第16話 いつか答えを拾うために

「話を戻すけど、たけちゃんはなんで京都からわざわざこっちに来たの?」


 そんな話もしてたっけな。梶原の言う事を俺は理解する。京都出身でわざわざこっちの街に引っ越してまで受験をするということは、この高校が魅力だったとかそんな理由では片付けられないように思える。


「それは、まだ秘密やな」


 秘密…。またややこしくなりそうだぞこれ。それにしても伊沢は関西人のあのうるささはなく、落ち着いている。それもまた不思議だ。京都にいてここまで自我を確立して保ち続けたというのだろうか。俺の知っている京都は「おおきに~!」とか「またきーや!」とか「どないしたんそこの子?おっちゃんと、一杯いこか!」とかそういうイメージだった。  


 全員なんて返せば良いのかわからないのだろう、まだ話のターンは伊沢にあるようだ。


「恥ずかしいねん。やからまだ言えへん」


 恥ずかしい……ねえ。


「なら、また今度、教えてね。待ってる」


 模範解答ではないか千春。その優しい笑みはきっと伊沢も安心する。


 梶原は、なにやら引っかかっているのか、机になにかの暗号でもついているみたいににらめっこを続け、考えを深めているように見えた。


 日も暮れ始めた頃には、俺も帰らなければならない。そして俺に合わせてか、お開きとなった。帰路は影の伸びる夕日を背に、オレンジ色の街を歩いていた。帰り道で梶原と同じになった俺は、さっきのことをたまらず聞いてみた。


「なんだ。さっき考え事してたみたいだったぞ」


「してたからね」


 白い歯を見せるように笑ってきた。だがその歯も笑みもすぐに消えて、真面目な表情になった。悪いがこいつにこの表情は似合わん。


「引っかかるんだ」


「鍵のフックか?」


「違う!」


 冗談交じりに適当なことを言うと、予想通りの反応で少しうれしかった。俺は軽く笑いたい感情になった。


「消しゴムのことさ」


「消しゴム?あれは伊沢のものって解決しただろ。あのあと伊沢からなにか言われたのか?」


 首を傾げる俺に、梶原は首を横に振ってみせた。


「だって、落ちてた場所が普通に考えておかしいじゃん」


 落ちていた、場所?確か……


「……廊下か」


「普通廊下に転がっていくもの?」


「伊沢の席ならあり得るんじゃないのか。転がっていったりとかして」


 角のある消しゴムだろうが、角度によってはコロコロと転がっていくのが自然だ。なにせドア際の席だ。たまたま落ちた消しゴムが廊下まで転がっていくことも違和感はない。


「俺、問題用紙を確認してたでしょ?」


 確かに、俺が証拠があると言ってから梶原はノーデリカシー全開で伊沢の机のなかよ問題用紙を全教科見ていた。


「おかしいところはなかったんだろ」


「その時はなんとも思わなかったんだ。でも、よく考えたらおかしいんだよ」


 俺は敢えて返事をせず、梶原の次の言葉を待った。


「あの試験、机はドアから離されてて、そこまで転がっていくのはおかしいんだよ」


 そう言えばそうだった。テスとの次の人の朝は、机の位置ももとに戻っていたということか。確かにドアにくっついている形で置かれていた。どのくらい離されていたのかはわからないが、もし隣の席にくっつくくらいまで離されていたとしたら、廊下まで消しゴムが転がっていくのはおかしい。実際俺のクラスでは、1番右の列(ドア際の列)は2列目につくくらいまで離された。それに合わせて全員がスライドしていた。もしそれが全クラスであったなら……。


「1個確認したいんだけど、4時間目は国語科目だったよね」


「あ、ああ…」


「ならやっぱりおかしいよ」


 訴えかけるような目は、左からの夕日を反射してオレンジ色に光っている。


「だって、国語の問題用紙に消しゴムを使われたあとはなかったんだもん」


「そりゃ途中で落としたからだろ」


 言った後に気付いた。いや、違う。国語の問題は


「国語は最初に読むはずだよ。その後に問いに答えるでしょ?でも最初の漢字問題もたけちゃんは消しゴムを使わずに間違えたところにはバツとか線を入れてたんだ。最初に落とす要素ってないと思うんだ」


 読むだけなら、消しゴムにも触れないし、最悪ペンにも触れない可能性がある。触れてないものを落とせるのは超能力者でない限りはありえない。


「他におかしな点は」


 そして、明らかにおかしいであろうことを1つ思い出したらしく、目を見開いて、俺をまっすぐに見た。


「理科と英語には、全く書き込みがなかった」


 あの日は理科、英語、国語、数学、社会の順に行われた。国語と数学の間に昼休憩があった。4時間目と言っていた梶原だが、実際は3時間目だった。いつもの4時間目、つまり昼休憩の始まりすぐに、梶原は消しゴムを教室の前の廊下で拾った。


「書き込みがなかった…」


 ボソリとつぶやき、脳を働かせる。書き込みがなかったからどうだ。逆に書き込みが問題用紙にあったとしたら、何になる。客観的に考えたらなにがおかしいことがある?違和感はどこに感じる?


「あ、俺ここだ。じゃあねつばちゃん!また明日!」


 明日……そうか。部活が同じになるんだったな。自分で言ってすっかり忘れていた。

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