第30話 親切な旅の人

 白髪と猫耳が特徴的で、仲間にできるNPCの一人だったシルミア。

【魔導剣士】の天職を持ち、強キャラとして仲間にしていると非常に頼れる存在である反面、世界各地を放浪し続けているため、仲間NPCの中でも、一、二を争うほど出会うことが非常に難しいキャラでもあった。


「まさかこんなところで会えるとは……」


 信じられない幸運に、俺は相手が切実な助けを求めていることも忘れ、呆然としてしまう。


「……食べもの……早く……」

「っと、悪い。食べ物だな」


 強い上にキャラデザも素晴らしく、かなり人気のあるキャラなのだが、めちゃくちゃお腹が減りやすく(ゲーム時代にも空腹パラメータが存在し、定期的に仲間に食事を提供する必要があった)、燃費も悪いのが玉に瑕だ。


 ゲームでも彼女を仲間にするためには、空腹で動けなくなった彼女を見つけ、食事を与えなければならない。


「セントルア王国名物〈牙兎の焼肉パイ〉だ」


 王国内に多数生息しているウサギの魔物、ファングラビットからドロップする〈牙兎の肉〉。

 そいつをパイ生地に包んで焼いた逸品である。


 道中で食べようと思って、〈アイテムボックス〉に入れておいたのだ。


 ばっ!


 俺が〈牙兎の焼肉パイ〉を取り出した瞬間、シルミアの目がきらりと光り、俺の手から凄まじい速さでひったくる。


「はぐはぐはぐはぐっ!」


 猛烈な勢いで食べ始めるシルミア。

 それなりに大きなサイズだったのだが、ほとんど一瞬でなくなってしまった。


「ん、おかわり」


 口の周りにソースをいっぱいつけながら、当然のようにおかわりを要求してくる。

 微妙にイラっとさせられるが、ここで要求に答えなければ仲間にはできないので、仕方なく新たな〈牙兎の焼肉パイ〉を取り出す。


 ばっ!


「はぐはぐはぐはぐっ!」


 あっという間に二つ目を平らげてしまうと、彼女は口の端にソースをつけたまま、


「お陰で生き返った。感謝する、親切な旅の人」

「俺はライズだ。あんたはシルミアだろう?」

「なぜ知ってる?」

暴風猫ハリケーンキャットのシルミアといえば、それなりに有名なAランク冒険者だからな。一応、俺も冒険者なんだ。まだ駆け出しのEランクだけどな」

「そう」


 シルミアはあまり興味なさそうに頷く。


「それより食べ物を恵んでやった対価に、一つお願いしたいことがあるんだが」

「ん。お金? お金ならたくさんある」

「いや、お金は別に要らない。ていうか、お金があるのになんで行き倒れてたんだ?」

「ストックはたくさんあったはずだった。なのに気づいたら全部なくなっていた。〈アイテムボックス〉に入れていた。どこにいったのか。不思議」

「……自分で食べたんだろう」


 無限の胃袋の持ち主だからな。


「少し力を貸してほしいんだ。実はこの先に隠しフィールドボスがいてな。レベルが高く、俺一人じゃ倒せそうにないんだよ」

「ん、そんなことなら、お安い御用」


 すんなりと頷いてくれるシルミア。


「ちなみに今のレベルは?」

「57」

「なら余裕だな」

「ボスは?」

「80だ」


 だいぶ格上のように思えるかもしれないが、上級職である【魔導剣士】なら20以上の差があっても大丈夫だ。

 当の本人は一瞬の間を置いて、


「……無理」

「お安い御用じゃなかったのかよ? まぁ心配するな。共闘すれば問題なく倒せるはずだ」

「仕方ない」


 そうしてシルミアを一時的に仲間にした俺は、フィールドボスの居場所へと向かった。

 ちょっとした森の中を進むことしばし、やがて崖にぶつかってしまう。


「ここだな」

「? 何もない」

「〈ファイアアロー〉」


 俺は崖の麓、ツタに覆われた場所目がけて炎の矢を放った。

 するとツタに引火し、煙を上げながら炎が広がっていく。


「ん、穴」


 ツタが燃え尽きた先にあったのは、大人が立ったまま通り抜けられるほどの穴だ。

 しかも穴の先には石でできた扉が。


「よく見つけた」

「ああ」

「ツタで見えなかったのに、どうやって?」

「……ツタの隙間から、奥が少し見えたんだ」


 シルミアに鋭い指摘をされ、一瞬答えに窮しつつもどうにか誤魔化す。


「なぜフィールドボスがいると分かる? なぜかレベルも知ってた」

「ええと……とにかく、この扉を開けてみれば分かる」


 さらに追及され、俺は慌てて扉を押した。

 前世のゲームでこの隠し扉を発見したなんて言ったところで、信じてもらえないからな。


 ズゴゴゴゴ、と鈍い音を立てて扉が開いた。

 その奥は真っ暗になっていたが、足を踏み入れると、周囲の壁に設置されていた松明に火が灯っていく。


 全体を見渡せるようになると、そこには学校の体育館ほどの空間が広がっていた。

 そして空間の真ん中に佇む怪しい影。


「ん」


 獣人らしい野生の嗅覚で脅威を感じ取ったのか、シルミアが剣を構えた。

 次の瞬間、その影がゆっくりと宙に浮きあがる。


 隠しフィールドボス、ダークウィザード。

 魔法のローブを身に纏い、魔法の杖を手にした人型のモンスターだ。


 顔の部分は暗くなっていてよく見えないが、人間ではないはずである。

 ゲームでは怪人系モンスターに分類されていたので、恐らく人に似て非なる生き物なのだろう。


「こいつが放つ魔法を喰らうと、同時に色んな状態異常に侵されるから注意してくれ」

「ん」

「じゃあ、任せたぞ」

「ん?」


 俺は〈気配隠蔽〉を使い、その場から姿を眩ます。


「…………共闘は?」

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