1組の値段は

「ジューシーロゴねえ…」

 撫子は住宅街の片隅のおもちゃ屋でジューシーロゴの入ったパッケージを見つめていた。

 トニッシーやシハールのそれと比べて少し厚く、模様も果物めいたキャラが描かれており正直派手である。もちろん、エットールと比べるまでもない。

「奥さん、子どもさんたちにですか」

「そうです。誕生日プレゼントに」

「誕生日プレゼントにねえ、そりゃそういう親は多いよ。って言うかそちらのお子さんはいくつだい」

「九つと七つです」


 トニッシーやシハール、ジューシーロゴと言ったパチモン製品を扱うだけにチェーン店などではなく個人経営の小さな店で品揃えもそれほど多くはなかったが、それでも店主の女性はピンク色のお人形にあふれた店内の中でのほほんとした顔で座っていた。営業スマイルとか言う物ではなく、文字通りの本物の笑顔。

「うちの孫らもそれぐらいだからねえ、まあ私ももう思い残す事も少ないしこの辺りでご隠居様やろうと思っててね」

「お孫さんたちはどちらに」

「外だよ。私はこの年になってからここに来てね、面白そうでね」

「最初は大変だったけどね、今はこうして平和に過ごせてるよ」

「そうですか…」


 齢七十を越えると言う彼女がこの町にやって来たのは、ほんの五年前だった。三人の子どもを自立させ送り出し、ようやく一息ついて夫共々余生を過ごそうと思っていた所に、夫が突然この世を去った。

 喪失感に苛まれた彼女は張りのない日々を過ごしていたがある時この町の噂を聞き付け、まったく未知の世界に飛び込むために移住を決意したのである。


 だが撫子からしてみれば、そんな事よりも品揃えと価格が重要だった。親としてはより良い物を娘に与えたいが、どうしても財布の都合と言うのがある。誕生日プレゼントの予算はあらかじめ決まっており、オーバーフローすればそれこそ自分たちの生活費にかかわる。

 ましてや、子ども同士の付き合いと言うのもある。


(私はあんな家の人と仲良くして欲しくない。静江もそう考えてしまっているし娘たちもそれとは別にあの家の子たちとは折り合いが良くないようだし。静江のクラスメイトみたいな事はしないだろうけど)


 神経衰弱を他の子の家でやった時、エットールではなくトニッシーを使っていたのを見た時撫子はその家の母親の見識を疑った。

 彼女の家は自分たちのそれより明らかに大きく、しかも子供も一人しかいない。

 トニッシーを持っている人間は貧困家庭であるとか決めつける気もないが、子どもの時からトニッシーのようなエットールのパチモン製品を持っているのは貧困家庭であり、エットールを持っていた静江の家はかなり大きな顔をしていた。随分な話だが、そのおかげで静江はかなりのお金を稼いでもいた。もちろんギャンブルなどではない。


 静江の持つエットールを羨ましがったクラスメイトたちが、そのエットールの札を破いたり持ち帰ったりしたことがあるのだ。その度に子どもたちは空とぼけたり開き直ったりずるいずるいしか言わなかったり、逆に騒いだ静江をケチとか威張っているとか言って仲間外れにするようになった。教師も教師で事なかれ主義気味な所があり、仲良くするようにしか言わなかった。

 その結果静江は不登校気味になってしまい、結果的に「相手の持っている物を破壊して喜ぶ」と言う「男性的暴虐行為」を働いたと言う理由で彼女たちの一家をまとめて訴訟する構えを見せた結果、クラスメイトたちの家族は揃って示談に応じ結果的に一家庭当たりエットール十組分の慰謝料を払う事で示談に応じた。当然余計友人はできなくなったはずだったが、静江は転校してからはむしろ明るくなり、現在のアパレルショップ店員になっているのだから話はそれで終わっていた。ハッピーエンドだった。


「やっぱり、エットール下さい」

「はいわかりました」

 

 何を悩んでいるのか。少しばかり自分たちの懐が寂しくなっても子どもたちのために何をすべきか、答えは見えているじゃないか。

「大事にしないといけないからねえ」

「ありがとうございます」

「それにしてもさ、エットールって外の世界じゃ売れないのかねえ」

「さあ」

 撫子は雑に応えながらエットールをカバンにしまう。丁重に放送されたその小柄な長方形の物体を入れファスナーを閉じ、まるで金銀財宝のように抱え込む。


 実際、この町に観光に来た人間が「エットール」を買って行く事はない訳でもない。

 と言うかこの町自体、観光のための施設はほとんどない。あるとすれば高級ホテルぐらいで、そんなのはそれこそどこの都市にでも存在している有象無象のそれでしかない。「第一の」女性だけの町であったような買い付けツアーとでも言うべき交流など全くなく、それこそ取材に来たようなジャーナリストと言う名のお客様がこの町のお土産として買っていくのがせいぜいだった。

 それがどんな扱いをされているかなど、首相たち政治家含む住民にとって大した問題ではない。


 それが外の町のそれに比べ、ゼロが1つ多いぐらいの値段だと言う事に付いても。

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