第三章 神々の黄昏 16節

【16-6】

「そもそもあなた方<神>は、何故宗教という間接的なシステムを用いたのですか?あなた方が直接人間の精神活動をコントロール出来るのであれば、その様な複雑なシステムがなくても、直接人間の精神に働きかけて利用可能なエナジーを生成する方が簡単だと思われるのですが」

「人間の精神を制御するためには、一定量以上のエナジーの消費が必要である。それよりも宗教の様な、不純物の含有率が少ないエナジーを人間自らに生成させるシステムを構築して稼働させる方が、効率的だったためだと推測される」

「しかし先程のお話によると、その効率的なシステムが機能しなくなってしまった」

そう言いって林は話題を転換した。それを聞いた蔵間と美和子の顔にも、心なしか深刻な表情が浮かんだような気が永瀬にはした。

「先程お二人は、有害な不純物を含むエナジーの比率が増加したと仰いました。一方であなた方は、人間の精神機能を直接操作することが出来るとも仰いました。では何故、人間の精神活動から不純物の生成を抑止しようとしなかったのですか?そうすれば純度の高いエナジーを獲得し続けることが出来たはずです」

「汝の疑問は非常に適切だ。勿論吾等は汝の指摘する様に、利用可能なエナジーを人間に生成させようと試みた。しかしそれは成功しなかった。何故ならば、その様な感情の生成は人間の精神活動の根源に関わるものだったからだ。先程吾は、人間の感情はその人間の持つ願望から生じると、汝に説明したことを記憶している。従って人間に感情を生成させないためには、人間の願望自体を抑制しなければならない。もし仮に人間の精神機能を操作して人間の願望を抑制してしまうと、人間は精神活動自体を停止してしまう危険性があるのだ。従って吾等は、人間の願望から生み出される感情という不純物の生成を可能な限り抑制するという、二次的な手法を取らざるを得なかった。しかしその試みも成功しなかった。不純物の生成を抑制することで願望自体の量が増大し、結果不純物の量も増加するという悪循環が生じてしまったからだ。もはや吾等にはそれを制御する方法がなかった」

「そしてあなた方は、エナジーに含まれる不純物の除去という、別のプロセスに移行されたのですね?」

「そうだ。しかしその方法も成功しなかった。先にも説明したが、人間の生成する有害な不純物の量が、経時的に増加していったからだ」

「それに加えて、私たちが実在することを肯定する人間の数も、減少し続けたのです」

横から未和子が補足すると、

「それはどういうことでしょうか?ご説明いただけますか?」

と林が訊く。

「私たちは過去の人間が創造した概念に過ぎず、実在しないと考える人間の数が増えたのです。その最大の原因は自然科学の発達です。それによって人間は、様々な自然現象とその由来に関する知識を獲得しました。その中には宇宙やこの惑星の在り様、そしてこの惑星における生物の進化のプロセスが含まれます。嘗てそれは<神>の領域に属する事象であると、人間は考えていました。<神>こそが造物主であると。しかし自然科学の発達に伴って、それらは自然現象のカテゴリーの一つとして認識されていきました。キリスト教の教派の中には、自然科学者という種類の人間が提唱する進化論を否定し、あるいは聖書の記述と何らかの整合性を持たせるような解釈を行っている人間がいることを、私は知識として所有しています。しかし現在の様に人間が全地球規模での情報共有を行い、進化論が事実として定着している状況においては、私たち<神>が実在すると考える人間は経時的に減少し続けています。そして貴方が先ほど説明していた<奇跡>についても同様です。貴方の例を借りるならば、海が割れることは物理的にあり得ないことであり、死亡した人間が再度生命活動を開始することは生物学的にあり得ないことであると人間は考えるようになりました。即ち記録されている<奇跡>は実際に起きたことではないと考える人間が、自然科学の発達と共に増加したのです。キリスト教の信者の中にも、<神>を信仰しながらも、それを概念として捉え、その実在について無意識の疑問を持っている者たちが存在します。その結果、その様な人間たちが生成するエナジーには、私たちにとって有害な不純物の含有比率が増加し続けているのです」

そう締めくくった未和子の顔が、永瀬にはどこか悲しげに見えた。

――<神>にも人間の様な感情があるのではないだろうか?

永瀬はぼんやりとそんなことを思った。

「そうですか。進化論ですか」

と言って、林が再び話を引き取った。

「生物の進化について、我が教団では進化論者とは異なる見解を持っています。造物主としての、あなた方<神>の関与についてです」

「ほう、それは興味深いな。吾は汝が、その見解を共有することを要求する」

「はい、それについては吝(やぶさ)かではありませんが、今日は随分と長居をしてしまったようです」

林がそう言ったので時計を見ると、既に午後5時を過ぎていた。

「蔵間先生、未和子さん、まだお聞きしたいことはあるのですが、永瀬先生もかなりお疲れのご様子です。私も本日お二人からお聞きした内容を、整理する時間を持ちたいと思っています。ですので、今日はここで終わりにさせて頂きたいと思います」

「それは残念だ」

「残念です」

二人はそう同時に言った。

林は微笑むと、

「進化論については、また別の機会を設けてお話ししたいと思います」と言った。

蔵間父娘はそれに肯く。

「ところで、日常生活ではこれまで通り蔵間先生の意識を抑制することはお止め下さい。くれぐれもお願いいたします。よろしいでしょうか?」

締めくくるようにそう言うと、林は蔵間と美和子に向かってお辞儀をした。永瀬もつられて頭を下げる。

蔵間は分かっているという風に肯いた後、

「ああ、もうこんな時間だね。随分と話し込んでしまったようだ」

と言った。その口調は元の蔵間のものに戻っていた。未和子も蔵間の隣で笑みを浮かべている。どうやら蔵間と美和子の意識が元に戻ったようだが、永瀬はその急激な変化についていけず、頭が著しく混乱してしまった。

そして、この様な状況でも平然と挨拶を交わす林海峰が、物凄く怖いと思った。

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