花のカーテン



「冬にも薔薇って売っているんですね」


「ええ。今は薔薇にも種類がたくさんあって、一年中楽しむことが出来るのですよ」


 仕事帰りに立ち寄った花屋。


 入るのに少しだけ勇気がいったが、綺麗な色とりどりの花を見ると照れ臭さもどこかに消えていった。


「プレゼントですか?」


「はい」


 昨日、一緒に暮らしている彼女の真由まゆとケンカをした。


 今朝は朝ごはんもなかったし、いつも作ってくれるお弁当もなかった。


 先に出かける俺を玄関まで見送りに来てくれて、行ってきますのキスをする。


 もちろんそれもなかった。


 真由は寝室から出てこなかった。


 きっと相当怒っているのだろう。


 原因は俺が飲み会で遅くなるということを連絡しなかったからだ。


 残業中に上司に呼び出され急いで仕事を片付けて急いで店に駆けつけた。


 真由に連絡を入れるのをすっかり忘れていたのだ。


 真由からの連絡は何度も入っていた。


 カバンに入れたままのスマホに気づくこともなく俺は約三時間ほど上司に付き合った。


 上司をタクシーに乗せほっと息をつくとすぐに思い出したが遅かった。


 家に帰るとご飯を作って起きて待っていてくれた真由。


 言い訳してもダメだった。


『もういい!』


 大きな目にたくさんの涙をためていた真由。


 もしかすると真由はいろいろなストレスをためこんでいるのかもしれない。


 思い当たるふしはある。


 お互いに働いているのに家のことは全部真由がやってくれる。


 俺がやるのはゴミ捨てぐらいだ。


 仕事で疲れているのを言い訳にして最近は二人で出掛けたりもしていなかったな。


「じゃあ、この薔薇を全部、包んでください」


 三十本くらいだろうか。


 俺は売れ残っていた赤い薔薇を指さした。


「こちらですね、ありがとうございます」


 いつも笑っている優しい真由を怒らせてしまい、あらためて真由の大切さがわかった。


 俺は真由に甘えすぎていたんだ。


 これで機嫌がなおってくれればいいのだが。


 花束を受け取り1LDKのマンションに帰った。


 今日遅番の真由はまだ帰ってきていない。


 さっとシャワーを浴び缶ビールを開けテレビをつけた。


 部屋がやっと暖まった。


 ニュースはどこかの国の戦争のことばかりだった。


 爆撃によってぼろぼろになった街。


 恐怖で怯えながら避難している人たち。


 家族や愛する人を失って涙を流しながらインタビューに答える人。


 どうして人間は争い傷つけあうのだろうか。


 その先にあるものは深い悲しみしかないと、なぜ気付かないのだろうか。


 いたたまれなくなった俺はテレビを消した。


 静かになると真由の笑顔が頭に浮かんだ。


 ふと、自分がやっていることも小さな小さな、ほんの小さな戦争じゃないのではと思えてきた。


 俺は真由の気持ちを考えようとしなかった。


 理解しようとしていなかった。


 ただ甘えるだけで、与えたのは悲しみだけかもしれない。


 知らない間に真由を傷つけていたかもしれないのだ。


 そう思った俺はいても立ってもいられなくなり、真由のために何かしてあげたいと考えていた。


 冷蔵庫を開け食材を確かめた。


 今日のお弁当だったはずの肉や野菜がそのまま置き去りにされている。


 これならいけるかもと俺は真由のためにカレーを作ることにした。


 あとは……あとは何か真由にしてあげれることはないだろうか。


 そう思っていると玄関に置いたままの薔薇の花束のことを思い出した。


 普通に渡すのもいいが、何かないだろうか。


 玄関には先日買ったばかりのレースのカーテンがかけられていた。


 カーテンがあると寒さが違うからと言って真由が買ってきたのを俺が取り付けたものだ。


 俺は薔薇の花の部分を切ってひとつずつそのカーテンに刺していった。


 思った通り、花のカーテンの出来上がりだ。


 俺は一度外に出てから家の中に入った。


 目に飛び込んでくる花のカーテンと心地いい薔薇の香り。


 驚いた真由が部屋に入ると今度はカレーの匂いだ。


 きっと真由は笑顔になるだろう。


 そうしたら、寒さで冷えきった真由を抱き締めてごめんなって謝るんだ。


 いつもありがとうって感謝の気持ちを伝えるんだ。


 真由が遅番の時は俺が料理をするって言ったら真由はどんな顔をするだろうか。


 喜んでくれるだろうか。


 戦争をしている人たちに教えてあげたい。


 大切な人を笑顔にするのがこんなにも幸せなんだってことを。


 シミュレーションを終えた俺は、愛しい真由の帰りを今か今かと待ちわびていた。



           完





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季節を感じて クロノヒョウ @kurono-hyo

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