episode1-35 ダンジョンコア

 クラッカー化した壁を破壊しながら進んで行くのにそれほどの時間はかからなかった。ブラックの大鎌がつるはしのように何層ものクラッカーをまとめて叩き割り、あっと言う間に埋め立てられた通路の先にたどり着いた。


 照明として設置された光魔石によりある程度の明るさは確保されているが、相変わらず薄暗い。しかし薄暗いからこそ、部屋の中央でほんのりと光を放つ青色の物体がよく目立った。宙に浮いた正八面体のそれは、噂に聞くダンジョンコアの特徴と一致している。


「敵がいないか注意しろ」


 同行している二体のゼリービーンソルジャー・ブルーと、ブラックに指示をしつつ、自分でもキョロキョロと何度も部屋中を見渡して安全を確認する。


 どこにも敵は見当たらない。どうやら予想通り、警備のための戦力は残さず全て決戦に回していたらしい。


「行け」


 罠が仕掛けられていないか確認するためブルー2を先行させてコアまで一直線に走らせるが、何かが起動するような気配はない。大丈夫そうだ。


「俺がコアを操作する間、周囲を警戒しておけ」


 ブルー2が通った道をなぞってコアへと近づき、指示を出しながらコアに手を伸ばす。

 俺の知っている情報通りならば、これでコアの使用権を得られるはずだ。ダンジョンの指揮官を倒してコアに接触することでコアを使用出来るようになるというのは複数のダンジョン踏破者が証言している。

 SNSやネット上でわんさか湧いて出てくる自称ダンジョン踏破者と違い、公的に認められたダンジョン踏破者の証言であるため信憑性は高い。


「うお!? な、なんだこれ? 読めない」


 指先がコアに触れた瞬間、大小様々なステータスのようなウインドウがいくつもポップアップするが、そこに書かれている文字は見たこともないもので、内容を理解することなど到底出来そうもない。

 これは俺が知らないだけでこの世界の言語なのか? それともまさか、異世界の言語?


 ……常識的に考えて、ダンジョンは異世界の侵略兵器なのだから後者か。


「マジ、かよ」


 折角ここまでたどり着いたってのに、こんなのありか!? こうしてる間にもあいつに危険が迫ってるかもしれないってのに……!

 そもそもおかしいだろ!? こんなことはどこにも書かれてなかった! あれは全部作り話だったっていうのか!? それともこのコアだけが例外なのか!?


「クソ、クソッ、クソ!」


 ウインドウに表示されたボタンらしきものや、キーボードのようなインターフェースを適当に弄ってみるが、その結果として何が起きてるのかもわからない。

 コアを使えばダンジョン内の生き物を全て外に出すことが出来るはずだが、どうやればその機能を使えるのか、そもそも本当にそんな機能があるのか、わからない。


「何かないのかよ、説明書とかっ」


 コアを操作しているだけでは埒が明かないと考え、部屋の中に操作を助けるものがないか探して回るが、そんなものはどこにも見当たらない。仮にあったとしても、きっとそれも見知らぬ言語で書かれているはずだと頭の片隅ではわかっているのに、諦めきれない。

 何も見つからない。もう一度なんとか雰囲気だけでも掴めないかとコアに戻って操作を再開してみるも、やはり何もわからない。


「ふざけ――」

「はいそこまで」


 どんな操作をしても変わらずわけのわからない言語が書かれたウインドウを表示し続けるダンジョンコアに苛立ち、思いきっりぶっ叩こうと腕を振り上げ、振り下ろす直前誰かに腕を掴まれる。


「……桜ノ宮か」

「落ち着いて氷室くん。そんなに乱暴に扱っちゃ駄目よ」

「はっ、こいつを見てもまだそんな澄ました顔をしてられるか? お前にも何かしら企みがあったんだろうけどな、とんだ無駄足だ」


 桜ノ宮の手を振り払い、空中に投影されているウインドウを指さす。冒険者でない人間にも見えるのかは知らないが、見えるのであれば落ち着いてなんていられるはずがない。


 こんなことなら最深部を目指すのではなく、可能性が低かろうともダンジョンの中を探し回った方がマシだった。モンスターを殺して回った方がずっとマシだった。

 ……いや、今からでも遅くはない。あいつはどこかで助けを待ってるかもしれない。あてが外れたからって、いじけてる暇はない。


「引き返すぞ桜ノ宮。被害者を探して回る」

「ちょっと待ちなさい氷室くん。そんなに焦らないで」

「俺は焦ってない。冷静に、次善の選択をしてるだけだ」


 現実的でないことは自分でもわかってるが、コアをあてにすることが出来ない以上それ以外に手はないだろう。確かに少し熱くなったが、自暴自棄になっているわけじゃない。桜ノ宮に止められて頭は冷えた。


 カミサマには確かバリアだけじゃなく治癒の能力もあったな。それを使えば加賀美の回復も多少は短縮できるだろう。全員が動けるようになったらすぐに引き返す。……いや、最深部には別の道が通じてる可能性もあるか。加賀美の回復を待つ間、他に隠された道がないか探した方が良いな。


「話を聞きなさい」


 これからどう行動するか考えながら歩きだした俺の腕を桜ノ宮が掴み引き止める。


「なんだよっ! はなせっ!」


 冷静であろうとはしてるが、余裕がない。それが自分でもわかる。今までのような指示を通すための大声ではなく、苛立ち交じりの怒声で返してしまう。

 先ほど同じように強引に振り払って引き返そうとするが、今度はびくともしなかった。


「私はこの文字が読めるわ」

「……は?」


 こいつ今、なんて言った?

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