駆け込み閑談

目々

双方向結果的心中

 一番嫌なの、手遅れだってことだけ分かっちゃうとこだと思うんだよな。何されるかどうなるかとかの過程はともかく、結末だけ分かってるみたいなやつ。


 そうだな、夢とかでよくあるだろ。

 俺がよく見るやつなんだけど、煌々と明かりが点いてて空調の音なんかも轟轟と鳴ってて絶賛営業中なデカめのスーパーなのに自分以外の客も店員もどこにも見当たらなくて、やけに寒い野菜売り場でブロッコリーとか葉物を眺めてたり使い道がよく分かんない香辛料が並んだ棚の前をうろついてる間もって予感だけがずっと意識に貼り付いてて、とにかくここから逃げ出したいのにどこまで行っても商品でいっぱいの棚と読めないポスターやらがべとべと貼られた壁しか見つからない、みたいな状況。明るいし、広いし、血も刃物もどこにもないのにただただ危機感みたいなのだけがずっとある。

 逃げられないし正気も放り出せないから、これから起こるどうしようもないことを全部真正面から延々と受け止めて感じ続けないといけないっていうときの、あの吐きそうになるくらいの切なさとか焦りとかがごちゃごちゃになったやつ。あの感覚は本当に嫌だし、何回見ても全然慣れない。夢の話なのにさ。

 起きるとまず腹が破けてないかとか指の数とか気になるし、汗でびたびたになってるから朝っぱらからシャワー浴びないといけない。そういう夢。


 せめてさ、酷い目に遭わされるとしても期限切ってくれればいいっていうか、終わりが見えてればマシなとこがあるとは思うんだけどな──ああ、要はあれだな。一撃で決めてくれって話。鋸よか鉈だろ、やっぱり。もっと言えば斧だけど、あれは……好みじゃないな、あんまり。フォルムとか、そういうあたりが。好みの問題だけど。選り好みだな?


 つまりだな、だらだらいたぶられんのって趣味じゃないんだよな。本当に。


 何でいきなりこの状況で夢の話始めたかったら、まあ。一応俺ん中では理屈が一緒っていうか、そういう話でもしないとやってらんないっていう具合なわけだよ。

 で、さ。


 お前が外でやらかして、どうしようもなくなって、よりによって俺んちに転がり込んできたってのはまあ、分かるわけだよ。ただのサークルの先輩の、高々昼間に二三回時間潰しの休憩所代わりに来たことがあるだけの部屋にな。

 そろそろ寝るかって一日の締めに煙草吸ってたところにドアがんがん殴られたから何事かと思ったけどね、玄関先で俺の名前と自分の名前延々と喚くんだもん、近所迷惑だよ。土曜日の夜中にね、そんな騒ぎ方したら管理会社に通報されちゃうだろ。無視してもよかったけど、名前呼ばれたらどうにもな。

 先輩しか頼れる人がいなかったってのは、お前も友達いないねってぐらいしか言うことがないけど。そりゃあ大学で友達作んのって難しいだろうけどね、そのためにサークルやらなんやらがあるわけだからさ。友達いないと地味に困るぞ、提出物とか試験とか卒論とかそういうやつが。個人戦やり切る能力がないなら集団に属しといた方が楽なんだからな。協力するのが煩わしいってのも分かるけど、それで単位やら何やらを諸々棒に振る方が面倒だと俺は思うよ。社会生活ってそういうもんだろ、どの不便なら耐えられるかっていうのを選択していくっていうか……。


 何?

 説教っていうか、小言っていうか、愚痴だよ。しいていうならもう全部無意味だろうからあれだ、ぼやきかね。

 だってさあ。分かるだろ現状。


 さっきから玄関のドアが深夜ドラマに出てくる闇金の回収かってぐらいにどんがどんがぶん殴られてるし、風呂場からシャワーの音と啜り泣きっぽい声がずっとしてるし、ベランダなんかべしゃべしゃ何か水気のあるもんぶつけられてる系の音がしてるし、テレビなんか知らない人がずっと映ってるし。駄目だろう、これ。しょうがないから居間にいるけど、これカーテン閉まってなかったらそっちも何か見えてんだろうな、きっと。こんだけ大騒ぎしといて何も見えない方が嫌まである。

 テレビに知ってる人が映る方が珍しいったらそうだけど、そういうんじゃなくてさ……ほら見なよ、皮剥けてんだものテレビの人。

 あんなさあ、人体模型みたいになられちゃったら駄目だよ。地上波どころか有料チャンネルでも無理なやつだろうし。駄目だよ。死体ならともかくあんだけばったんばったんしてんだから指定入るやつだよ。入るだろ、死体があれこれされてるよりか生きてる人間がえらいことになる方が年齢制限引っ掛かりやすいってどっかで聞いたよ、俺。映像の基準ってよく分かんないけど。

 そんであれが生きてるかったら、どうだろうな、あれ。ぐちゃぐちゃになってる人に見覚えとか俺は全然ないけど、背景がこの部屋っぽいなってのは思ってる。ほら、腕の残骸が置いてあるとこ、横にあるのあれ俺のPCデスクだと思うんだよ。画角的にベランダから見てるっぽいのか、これ。

 お前はどうなの、見覚えとか……ああ、グロ苦手だった? じゃあ無理して見なくても良かったのに。このタイミングで吐かれたらすごい嫌だもの。ちゃんと言いなよそういうことはさ、説明しないのってお前の悪いとこだと思うよ俺は。


 うん。

 多分、手遅れだよね、俺たち。

 ホラー映画でよくあるやつだろ。俺たちの悲鳴と嫌な感じの物音で場面が切り替わって、新聞記事とかネットの怪談みたいなやつで文字であれこれ起きたことだけ記録されてるタイプの。あれの当事者になるみたいなのはあんまり想像したことなかったな。人生設計とか苦手だったからね、子供んときから。何かさ、来年の自分が何してるかとか何したいかとかが全然なかったからね。ずっとこの夏で最後、この秋でおしまい、この冬も見納めみたいな感じっていうか……計画性がないったらまあ、そうね。その表現嫌だな。合ってるんだけど、何か。生理的に。人として失格って言われてる感があって腹立つ。撤回してくれ。


 一応聞いておきたいんだけど、お前何やったの。

 ああ、バイトだったのか。そんでシフト上がって終電寝過ごして咄嗟に降りて歩いて、俺んちが近いって思い出して、駅裏の公園前通りかかって。

 声がして、名前を呼ばれて。

 公園の入り口から覗き込んでベンチを見て、

 首が。


 ──そっか、縄だったか。じゃあ無理なやつだな。


 いや聞いた話だけどね、一応大丈夫だったみたいな人の話だとそこでハサミだったりするんだよ。その人はまあ、右耳失くしたけどね。画家みたいですねって返したらウケてたなあ。行きつけの喫茶店のマスターだけど。駅前通りをちょっと行って線路と反対側に入ったとこにあった。うん、去年潰れた。警察とか来てたけどね、詳しいことは知らない。ニュースとかにはならなかったから、その程度のことだったんじゃないかな。爆発でもすればまた違ったかもしれないけど。


 有名なんだよね、公園のやつ。地元に長く住んでる人には、ことに。


 何か人が死んで、それなりヤバくなって、しっかりしたのから結構変なのまで幅広いやつが色々やって、でも全然どうにもなんなくってみたいな具合でさ。初手の人死にがこう、死んだ人も手段も理由も全部ちょっと積極的に触り辛いやつだったもんだから、余計に表沙汰にならなかった、ってことらしいんだけど。アホの中高生がその辺踏まえて毟り公園とか名前つけて動画投稿しようとしてめちゃくちゃ怒られたみたいなの、喫茶店で聞いたなあ。あそこも全然客居なかったから、マスターも暇だったんだろうね、聞いてもないのに色んなこと話してくれたな。コーヒーまずくないけど微妙に高かったんだよね、近くにスタバあるし。

 そんな感じのお手上げ案件だから、要はみんな見て見ぬふりだよ。昼間は何ともないからね、尚更。昼間に何かあったらいよいよどうかするだろうけど、そこまで現状いってないから。

 こないだ来たときに教えとけば良かったな。また来る機会があるとは思わなかったから、考えもしなかった。そこだけごめんな、俺悪いかどうか半々だけど。


 助かるかどうかったら、だからまあ、無理だろ。

 そもそも玄関とベランダ押さえられてる時点で、生身の強盗とかでも無理なやつだろうし。もしも生身だったらスラッシャーになるくらいで、カテゴリが微妙に違ってくるくらいだろ。俺たちの役どころ、変わんないけどね。朝になるまで粘れるやつもあるけど……どっちがマシかね。大体その手のやつで生き延びても、尖ったものと長いものがない部屋に放り込まれるやつだしな。面会に手続きがいるやつ。会いに来てくれるやつがいるかどうかは知らないけど。俺は多分いないよ。


 だからさ、ここからの挽回って無理だと思うんだよね。

 テレビの人、もう半分くらい削れてるし。玄関もうめきめき音してるし、ベランダもう怒号っぽいのも聞こえてきてるしね。風呂場はなんかこれ……ずっとえずいてるみたいな声だな、咳き込んでるってのともまた違う。これ全部がお日様ぐらいでどうにかなったらすごいでしょ。

 それにしても近所の人、気づかないもんだね。こういうの、ホラーものだとお約束だけど。やっぱり位相が違うとかそういうやつになっちゃうのかな。そこだけ気になる。最近の漫画だとこう、領域の切り替えみたいな話になってるんだっけ? 人気なのは知ってるけど、ちゃんと読んでないんだよな。週間連載でちまちま話追うのが性に合わないんだよ。続きはまた次回、って焦らされんのがどうもな。先が気になるから、ちゃんとオチがつかないと手が出せない。この状況だと読めないまま終わりそうだけど。


 逃げないのかってお前にだけはそれを言う資格はないだろ、馬鹿か。


 そもそも最初に見捨てなかった時点で負け、ではあるからね。ドア開けた時点でもうしょうがないんだよ。諦めてる。あと再三言うけど、どこから逃げるのって話だろ。玄関もベランダも押さえられてるんだから。強行突破ったって、それでうまくいくかったら微妙だろ。どうせ駄目なら疲れない方がよくないか。あと俺足遅いからね。高校のときも百メートルで二十秒ぐらいだった。論外だろ。

 それにな、これはちょっと申し訳ない話なんだけど。


 この部屋もな、ちょっとあれっていうか、訳ありなんだよね。

 十二時以降に人を出入りさせたらいけない、って決まりがね、あったんだよ。


 破るとどうなるかってのは不動産屋さんに説明してもらった。ご丁寧にレジュメみたいなの用意してくれててさ、写真つきなんだよ。壁でさ、自分の顔を紅葉おろしってわけじゃないけど自分の諸々を画材にライブペイントみたいな真似しようとしたやつとかね、いたってことで。生描画ライブペイントっていうより生命ライフ描くペイントですよねって一人で笑ってたな、あの社員さん。面白いのかどうかも俺には分かんない。よくそれ客に言おうと思ったなってのは、まあ。それ聞いてから物件見に行ったから、原状復帰の技術ってすごいなってのも思った。

 で、別に俺遊びに来るような友達いないし、親兄弟も県外だしね。夜遊びも趣味じゃないしインドア派だしで、じゃあその条件だったら実質的にノーリスクだなって家賃安さに即決したわけでね。駅近いし。やる気ない徒歩で十五分ぐらいだし、スーパーもATMも周辺にあるし。迷う理由が何にもないんだよ。


 そしたらさあ、お前が来ちゃったから。よりによって真夜中にさ、連絡もなしに。


 じゃあもう駄目でしょう。一つだけでも手に余るのに、もう一つアウト案件来ちゃったらさ。

 お前にはお気の毒様ってぐらいしか言えないけど。さっきも言ったけど、半々ぐらいの非だと思うんだよ。お前も変なもん連れてきたけど、俺んとこだって変なもんが居るんだよ。食い合わせが悪いみたいな話だろ。痛み分けってことでどうだ──嫌だな、痛み分けって単語。不吉だ。


 この状況もさ、どっちのせいか分かんないよね。玄関のはお前っぽいけど、でもそれだって印象だしな。そもそも責任と担当が明確になったところで、あんまり意味ないしな。今更そこを詳しくやられても、困るだろ。助かんないんだから、結局。

 痛いのだけがな、嫌なんだよな。それ以外はあんまり……惜しいもんとかもないしね。言っただろ、いたぶられんの嫌いなんだよ。痛がりだから。

 でもどうにもならないだろ、絶対乱暴な手合いだろうし。そもそもこの部屋のやつも痛い感じのやつだし、公園のだって言わずもがなだし。それにドアあんな叩き方するやつに丁寧な仕事を期待する方がおかしい。ただこの状況で丁寧な仕事ってのも、あれだな。痛くて辛いのが長く続くやつだろうし。駄目だ。


 あ──あれだな。今気づいたことなんだけども。

 明らかに手遅れっても道連れがいるとちょっとは気が楽っていうか、また違う味があるね。次に生かす機会、ないしな。お前はどう思ってるかってのは知んないよ。そうするとスーパーの夢よりかはマシなのか、この状況。見慣れた悪夢よりマシっても、何の気休めにもならないけどな。

 あとはそうだな、夢よりマシなところ、もう一つある。何ってあれだ、煙草が吸える。換気扇回せないけど、今更だろ。せっかくだし、お前も一本いるか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

駆け込み閑談 目々 @meme2mason

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ