「勝敗の先にあるのは」

 エットールも、トニッシーも、ジューシーロゴも、基本的には「ゲーム」のための道具でしかない。

 それこそ二人と言わず三人四人、極端な話四十八人でも遊べる。

 あらかじめ四つのマークの強弱を決め、さらにクイーンとゼロのどっちが強いかを決めておけば、四十八人のうち誰が一番強いカードを引いたかと言うだけで勝敗は決められる。それこそ抽選を行うには絶好の方法だ。何なら、産婦人科医で行われる出産だって抽選の結果でしかない。


 だがそれは、優劣が付けられると言う事である。産婦人科での16進数十六ケタのそれは656京分の1であるからその内の何番目かなどわかりようもないが、四十八分の○○位となるとかなりわかりやすい。ましてやエットールとか言うカードゲームと言うアナログな産物は至近距離で扱われてしかるべきであり、お互いがお互いの順列を意識させられる事になる。



 この町の書店には、「エットール占い」の本が何種類かある。

 エットール占いとか言っても要は一人遊び用のゲームであり、そのゲームの結果によって吉凶を判断すると言うだけである。そしてゲームだから、どうしても巧拙はある。端的に言えば、ゲームが下手ならば大吉のはずが凶になってしまうと言う事だ。 

「最後まであきらめず、じっくりと場を見ましょう。そうして最後まで立ち向かう姿勢が幸運をつかむのです」

 そうならないようにこんなアドバイスがされていたり、詳しいやり方について事細かに説明してあったりする。これは親切丁寧と言うより、ゲーム性の排除。それこそ一つの占いに対して6ページの攻略法が書いてあるそれもあり、文字通り手取り足取りやり方を教える、ガイドブックと言うより教科書、ウォーキング健康法の本と言うより二足歩行するやり方を教わるような本だった。


 一人遊び用のゲームでもいくらも勝負なんかできる。神経衰弱なんぞ一人でもできるし、それこそ何手で全部めくったとか何分で全部めくったとかそれで競う事は出来てしまう。ルービックキューブだってこの町ではそれなりに普及していたが、それを動画サイトなどでは100分の1秒単位で6色そろえると言うアスリートじみた事をやっている以上競技の種であると言える。




「エットールは、決して喧嘩のための道具ではありません!

 みんなと仲良く遊ぶための道具です!

 わがままを言って騒ぐと友達がいなくなってしまいます!

 どうしてもエットールで勝負がしたければ、とにかく仲良くなってから、そんな関係が許されるようになってからにしてください!」


 これは、エットールの説明書の1ページ目に書かれている文章である。パチモン製品たちの説明書には書かれていない事も多いこの文章には、「エットール考案者の思いが詰まった」と言う枕詞がくっついて来ている。

 そしてその言葉には、裏表などなかった。

 エットールを作った人間は、既にこの世を去っている。○△□×の味気ないデザインも含め、まるっきり彼女のアイディアで作られたその玩具。


「エットールは、決して喧嘩のための道具ではありません!

 みんなと仲良く遊ぶための道具です!

 わがままを言って騒ぐと友達がいなくなってしまいます!

 どうしてもエットールで勝負がしたければ、とにかく仲良くなってから、そんな関係が許されるようになってからにしてください!」

 その玩具で行われる占いを紹介する本にも、その文章は我が物顔で踊っている。しかも一か所や二か所前書きや後書きに書かれているだけでなく、占いと言う名の一人遊び用のゲームそれぞれに。もしその分を全部削れば、あと五種類ぐらいは遊びを教えられるのにだ。

 もちろんこんな説教臭く長たらしい文章のない、「エットールを遊ぶ本」は売られている。だがそれらの本はかなりの廉価であり利益は上がらず、さらに大きな書店には卸されない。トニッシーやジューシーロゴのようにパチモン製品とまでは行かないにせよ、それらの一歩手前の商品として蔑まれる。中にはいわゆる同人誌として愛好家の間で取引されるそれもあり、彼女たちは一人遊び用ではなく集団で対戦を楽しんでいる。一応「仲良くなってから、そんな関係が許されるようになってから」と言う関係ではあるが、そんな同人誌をわざわざ買って騒ぐような人間はいい年をした大人である事は言うまでもなく、世間的に言って歓迎されるそれではない。

 しかもその大半は子どもの時からそのままではなく、大人になってもその遊びを忘れられないような、友人の少ない人間たちだった。少なくとも、作った女性はそう思っていた。




「オトコはね、何でも争いを楽しみたがるの。その結果喧嘩をして、戦争をして、みんなダメにしちゃうの」


 彼女はこのエットールを作る前から、そう幾度もこぼしていた。

 男たちにより起こされた戦争。それこそ、どんな理由でも起きてしまう人類史上最大の罪を前にして、女としてどうすべきか。


 その一念で作られたのが、エットールだった。

 デザインからルールから、遊び方の鉄則から。


 何もかもが、外の世界で男たちの醜さを見て来た彼女の一念の産物だった。

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