傷心症候群

朝霧逸希

性善説

 俺は君では無いし、君は俺でもないのだから、今までのようにエゴを押し付け合うのはやめよう。俺は俺、君は君なんだから、俺らしく、君らしく生きよう。俺は決して離れることは無いのだから、君は君なりの生き方を俺と一緒でも、と一緒でもいいから、ゆっくり見つけて行こう。

 俺が昔描いた小説の一ページ目の言葉。

 当時は適当に書いた言葉だったが、存外それが万人に受けたのかフォロワー数が二桁にも届かない無名が、フォロワー数三桁の無名に格上げすることになった。

 と仲良くなったきっかけも俺の小説だった。

 彼女と言っても恋仲という訳では無いのだが、どうにも俺は「彼女」という代名詞に慣れてしまって、以降あらぬ誤解を産む事が多くなった。人を愛する事が出来ない俺は、恋仲になる女性なんて一人たりとも居ないと言うのに。

 俺は常に自己中心的な生き方をしている。所謂典型的な嫌われ者で、俺は好んでその生き方をしていた。俺が嫌われて、それによって誰かが愛される可能性が微塵でも残っていれば俺はそれに賭けて嫌われた。そして、それと同時に人が愛された。失敗することも多々あったが、やはり誰かをストレスの捌け口、いわばサンドバッグのようなものにしてしまえば人の持つ攻撃性が他の人に向く事がないと考えたから。

 性善説、性悪説の話があるが、俺は常に性善説を推していきたいと思った。人とは本来善の心を持ち、人の心の奥底には善人としての心が何時如何なる時であろうと隠れている。そんな俺の考え、及びを握り締めて生きていた。自らの考えを人に押し付けることも、やはりそれは自らが考える最善最良の手段を他の人間にも取って欲しい、そんな良心が働くものであると考えていたかった。

 その日は普段髪の毛をセットしている俺も整髪料の類を付けることを躊躇い、何時も考えているコーディネートなんかも全て無視してスウェットで彼女の元に向かった。まぁ、実際は髪の毛をセットするだとか、服に気を遣うだとかをする暇が無いほどに待ち合わせの時間に遅れそうだったのが本音なのだが、それでも何処かい何時もと違った違和感があった。

 流石に一女性である彼女に逢いに行くのにノーセットダル着で向かうのは野暮だと考え、ワンポイントになればとアクセサリーや小物類を着け、香水を振り家を出た。

 待ち合わせ場所に俺より早く着いている彼女を見て、待たせてしまって申し訳ないと謝罪をする為、駆け寄り頭を下げたが、いつもの事だろ?気にすんな。と、いつも通りの笑顔を見せた。

 毎度毎度遅刻しているかの様な口振りに少し反論したが、普段の生活を見れば彼女との待ち合わせ以外にも遅刻が頻繁にある事は容易に想像できたのだろう、彼女は呆れたような顔をした。

「三十分までは遅刻じゃないよ」

「今日は五分だ、六分の一だ。むしろ早く着いたくらいなのだから褒めろ」

「調子乗んな」

 何時も通りの俺らの掛け合い。それが出来たことに俺は安堵していた。家出る直前の胸騒ぎはなんだったのだろうかと疑問が残るが、その胸の突っかかりすらも五分と経たないうちに忘れてしまう。

「して?今日はなんの用で?」

 俺らは何時も通っている喫茶店の、何時もの席で雑談を始めた。昼食時から外れて集合した俺らの他に客は数組程しかいなく、ほとんど貸切状態とも言える。

「別に、会いたくなっただけだよ」

「なんだお前可愛いな、俺の女になれ」

 これも、何時もの掛け合い。

「やなこった」

 これも、俺が被せて言えるほどの定型文。

「そうか、残念だ」

 何時も通りが続く度に原因不明の喪失感や不安感等が見えた。

 そんなに何時もと同じが怖いのだろうか、これが俺の日常なんだから、それでいいじゃないか。俺は自分で自分を洗脳するかのように言い聞かせた。

 そこから俺たちが話した内容は本当にくだらない、他愛も無い話だった。何か起こることを期待していた訳ではないが、いざ何も起こらないとなると怖かった。

「まぁ、いいんじゃないか?何もお前が親の言いなりになることはないだろう?」

「そうだけど、親にも迷惑かけたし」

「その考えができるのは立派だよ。俺なんて親にかけた迷惑が多すぎてもうよくわからん」

 互いの両親の愚痴を零しながら珈琲を飲み進め、俺は三杯目のホットコーヒーを頼んでいた。

「優しいね」

「俺は優しくなんかない、俺のエゴを押し付けているだけだ。人一人救えやしない」

「救われてるよ?」

「どーだか」

 人の言葉は信用しない、というよりできない。彼女の、普段なら俺が飛び跳ねて喜ぶ様な言葉ですら今日は喜ぶことが出来なかった。

「そろそろ出よっか」

 互いに注文していた珈琲を飲み終えたタイミングで彼女が外に出るよう促した。

「そうだな、随分と長いこといたし十分だ」

「伝票、幾ら?」

「なぁに、今日はこの俺が奢ってやる。大した額じゃあないし、この前課題を写させてもらった礼だ」

「いいよ、悪いし」

「黙らっしゃい!俺は奢ると言ったら退かん!」

 多少強引に伝票を奪い去り会計を済ませ、店を後にした。この後は基本景色のいい野外で喫煙をして解散。その為にまた歩き始めた。と言っても先の喫茶店から徒歩四十秒程度だ。

「ふぅ、疲れた」

「あるっただけでしょ?」

「ヘビースモーカーの肺はお前みたいなライトスモーカーの肺とは格が違うんだよ、格が」

「お疲れ様です」

 そう言ってまた笑った。今日は何故か彼女の笑顔が眩しく、可愛らしく見えた。

「そういえば、今日の服なんか気合い入ってね?男でも出来たか?」

「ちげーよ、友達と買ったの」

「へぇー良いじゃん、似合ってる」

「まじ?」

「うん、可愛いよ」

 何を言おうと彼女は俺に振り向かない、分かりきっているからこんなにも判りやすい言葉をかける事が出来る。

「ありがと」

 帰ってくるのはこの一言だけだ。

「若干、風が冷たいな」

 整髪料を付けず、無造作に跳ねた髪の毛が風に靡く。前髪は下ろすと口元まであるのだが、それでは流石に某ホラー映画のキャラクター様になってしまうので一応分けているため、そこまで長い事はあまり気付かれない。

「髪、伸びたね。切りなよ」

「どーしようかね、もう少し長い髪の毛を堪能しておきたいのだが」

「ま、いいんじゃない?」

 二人とも同じ銘柄を、と言っても俺が彼女にあげているだけだが、携帯灰皿片手に吹かす。

 彼女は、最初こそキツそうな顔をしていたが、もうすっかり順応してしまった様だ。

「私たちさ、会うの辞めない?」

 無言で煙草を吹かし続ける時間が過ぎた後、彼女はそう言った。

「理由が聞きたい。それによっては考える」

「私が居ると迷惑かけちゃうから、それに、もうそろそろ鬱陶しいでしょ?」

「それに関しては無問題だな。前者後者とも全否定させてもらう。」

「でも」

「どちらかが居ると悪影響を及ぼすだとか、そういった事を考え始めるとキリがない。だから、多少の妥協含めての俺らの関係だと思っていたけれど」

「私のエゴで苦しめたくないんだ、解って欲しい。」

 俯きながら俺に言う。

「俺も、お前にありとあらゆるエゴを押し付けて来た。煙草もそのひとつで、それの延長だ。だから余り気に病むな。」

「無理だよ、私はいるだけで人を不幸にするんだ」

「俺はお前が好きだ。これは世辞でもなんでも無く、本心として、恋愛的にな。」

 恥の一つすら持っていなかった。言い慣れてしまったからか、それとも俺が成長しつつあるのか定かでは無いが、思っている事を伝える事ができるようになった。

「そっか、でもごめんね。私、貴方のことは好きだけど、恋愛としてはの方が好き。」

 即座に思い浮かんだのは俺の幼馴染の顔で、彼女と良い関係を築けたらと紹介しただけだったが、まさかそこまで発展しているとは、と呆気に取られた。

「そうか、だがこうして振られても尚俺はお前との関係を断ち切りたいとは思わない」

「いいの?私と居ると迷惑ばかりかけるよ?」

「俺はお前では無いし、お前は俺でもないのだから、今までのようにエゴを押し付け合うのはやめよう。俺は俺、お前はお前なんだから、俺らしく、お前らしく生きよう。俺は決して離れることは無いのだから、君は君なりの生き方を俺と一緒でも、と一緒でもいいから、ゆっくり見つけて行こう。」


 俺は人生で生まれた言葉の中で最も在り来りで最も痛々しい事を言ったが、内心は彼女に生き方なんて見つけて欲しくなかった。これが俺の最後のエゴだ、そう自分に言い聞かせながら、彼女のうるんだ瞳に投げ掛けた。

 まさか、この言葉が今になって出てくるとも思っていなかった俺は其の儘煙草に火をつけ動揺を隠していた。



 彼女が今何処に住んでいるかだとか、何処の学校に通っているだとかが分からなくなる、なんて展開にはならずに俺は今でも彼女と友人として接している。

 俺のエゴで人が一人でも救われたのならそれでいいのだが、今回ばかりは行き過ぎた正義感を持ってしまったと猛省し、一人で事件現場もとい俺が振られた場所に行き、煙草を吹かしている。関係としてはたまに会って遊ぶ程度であるが、最近は俺がロクに学校も行っていないことを心配してくれているようで、よくメッセージをくれる。

 そして、俺は毎度毎度幼馴染の顔を見る度に嫉妬心で頭が狂いそうになるという後遺症も抱えることとなった。流石に時が解決してくれるだろうが、如何せん立ち直れない。


 俺は、この病を傷心症候群と名付けた。

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