第21話 狙った獲物は逃さない

 撮影っていうのは、意外とさくさく進んでいくものなのだと、最近学んだ。


 そして、エキストラの人の登場する時間って、短いときは本当に短いんだな、って思った。


「はーい、じゃあナンパする男役の人、撮影入るよー」


 今日の撮影は、私に粘着してくる人と私が主だ。そう、相手の人、現実でも役柄でもナンパする人らしい。


 ……役作りのためでした、本当は私のことなんか全然です。って言ってくれたら嬉しいんだけど。


 まぁそんなわけ無いか。ないね。うん。


「よろしくお願いします」

「こちらこそ、いつもの行動は頑張って忘れるので。よろしくお願いします」


 普通の挨拶にも、釘を差すことを忘れない。結構鬱陶しいって思ってるから。


 ……もっとも、昨日も今日もまだナンパされてないんだけど。


「じゃあ早速。街にひとりで繰り出してたら、ナンパ師に粘着されるシーン、行くよ!」


 監督さんのその声とともに、私達は所定の位置につく。


「な、そこのお嬢ちゃん。俺とお茶でもどう?」


 このセリフを初めて台本で読んだとき。私は、どこか同じ場面に遭遇したことがあるような気がして。


 よくよく考えてみると、私が現実でナンパ師にかけられた言葉と全く同じで。


 現実では、ここで私の大好きな人が助けに来てくれた。そしてドラマでも――


「あの、この人俺の彼女なんですけど」


 私の相手役、吉村さんが助けに来てくれる。


 言葉は違えど、展開は同じ。一度同じような展開に遭遇しているからか、今日は私の演技が冴えてる気がする。


「あ゙? クソガキは引っ込んでろよ」


 エキストラも、柄悪く。――この人、演技はうまいんだなぁ。日頃の行動は最悪だけど。


「――――よし! 俺と一緒に逃げますよ! 走りましょう!」


 ここも琉斗にやってもらったこととほとんど同じで。……琉斗、ドラマの主人公かな。


 そう思いながら、走って、走って。カットが入るまで永遠に走って。


「カットー! 3人とも、今日の演技すごく良かったぞ! 一発OKだ!」


 初めて、一発で撮影が終わらせられた。


 いいことだ。私の実力も、少しずつ上がってきているんじゃないかなって思ってもいいかな。


 それにしても――


「いやぁ、君。ナンパ師の演技上手いねぇ……」


 そう、このエキストラさん。まるで本物のナンパ師かのように――いや、本物なんだけど、それにしても演技がうますぎる。


「もしかして経験済みだったり?」


 吉村さんがちょっとからかうように言うけど――


「まぁ、大人ですし。一度や二度は」


 あっさりとナンパしてたことを認めるエキストラさん。


「なるほど、これからもナンパ師の役は君にお願いしようかな!?」

「おお、ありがとうございます」


 監督さんも上機嫌だ。


「よしよし、これからも今日のような心構えでやってくれたら嬉しいよ」

「えぇ。――――狙った獲物は絶対逃さない、その精神で臨みたいと思います」


 そう言ったエキストラさんの目には異常に力が入っているような気がして、思わず一歩、二歩と後退してしまった。


「じゃあまた明日。よろしく頼むよ! この佳境はみんなで乗り越えよう!」


 監督さんの毎日恒例、締めの言葉とともに撮影は終わる。


 ……狙った獲物は逃さない、か。私のことを指してなかったら嬉しいんだけどなぁ。

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