第7話 スピカ覚醒

夜10時。風が強く窓のシャッターから不気味な音が鳴っている。家に帰ってきた俺たちは今後の方針について話していた。


「スピカは何処か行きたい所があるか?」

(私ここの場所もよく覚えてないの……)


 本当に何も分からないみたいだ。せめて姿が見えるようにならなくてはな。


「サークルでも様々な所に行ってるからそこで何か思い出したら教えてくれ。と言っても心霊スポット多めだけどな」 

(うん。私がんばって思い出す!)


 まあ焦らずにやっていけばいいさ。時間はたっぷりあるしね。


 そう考えていると不意にインターホンが鳴り響く。こんな時間に誰がなんの用だろう。カメラを見てみると年配の配達員が玄関に立っていた。


「ん?俺何か頼んだっけな」


 覚えのない荷物の配達に困惑しながら取り敢えず出てみる。


「あのーー。荷物頼んだ覚えないんですけど間違いとかじゃないですか?」


「ええ。間違いじゃないですよ。私はその子に用がありますからねぇ」

「その子?……。お前まさか!」


 その正体に気づいた時、配達員は薄ら笑いを浮かべながら顔が真っ二つに裂けた。その口、元い顔はたくさんの牙が付いていてグロテスクな見た目をしている。


(おにーさんにげて!!)


「くっ!」


 間一髪攻撃を反射で避けた。あと少し気付くのが遅れていたら今頃咀嚼されていただろう。


「こいつ……陰霊か!まさか本当に襲ってくるとは」

(おにーさん大丈夫!?)

「ああ、問題ない。それよりこいつをどうすればいいんだ……」 


化け物のような見た目をした奴を初めて目の当たりにし手が震え足が竦む。

 

「貴方に用はありません。そっちのお嬢さん美味そうですね……。今まで食べた陽霊よりも」


くそ!一体どうすれば。除霊にはよく塩が使われていたな……。効くか分からないが試してみるか。


すぐさま台所にある塩を取り陰霊に向かって振り投げた。


「くらえ!」


しかし投げた塩は陰霊に当たった後床に散らばるだけだった。


「塩ごときで私を祓えるとでも?デザートはとっておく派なのでね。まずは鬱陶しい人間から頂くとしましょうか」


 その刹那、視界には顔が真っ二つに割れた口が映った。


「速っ……」


 死ぬのか俺は?幽霊に喰われたらどうなるんだ。


 諦めかけたその時スピカの声が聞こえた。


(ブローディア!!)


 眩い光と共に紫色の花の盾が陰霊の攻撃を防いだ。


「な、今のは何だ!」

「おやおや。これは珍しいですね。陽霊のくせに霊術を使うとは。ふふ……ますます美味しそうですねぇ」


 (おにーさん大丈夫?そこから動かないで。私が守るから)

「ああ。すまない……」


 何も出来ない自分の無力さを痛感しながらも打開策を必死に考える。


「いたいけなお嬢さんですねぇ。そのお味、早くお粗末したいですよ!」 

  

手や腹から伸びてくる触手のような口がスピカを襲う。その猛烈なスピードと威力により盾に亀裂が入る。 


(くっ!重い……)


 このままではスピカの盾もすぐに破片と化すだろう。使えるものがないかポケットを探すと固くて冷たい感触を感じた。


 これは……今日もらった御守りじゃないか!なんですぐ思い出せなかったんだ!使い方も分からんが霊媒師からもらった御守りならきっと何か起こるはずだ!


「おい!これを見ろ!」

「ほぅ。何だねそれは?」


 陰霊は攻撃を中断し話に乗ってくる。わざわざ俺に構うということは本気を出せば俺たちなど簡単に殺すことが出来るのだろう。俺に見えるということは相当な霊力を持った強いやつだ。そんな奴がいきなり襲いに来るなんて最悪だ。


「知り合いの霊媒師から貰った御守りだ。それ以上攻撃すればお前は強制的に往生おうじょうするぞ」


 効果も分からない御守りだが隙を作るため適当なことを言う。これで逃げるような奴ではないだろうが…… 


「クッ……フハハハハ!何を言い出すかと思えばつまらぬ戯言をほざきおったわい。無知な人間に教えてやろう。御守りは攻撃する手段ではなく霊や邪気を寄せ付けないものだ。今から何か出来るものでは無いわ」


 けど何も役に立たない物を霊媒師が渡して来るはずがない。何か……何かあるはずだ!


「冥土の土産にもうひとついい事を教えてやろう。ワシのように人語を話し、霊術を使える陰霊は知能が高く衝動的に攻撃する雑魚とは違うぞ」


そんなもん知るか!陰霊に襲われたのは初めてだし俺は霊媒師でもない普通の人間なんだよ。


「最後にワシの霊術を見せてやろう。あらゆる攻撃、防御を無効化し対象を捕食する八つの口で噛み砕かれるといい」

八牙大蛇ヤガオロチ


 陰霊の体が歪に膨れながら大きくなり、やがて八つの口を持った八岐大蛇ヤマタノオロチのような姿に変貌した。


「人間と陽霊を同時に喰らうなど初めてだ。どんな味がするのかのぉ。楽しみだわい!」


 八つの大きな口が俺たちを捕食しようと迫ってくる。


 ここまでか……。霊界のことを何も知らず、スピカの正体も分からないまま死ぬなんて。世界はいつだって理不尽で不条理だ。でも……死にたくない。俺はこの世界でまだやり残したことがある気がするんだ。頼む、奇跡があるのなら起きてくれ!


ーービクッ


 すんでのところで陰霊の攻撃が突然止まった。


「……見られておる。背筋が凍りつくほどの殺気と霊力……。くっ、この気配は危険だ。また会いに行くぞ。その時までせいぜい足掻くことだな」


 そう言い残すとすぐに家を出ていき逃げていった。


 何とか助かったのか俺たちは。何が起きたか理解出来ないが御守りのお陰だろう。


「ハァァ〜」


 俺は安堵の息を漏らし呼吸を落ち着かせる。 今後あんな奴が襲ってくるなんて俺の人生どうなるんだよ。とにかく力を付けるために神楽に相談しよう。


「ありがとなスピカ。守ってくれて」


 (…………)


「スピカ?おい!大丈夫か?返事をしてくれ!」


 (んっ、大丈夫だよ。ちょっと疲れちゃっただけ)


 姿が見えないと何処にいるか分からなくて不安だ。修行すれば霊感も上がってスピカを視認することが出来るし守れる。今日はゆっくり休もう。

っと、その前に塩片付けなきゃ………


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