第29話 瓜二つの転校生 ②

「第三都市伝説チャンネルで見たんだよ。昨日の夜、森林公園から妙な光が打ち上がったって」


「お前……そんなオカルトチャンネルの情報を信じてるのかよ」


「そりゃ話によるだろ?100のトピックスのうち99が嘘でも、残る1つが本物なら俺は信じる。超能力者同士の戦いとか、謎の組織の役員が地球を侵略しに来た異星人を退治するとか、秘密の実験体が脱走してパニックに陥り公園で暴走したとか……」


 ライトは鳥肌が立った。顔の筋肉が硬く動き、ピクピクとかろうじて笑みのようなものを作る。


――全部かけあわせたら十中八九正解だよ。ったく、こいつの直感どうなってんだ。


 隆嗣りゅうじにはこんなふうに、証拠も理論立てた推理もない、ひらめきによるセンスのみで事件の核心を言い当てることがある。当人すらどこまで本気か分からないヘラヘラした口調だが、亮は内心、感服していた。


「でもそれが本当なら、そのまま普通のニュースで報道すればいいだろ?わざわざフェイクニュースで誘導する必要あるか?」


 隆嗣は「それな!」と言いながら指を弾き、そのまま亮の鼻を指す。


「俺もそこは興味深いとこなんだよ。本当にそんな事件が起きてるなら、フェイクニュースで振り回す必要はない。だからさ、きっと昨日、森林公園で起きたのは、俺らの想像なんて遥かに超えるような、人に言えないような、とんでもないことなんだよ。俺はそう確信してる」


「はは……つまり、あのまゆつばチャンネルの記事は信じてるって前提なんだな」


 亮は白けた目で隆嗣を見て、話題を変えた。


「そういえば一時間目ってビシリンだよな?授業始まったのにまだ来ないなんて、珍しくないか?」


「あ~、委員長から聞いたけど、急に転校生が来るとかで遅くなるらしいぜ」


「へぇ、こんな時期に転校生か……」


 ポーカーフェイスを作ったが、もちろん亮には心当たりがある。だが、昨日の今日で転入とは、さすがの神宮寺財閥だと舌を巻いた。


 隆嗣はフフフ、と不敵に笑って亮を見る。


「転校生は女子らしいぜ。亮も期待していいんじゃね?」


「期待してんのはお前だけだろ。目移りして新しい恋でも始まるか?」


「いやいや、俺は葉月ちゃん一筋なんで」


隆嗣は真剣に言い返した。

 そんな話をしていると、ちょうど教室の扉が開いた。


 まず現れたのは、見目麗しいご令嬢。金茶髪のロングヘアーをローポニー編みにして背まで伸ばし、首元には不言色いわぬいろのスカーフを結び、フリルの付いた紫紺色の華奢なブラウスに、膝上10センチのタイトスカート。黒のストッキングに、ヒールのない皮靴を履いた長い美脚が教壇まで歩いていく。


 凜とした彼女のオーラに気付き、教室中は自然と静かになった。席を外していた生徒たちも、慌てて自分の席に戻る。まっすぐに前を向く彼女は、亮たちの英語教諭、神宮寺咲月=キャサリンだ。


 ヒイズル人らしからぬ背の高さや目の色に、ヒイズル人らしい愛嬌のある丸顔を持つ咲月は、教師というよりはモデルのように美しい。実際、美術部のスケッチではモデルを頼まれることもあるようだ。


 だが咲月に存在感があるのはいつものことで、それよりも今日は、後ろから入ってきた転校生の方に1組の生徒たちは目を奪われている。そして、その顔を見た時、全員があまりの驚きに声を出すことすらできなかった。


 彼らの衝撃を一切無視し、咲月な真面目な口調で転校生を紹介する。


「今日は授業が始まる前に、皆さんの担任に代わって、彼女を紹介します。今日から彼女は皆さんのクラスメイトです。いいですか、軽く自己紹介してください」


 咲月にそう言われると、転校生は「はい」と言って、うやうやしくデジタルチョークを手にした。黒板に自分の名前を縦書きすると、振り向いて柔らかく笑う。そして視線を教室中に泳がせると、亮の目をじっと見て、それから中央に留めた。


「はじめまして、神宮寺優月ゆうづきです。ブリタニア州から来ました。長い間、海外に住んでいました。趣味は音楽鑑賞で、フルートの演奏もしています。スポーツも少し自信があります。皆さんと仲良くなれたら嬉しいです、よろしくお願いします」


 制服を着て、髪を下ろした優月は、ほとんど葉月と見分けが付かないくらいそっくりだ。事情を知らない亮以外の生徒たちは、二人の関係が気になって仕方がない様子だ。


 好奇心を抑えきれず、隆嗣が手を挙げ、立ち上がった。


「はいはーい!質問良いっすか~?」


「はい、なんでしょうか?」と、優月が隆嗣に微笑みかけた。


「あの~、神宮寺さんは、この学校にいる神宮寺葉月ちゃんとそっくりなんですけど、もしかして親戚とかですかぁ~?」


 それはクラスの全員が聞きたい質問だったが、隆嗣は白い目を向けられた。彼が神宮寺葉月の朝練を覗いていることは周知の事実であり、女子からも男子からも、「お前だけは質問するなよ」という、軽蔑するような眼差しが注がれる。


 教室は一瞬重い空気になったが、優月のフルートを奏でるような明るい声が、燻っていた空気を一変させた。


「ふふ、よく聞かれますが、私と葉月は双子の姉妹なんです」


 朗らかに答える優月に、少し親近感が湧いたのか、女子からも声が上がった。


「神宮寺さんはこれまでずっと海外に住んでいたんでしょう?どうして双子の姉妹なのに離ればなれで生活していたんですか?それに、今になって月高に転校したのはどうして?」


 やや詮索するような質問だったが、優月は落ち着いていた。


「これまでは音楽の勉強に専念するため、音大の附属校に通っていたんです。ですが、人類の音を探すために、世界中を回りたいと思って……。まずは故郷の音を知る必要があると思い、このたび日本へと戻りました」


「そうなんですね……。私も少しピアノをやっています。あまり上手ではないですけど……」


 恥じるような返答に、優月は優しく目を細めた。


「人それぞれ、奏でる音色は違いますから。もしも機会があれば、ぜひ音楽でもご一緒させていただけましたら嬉しいです」


 奢るでも、謙遜しすぎるでもない優月の態度に、教室中は魅了された。次々に手が挙がり、質問合戦が始まろうとした時、咲月がしなやかに二度、手を打った。


「はい、質問はそこまで。この続きは休み時間にしなさい。神宮寺さんはクラスメイトですから、お話するチャンスはいくらでもあるでしょう。さ、片桐先生から聞いているとおり、あなたの席は窓際の一番後ろの席です」


「分かりました」


「彼女はほとんどの時間を海外で過ごしていますから、ヒイズル州の慣習が分からない部分もあるでしょう。その時は教えてあげてください。さて、授業を始めます。テキストのファイル、21ページを開いてください……」


 優月が指示通り、窓際の席に向かって机と机の間を歩いていく。優月のことが気になるクラスメイトたちは、テキストを開きながらも彼女の姿を目で追っていった。


 優月が亮の前まで来ると、二人はそっと目を見合わせた。優月が意味ありげに笑みを浮かべる。

 席に着くと、優月はか細い声で前の席の亮に耳打ちした。


「改めて、よろしくお願いいたしますね。矢守やもりくん」


「あ、あぁ、よろしく……」


 どう反応していいやら分からず、亮は教壇の方を見たまま、しばらく呆けたような顔になった。

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