第25話
四月になって新たな年度がはじまった。僕は留年してもう一度二年生をやり直しとなった。
つまり三年のカリキュラムが取れないのだ。
昨年提出したカリキュラムの中で不可となった「日本法制史」や「社会思想史」などについてはもう一度受講申請を出した。
一度は大学を辞めようと思ったが、先日優里と会ったときの彼女の言葉で考え直した。
留年したことで奨学金は打ち切られたが、もう五年でも六年かかってでも卒業してやろうと思った。
そしてそういうふうに居直ってしまうとかなり気分的に楽になった。
ともかくこれまでよりバイトの量を増やさなければならない。
学生課に今年度の受講申請を提出してから大学を出た。
キャンパスでは文化部や体育部の連中が新入生の勧誘のため、派手な旗や模擬売店などを出して賑やかだった。
期待と夢を持ってそれらの勧誘に耳を傾け、楽しそうにキャンパスを歩く新入生たち。
僕も二年前、少しは似た気持ちでこの大学に入ってきたのに、今はそれを醒めた目で眺めていた。
江美は少し前から大阪市中央区の出版関係の会社に勤めはじめた。
彼女の仕事が終わってから梅田で待ち合わせて食事をして、ときには休日に映画を観たりもしたが、以前のようにそのまま彼女の家に泊まることは少なくなっていた。
それは江美も会社員になって一つのライフスタイルが出来上がっていたし、僕も前よりバイトの量を増やしていたからだ。
優里には週に一度は必ず電話をしていた。
触れ合うことはできないが、電話で話す数分だけで僕は優里からの確かな気持ちを感じていたし、僕自身も優里に対しては変わらない強い愛情を持っていた。
ただ、このままでは駄目だと思いながらも離れて暮らしているため、江美の存在を知られずに日々が過ぎていくことに僕自身が甘えていた。
大国町の岡田のいる事務所を訪ねた。
目的は他でもない、バイトを頼もうと思ったのだ。
奨学金がストップされたので収入を増やさないといけない。
いよいよ非常事態であった。
事務所には留守番の男性と電話番の若い女性がいたが、男性は応接室のテレビを見ていたし女性のほうは熱心に爪を切っていた。
今は時期的に暇なようだった。
数日前に連絡をしておいたので、岡田は事務所の二階にいた。
この季節はあまり祭事がないようだが、短期なら地方への出張も可能ですと話すと「仕事はハッキリ言うてあちこちにある。今も大阪城公園にうちのが十本は出ている。もうすぐ通り抜けがあるし、仕事のことは心配するな」と岡田は笑った。
「小野寺、もう大学なんか辞めてウチへ来んか。最初、伏見稲荷でバイしてもろうたときに比べて、アンちゃん、顔付きがどういうのかな、こう厳しくなって、どう見ても大学生には見えへんぞ。ちょっとしたチンピラ顔や」
「そんな無茶苦茶なこと言わないでください。落第して落ち込んでいるというのに」
二年前に今治から大阪に出てきたころと僕の顔がどう変わったのか、鏡の中の自分を見ても分からなかった。
ただ、若者が持つ溌剌さというものを顔の隅々まで時間をかけて探しても、ただの一箇所さえも見つけられなかった。
結局、四月は初旬に兵庫県の龍野まつりと川西市の多田神社で小さなバイがあり、そのあと造幣局の通り抜けを少し手伝い、下旬には滋賀県草津市の「草津宿場まつり」へ二、三日仕事に行ってくれと岡田に言われた。
岡田は他の仕事が重なるので、いずれも同行できないらしいのだが、何人かと一緒にやってもらうことになると言った。
「まあ小野寺さえよかったら、他の日はここで電話番の仕事をしてくれてもかまわん」
岡田はそう言って、この日の夜は「ミナミ」の居酒屋とバーに誘い、僕が返事をする間もなく「行くぞ」と事務所を出た。
テキ屋の世界にどんどん入り込んでいく自分に戸惑いながらも、僕は岡田について歩いた。
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