9.月が出るまで自由行動

「若、いかがなされましたか」

屋根の下で控えていた八重波やえなみが足早に飛鳥あすかものとへとやってくる。

「どどど、どうって、爺や! 爺や、見てくれ爺や! 影がなくなった!」

「おお……なくなったのなら、よかったではござりませぬか。さすがおがみの長男坊じゃな」

飛鳥の悲鳴が感動の声だったのだと諒解した八重波は、眉尻を下げて笑みを作った。

「違う。そうなのだが、違う! 誘鬼ゆうき、俺の影もないっ!」

 飛鳥の絶叫が、手入れの行き届いた屋敷の庭に響きわたった。八重波が飛鳥の指さす先に目を向けると、なるほど彼の言うとおり、地面には八重波の影と誘鬼の影はあるのだが、飛鳥の足元にあるはずの影だけがすっかりなくなっていた。

「ええと?」

 八重波は誘鬼を見た。誘鬼は慌てた様子もなく片眉をあげて、飛鳥の手首にある麻紐を指さした。

「今度の満月の晩までその麻紐、ほどくなよ」

「え……?」

「その紐、影とおまえを繋いでいる命綱みたいなものだからな。ほどいたら、影が戻ってこられなくなる。すぐすぐに影響が出るわけじゃねーけど、長く影が離れているのも良くねーんだよ」

「え、長くって……、え、次の満月って、いつだっけ? 爺や」

「今夜だよ」

八重波が答えるよりも早く、フンと鼻で小さく笑って誘鬼が答えた。

「月が出るまでの間、もうこれ以上やることねーから、好きにしてていいぞ。ただ、くれぐれも紐だけはほどくなよ。爺やもゆっくりしてなよ。じゃあな」

そう言うと誘鬼は飛鳥たちに背を向けて歩きだした。

「あっ、誘鬼。じゃあなって、どこへ行くんだ⁉ おい、誘鬼!」

 麻紐がほどけないように、八重波に結び目を引いてもらっていた飛鳥が、慌てたように声を上げた。

「別に。やることねーから出てくるだけだ。月が昇る頃までには戻ってくるって」

 そう言い残すと、誘鬼はスタスタと屋敷の外へと出ていった。

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続・もののけさうし なゆた黎 @yuukiichiro

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