木簡に記すのは

キューイ

第1話 王に捧ぐ歌一首

 長い机が木の床に三つ置かれ、有力な一族の者達がそこで飲み食いしている。先の戦の話であったり、王の素晴らしさを彼らは語り合う。そんな様子をヒガシの国のマンヨウ王は盃を片手に見ていた。空前絶後の寛大な王である彼は部下達が多少酔って暴れたり、眠りこけたりしていてもなにも気にしない。


 マンヨウ王が突然手を一回叩く。酔いをも覚ます音。宴会場で騒いでいた部下達は一斉に彼に目を向ける。


「どうしたんですかい、王様!」


「そろそろ歌を聴きたいと思ってな。朱の髪一族を呼べ」


 すぐさま王の側近が立ち上がる。しかし彼は酔っているので、足元がふらつく。それをマンヨウ王は支えてやった。


「はは、飲み過ぎだ。朱の髪一族はやはりワシが呼ぼう」


 慌てて謝罪する側近をよそに、マンヨウ王は手で鳥の嘴の形を作って口に当てた。手に少し特殊な力の入れ方をする。そして息を吸うと声を出す。朝のニワトリのように大きな声であった。


「朱の髪一族!入って参れ!」


 彼の人間離れした声の大きさに側近は拍手をする。


「やはり王様の呪術は素晴らしいですな。妖獣の咆哮にも似て勇ましく、大きな声ですぞ」


「はは、拡声の呪術など騒がしい宴会でしか使わんわ。お、ヨロズハ達が入ってきたぞ」


 ヒガンバナのように赤い服を身につけた一族。そしてその服を持ってしても目立つ赤い髪。齢十五の少女ヨロズハを先頭に宴会場に入ってきた朱の髪一族は一人一人散り散りになって、王の部下達、有力者達の間に座した。


 ヨロズハは肩ほどの長さで切り揃えた髪を撫で付けながら、マンヨウ王の隣に正座で座す。


「ヨロズハよ。今宵はワシがヒガシの国を統一して十周年じゃ。歌を歌ってくれぬか」


「もちろんでございます」


 ヨロズハは懐から手首から肘ほどの長さの木の板を取り出した。そこに筆ですらすらと書き付ける。その一つ一つの所作を皆がじっと見つめていた。こほんと小さな咳をすると、ヨロズハは木の板を胸の前に掲げ、口を開いた。


「花も恥じ 真珠さえ恥ず 我君マンヨウ 永遠とならん」


 ヨロズハはせせらぎのような声で歌い告げる。しばらくの静寂が続いた。マンヨウ王は感じいるように目を瞑っていた。少しして彼が目を開くと、微笑んでいるヨロズハが目に入る。見事な声で五七七五の歌を歌い上げた彼女に声をかける。


「ワシは花よりも、真珠よりも良いか」


「はい。美しく、気高く、勇敢でございます」


「フフフ、お前ら一族を拾ってからずっと褒めてくれるのう。感謝するぞ。ワシもお前達が誇れるような王であろうと思うぞ」


 朱の髪一族は歌を得意とする。そのため十年前に平和が訪れるまでは厄介者扱いであった。そこを登用したマンヨウ王への敬意は尽きないのだ。ヨロズハは特にその気が強かった。


 他の朱の髪一族がマンヨウ王の治世を賛美する歌を歌っていく。独自に趣向を凝らした歌を皆聴きながら酒を飲んでいる。


 最後の二人のうち一人が歌い始めた時、襖がぴしゃんと開けられた。そこには分厚い体を鎧で覆った大男が立っていた。髭を蓄えた彼は息を切らしていたが、マンヨウ王の姿を見ると、すぐさま跪いた。


「お、王よ。宴会中申し訳ありません!」


「よいよい。何があった?お前ほどの男が焦るとは何かあったのだろう」


「はっ!謀反を、ヨンの村にて謀反を企てた者がおりました!すでにとらえて王都へ連行してあります!」


「ほう。謀反とは久しぶりだ。どれ、そやつらに会ってみよう」


 マンヨウ王の言葉にヨロズハは眉を吊り上げた。謀反を企てた危険な人物に自ら会おうなんて自爆行為に見えた。少し声を詰まらせながらヨロズハは言う。


「し、進言をお許しください」


「うむ」


「謀反を企てた者と会うのは危険かと……」


 ヨロズハはマンヨウ王の側近ではない。彼の行動に口答えするなど、本来許されることではない。しかし今回に限ってはことがことだ。側近もヨロズハの言葉に同調して頷いている。


 しかしそんなことを気にせず、マンヨウ王はからからと笑った。


「そんなに心配ならばヨロズハ、お前もついてこい」


 ヨロズハは言われるがまま、ざわめく宴会場を出た。マンヨウ王は必要最低限の部下を連れて謀反を企てた者達の元へと向かう。ヨロズハは歩いている最中、気が立っていた。


 謀反を企てるとは許せない。この手であわよくば殴ってやりたい。そんな気持ちが胸の中で渦巻いていた。


 謀反を企てた者達は、王宮のすみにある広場に集められていた。砂利にそのまま正座させられた謀反者たちは縛られている。彼らを見るなりマンヨウ王は尋ねた。


「何が不満なのだ」


 猿轡を外された謀反の首謀者は吠えるように答える。


「税の米を取りすぎだ!ヨンの村は養蚕業の村だ!そこに米を多く求めるとはおかしい!」


「なるほど。もっともだ。適材適所という言葉があるように……ヨロズハ、何をしている」


 ヨロズハは無意識に拳を握りしめていた。爪が手のひらに食い込み、血が流れていた。彼女は顔を歪ませて吠えた。


「マンヨウ王のお定めになった制度に文句があるのかっ!許せない、許さない!」


 首謀者の男は目の前の少女の恫喝のような雰囲気に一瞬肩を震わせる。今にも首謀者の男に殴りかかりそうなヨロズハの肩にマンヨウ王は手を置く。


「お前がワシの制度を尊ぶのは嬉しい。しかしワシとて間違えることはある。そうだな……おい謀反の首謀者よ。米の税を減らし、絹の税を増やすというのはどうだ?」


 首謀者は少しのけぞった。話がわかりすぎる、そう思ったのだ。


「そ、それなら……助かる……」


「それで決定だな。よし、今度からヨンの村の税を調整せよ。あと他の村などでも無理のない税となっているか確認せよ」


 側近にそう言うと、マンヨウ王はどこからか取り出したお猪口にどこからか取り出した徳利で酒を注いだ。そしてそのまま宴会場の方へと戻っていく。


 マンヨウ王が首謀者から目を離した隙に、ヨロズハは首謀者の腹に蹴りを入れようとしたが、ギリギリのところで王の側近に食い止められる。


「我慢じゃ。王がお決めになったのじゃ。お前のような小娘は罰を下せる立場ではない」


 側近の言葉を聞き、ヨロズハは歯噛みした。


 宴会もお開きになり、ヨロズハは自室に戻るところだった。朱の髪一族の女性の部屋は王宮の端の方にあるので、かなりの距離廊下を歩かねばならない。その道中でヨロズハは腹の虫がおさまらなかった。どうすればあのような謀反者がいなくなるか。そのことで頭がいっぱいだった。


 そんなことだから部屋の入り口のそばに立っていたマンヨウ王にも気が付かなかった。そのままヨロズハは正面衝突しそうなところを持ち前の忠誠心でかわす。


「ま、マンヨウ王様っ!いかがなされたのでしょうか?」


「うむ。先のお前が気になってのう。平気か?」


「はい……」


「本当か?」


「う……私は許せないのです。私たちを拾ってくれた……平和をもたらした王様に楯突くなんて……」


 マンヨウ王は冠を外し、手で弄びながら答える。


「誰だって間違えはある。今回はワシが悪い」


「う……」


「しかしこの言葉では腹の虫がおさまらないようだ。ならばお前の怒りを収めるにはどうすればいいか、お前の意見を聞かせろ」


「はっ。私は……歌うことしか脳がありません。ならば……歌を通してマンヨウ王の素晴らしさを全国の皆により伝えたく思います」


「ふむ……それは旅に出るのと同義か」


 ヨロズハは自分の言葉を紡ぎながら、心の中を整理していた。彼女ははマンヨウ王に素晴らしさ、正しさを理解しない者達が許せない。ならば自分が王の正しさ、尊さをより広めようという算段だ。


 マンヨウ王は少し憂うげな顔をしたあと、にこりと笑った。


「全国をまわり、ワシの素晴らしさを広める旅か。嬉しいな。なら、一つお使いを頼まれてくれぬか」


「お使いでございますか」


「うむ。此度のようにワシは全国各地の暮らしや困りごとを把握できてるわけではおらん。そこでお前が民間の歌を集めてくるのだ。歌の力は知っている。歌には悲しみも喜びも……感情が乗る。そいつの暮らしも乗る。だから民間の歌を集めるのだ」


 ヨロズハは膝をつき、こうべを垂れた。マンヨウ王に言葉は絶対だと彼女は感じている。そうでなくても自分のわがままで旅に出るのだから、使は苦ではない。


「はい。必ずや」

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