-3- 其の伍

 インドの空港にたどり着くと、一人の男に声をかけられた。

 どうしたものかと思っていたら、彼は急に英語を話し、この前レオに見せられた組織の証を見せられた。この国にいる仲間ということらしい。彼は「着いてこい」という。寺院に向かうものと思っていたが、ガンジス川のほとりへとたどり着いた。


 人の臭いと言うべきか、獣の臭いと言うべきか、人が生き物であった時代のにおいというものが川のほとりには満ち満ちていた。

 騒がしさと人間らしい熱がここにはある。

 沐浴をしている多くの人間がいる中で、その人は川のほとりに座り、人々を見てほほ笑んでいる老人がいた。案内してきた男は、僕には聞き取れない言葉で何かを話し、僕を指さすと消えていった。

 どうしたらいいのかわからず戸惑っていたら、彼は歓迎するとばかりに手を広げ、さらに健やかな顔でほほ笑んだ。

 言葉は通じるのだろうか?


「あの……英語で大丈夫ですか?」

「ええ。私も簡単なことしか言えませんがね」


 そう老僧は言うと、僕は決心して悩みを打ち明けた。

 打ち明けようとした。

 だが、老僧はすっと手を上げ、言葉を遮った。

 真剣な顔をし、彼は次の言葉を発した。


「あなたは、聡い人です。そのように感じます。ならば、私が言いたいことは、たぶん自分で分かっているんだと思います。違いますか?」

「ちょっと違いますね……」

「おっと」


 老僧は、「しまった」みたいな顔をした。

 ここに連れてきた男も、頭を抱えている。

 大丈夫なんですか?

 そんな顔を後ろの彼に向けてみたが、無表情を装った。

 今更無理ですよ。


「ああぁ……、すみません。少しばかりいつものお客さんの通りにしていればいいものだと思ってまして、彼もちゃんと説明してくれればいいんですけどね」

「あの悩んでいることがあるんです。彼女のことで――」

「いえ、大丈夫」


 言葉を遮って、彼は目を瞑る。

 両手を顔の傍まで持ち上げ、風の声を聞いているようなしぐさを見せると、目を開き、話を始める。

 その眼には、熱い力があった。

 今までの彼とは全くの別人のように。


「あなたは、進まなければならない、それをしなければ、あなた自身が真理にたどり着いたところで納得はしないでしょう。だから、どこまでも進んで見せなさい。そして……」

「そして?」

「すべての答えの鍵は、たぶんあなたが知っている。少し忘れているだけで」

 彼はそう言った。


 忘れている?

 忘れている……

 

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