は占いが嫌いなんだ。そのことは初めて知ったな。


「ふん。じゃあ、精霊まで連れてなにしに来たんだい」

 あ、このおばあさんもわたしのことが見えているのか。


「金貨一枚を渡す。それで情報が欲しい」

 そう言ってクレイグは金貨をおばあさんに見せる。

 途端におばあさんの愛想がよくなる。まあまあ、立ったままというのもなんだから、そこに腰かけて、と促される。

 そうそう、お金っていうのも不思議なものだよね。人間は不思議なことだらけだ。


「我々は『ジェセの根』を探している冒険者だ。ある情報によると、エルフが星読みによってその誕生を把握したと聞いている。そのことについてなにか知らないか?」

「そうさね。占星術と星読みは似ているようで違うものだ。だからわしに教えられることはなにもないね」

「ではせめて、その違いだけでも教えてくれないか」


「たったそれだけのために金貨一枚もくれるというのかい」

「そうだ。専門的なことはその道の専門家に聞くことが大事だ」

「ふん。まあ教えてやるさ。

 占星術は見える星を見る。

 星読みは見えない星を見る。

 それだけのことさ」


「なるほど。つまりエルフにしか見えない星があるということだ」

「ふん。そこの水の精霊にだって見えるんじゃないのかね。エルフよりもずっと自然に近いだろう」

 わたし? わたし、特別な星なんて見たことがないよ。


「それはよいことを聞いた。ではこれがその代金だ」

「本当にこれだけでいいのかい?」

「ああ、十分さ。世話になった」

 クレイグは金貨をテーブルの上に置いてその部屋を出てゆく。わたしとダニエルも慌ててそのあとを追った。


「クレイグ、あの様子だと、もう少し色々なことが聞けたんじゃないか。金貨一枚なんて三か月は余裕で暮らせる金額じゃないか」

「ゼーローゼが星読みができる。それ以上の情報は必要ないだろう」

「わたし、星のこと何にも知らないよ」

「いいんだ。我々が見えている星とゼーローゼが見ている星の違いを知ることが手がかりとなる。

 占いに頼らず研究することが大事なことなんだ。早速今夜から観察を始めよう」

 夜空を眺めることか。そのくらいならできるかな。


「じゃあ、わたし夜に備えてお昼寝するね。宿屋に戻っていていい?」

「承知した。では、今晩、夕食後に星を見る会を持とう」

「いいね。星を見る会。楽しそう」

「僕はこの街をぶらついているけれど、水は宿屋に置いておいた方がいいかな?」

「このくらいの街ならダニエルがどこにいても平気だと思うよ。わたしダニエルのベッドで眠っているね。いつもは浮かんで休むけれど、人間の真似をしてみるのも大事かなと思っているの」

「了解。僕のベッドを好きに使ってくれていいよ」


 その日の夕食後、さっそく星を見る会が行われた。場所は城壁の上。あらかじめクレイグが衛兵に許可を取っておいてくれた。


「では、早速始めよう。バイロンが夜空には詳しいだろう。バイロン、頼む」

「承知した。

 月夜なので星を見るにはあまりよい状況ではないが、それでも目立つ星はたくさんある。

 まずは極北の星ポルサ・ステロを見つけることが先決だ。我々を北に導いてくれる星だ。ゼーは見えるか?」

「うん、あれだよね。北にいつでも光っている動かない星。わたしたちはあの星を『空の目当て』と呼んでるわ。いつでも目印になってくれるから。それに向かって動いているのが、最近現れたのが『しっぽぼし』」


「しっぽぼし? なんだそれは」

「尾を引いている星が、ちょっと前から現れたんだよ」

「ゼーの言うちょっと前というのはあてにならないからな。

 でも、それはどこにあるんだ」

「『空の目当て』に向かってちょっとずつ動いている星だよ。見えないの?」

「見えないね。一応、あとで星座表と比べてはみるが、これでもう決まりな気はするな」


「人間には見えていない星がある。しかもそれはほうき星か」

「ほうき星! 人間は素敵な名前をつけるねえ。建物や広場を掃除する時に使っている道具のことでしょ。知ってる。確かにそんな形をしているよ」


「今、我々はほうき星を確認できていない。それがゼーローゼには見えている。そしてそれはポルサ・ステロに向かっているんだな」

「そうだよ。ゆっくりゆっくり近づいているような気がするよ。しっぽのあるせいでそう見えるのかもしれないけれど」

「もっと北に移動したらそのことは分かってくるだろう。星を見る会はとても有意義な時間になったな」


 クレイグがわたしの前に片膝をついてかしこまる。ん? どうしたの?

「ゼーローゼ。これは騎士である私からのお願いとなる。どうか我々の旅のためにその星を読み続けてはくれないか? もちろん、昼間に話した条件はそのままだ。ゼーローゼはいつでも旅を離れることができる」

「うん、いいよ。人間のことを知るためだけだと、目的が大きすぎて迷子になりそうだったの。わたしにも役割があった方が旅は楽しくなるものね。こちらからもお願いします」

「ありがとう。では、今宵はもうしばらく星を見る会を続けようか。他にも違って見える星があるかもしれない」


 その晩は夜更けまで星を見て過ごした。次の日首が痛くなるくらい、ずっと夜空を見上げていた。

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