第20話 ドローン部隊

いつもよりも騒がしい空だ。

NCCBのドローンか・・・?

空いっぱいに飛んでいる宅配ドローン以上に政府の大型ドローンが目立つ日だった。

複雑に飛び交っているそれらの隙間から見える空の色が、いつもと違って天鵞絨(びろうど)のように見え、その色が若干不気味さを醸し出していた。


___


「棚橋さん、ちょっとよろしいですか?実は今日の午後に、千葉地区のとある公園で「虫」の集まりがあるという情報を入手致しました。」

トキタが棚橋に伝える。


「何か新しい情報を掴んだのか?それで、奴らのマイクロチップからの信号は捉える事が出来そうか?」

冷静に棚橋が答える。


この所の政府による「虫」達のネットワーク侵入に対する「粛清」により、いくつかの「虫」グループ内にはピリピリムードが広がり、ネットワークへの侵入行動がかなり慎重になってきている。その為、侵入前の計画を政府に傍受されないよう、屋外や政府の監視下になりにくい場所で行う事が増えてきた。


「いや、ダメですね。何かしらの方法で奴らはIDブレスからの信号を遮断しているようです。最近は自分達の電波をカットする方法を考え出した輩も増えてきたようで。とりあえず今、政府のドローン部隊を千葉方面に送り、空からその「虫」共の動きを捜索している所です。」


「分かった。それにしても、よくそんな情報を手に入れる事が出来たな、トキタ。」


「はい、政府下で働く者の中には、その「虫」共の活発化した動きを政府にリークする事で、自分達の市民生活レベルを上げようとする者達もちらほらと出てきています。政府に自分達が得た情報をタレこむ事で、少しでも報酬を得ようとする者も出てきていますから。この間の政府ニュースが効果があったのかもしれません。ガセネタの場合はその者達も「粛清」対象になるので彼らの情報はある程度は信用出来るものかと思います。まあ、あれほどの「粛清」の映像を見たら誰も危険な嘘はつかないかと思いますが。」


「なるほど、それはそうだな。政府に逆らったらどうなるかは、国民も皆知ってる所だろうからな。・・・とにかく、その「虫」達を一刻も早く見つけ出し、殺す事なく捕まえるんだ。そして奴らの目的を洗いざらい聞き出すんだ。」


「かしこまりました。NCCBスタッフを総動員して、かなりの数のドローン部隊を送り出しています。奴らが見つかるのも時間の問題かと。」


____千葉のとある公園


その公園はかなり広く造られており、今の時代にしては珍しく緑が広がっている。園内には所々に大きな木が植えてあり、それらが「虫」達の集まりを空からだと確認しずらくしてくれている。



「最近の政府はかなり俺らの行動に敏感になっているな。国民まで取り込んで対策チームを作っているくらいだ。完璧に政府は俺らを炙り出して排除しようとしているな。この危険な状況を知った上で無理して政府ネットワークに潜り込むのは危険すぎるような気がしてならない。」


一人の男が話し終えると同調するように仲間の女が続ける。


「ここまで徹底的に防御網を敷かれると、どんなに侵入を試みても自殺行為としか思えない。私もこの状況で潜り込むにはちょっと勇気がいる。自ら何も得ずに死を選んでいるようなもんだよ。せめて、何か得られるっていうある程度の確信が無いと今は難しい。本当に最初だけだった。第二ゲートを突破出来た人は。その後はほとんど第一ゲートすら突破出来ていないからね。」


さらに他の男が続ける。


「でも、このまま政府の思うままにさせていいのか?何とかする事は出来ないのか?何やら噂で聞いたんだが、政府のネットワークを改ざん出来る奴がいるとかいないとか。」


「あ、それなら聞いた事があるが、誰かが侵入する度に幽霊のように現れる奴もいるっていうけど、本当かどうか分からないもんな。やっぱり政府に背くなんて、そもそも無駄な事じゃないのか?毎回政府からパソコン前の死体を見せられて、正直皆、臆病風に吹かれ始めている。」


「確かに皆が怖気づき始めたよな。万が一、その噂が本当なら、そいつらと組めばもしかしたら可能性があるんじゃないか?」


「いや、それは噂だろ。そうなれば良いと思った奴らの偶像じゃないのか?その万が一が、実在していたとしても、俺達の力で探せるかどうかも分からないじゃないか。今までだって俺達はその存在に辿り着けていないだろ。」


「確かに。でも、はっきり言えるのは以前よりもNCCBネットワークの防御網が鉄壁になり、既に俺らには打つ手が無いんじゃないかって思うようになってきた。噂だとしても、そいつらの手を借りない限り、俺達だけじゃ、現状のまま政府に立ち向かうなんて無理だろう。」


「ああ、そうかもしれない。この千葉地区のグループの中にも能力が突出した人間がいればいいが、正直、俺らのテストでも皆似たようなレベルだった。今は戦う時ではなく、もう少しそれぞれの能力レベルをアップして、本当に政府に対抗してやれる、という自信と時を待つ方が無難かもしれない。何も出来ずに死ぬのは本当に意味がないと思う。俺も、無駄死にだけは絶対に出来ない。やるならある程度は戦えるという自信がないと・・・。」


「その自信が今では欠落し始めているからな。今は無理して中に入るのは避けるべき時かもしれないな。とりあえず、もう少し政府の動きを見る必要がある。皆にはまた追って連絡するから、今日はこれで解散としよう。あまり長い時間、集まっているのも良くないからな。次会うまでにそれぞれが何かしらの対策を考えておくことにしよう。」


「了解。同意です。連絡待ってます。」


「はい、俺も同じ考えで。」


「私も異議なし。」


千葉地区の集まりを終えて、解散をし始めたちょうどその時だった。

遠くの上空から大型ドローンが数基飛んでいるのが微かに見えた。

その目に見えるドローンの数がどんどんと増えてくるのが、時間が経過すると共に目に飛び込んでくる。まるで飛んでいるゴキブリの大群のように・・・。


「おい、まずくないか?皆、ここから離れて何も無かったように歩くんだ。いいか、焦るなよ。普段通りに普通に慌てずに歩くんだ。仲間の事も気にせずそれぞれの道を真っすぐ歩くんだ!」


皆が無言で頷く。

それぞれが黙ったまま散り散りになって歩く。


(いいか、皆、絶対に上を向くなよ。何事も無かったように冷静に。)


全員の耳に、離れていたドローン音がだんだんと近付くように届いてくる。


(焦るな、焦るな、普通にしているんだ。そのままゆっくりと・・・。)


それぞれのメンバーの神経は、ドローンから漏れ出る音にかなり敏感になっている。


(ここで捕まったら意味が無さすぎる。それこそ何もしないまま終わる事になる。皆、慌てるな。とにかく落ち着くんだ。)


このままでは終われないという想いが皆の心の中に瞬時に広がる。


お互いの距離は離れていき、遠くから見ると、一緒に過ごしていたようには見えない距離になってきた。

でもまだ安心するのは早い。慎重に。全員がそう思いながら平静を装い、それぞれの方向に歩き続ける。少しずつドローンの音が大きくなるのと同時に、全員が自分達の心臓が脈打つ音も大きくなっているのを感じる。


(頼む、お願いだ、ここでバレる訳にはいかないんだ。)


(ドックン・ドックン・ドックン・・・)


空からはドローンが近付く音がどんどんと大きくなっていく・・・。


(ドド・・ドドド・・・・ドドドド・・・・)


自分達の上空を数基のドローンが続けて通り過ぎていく。

それぞれの神経は剝き出しているかのようにかなり敏感な状態になっている。

そのドローン音に肌はピリピリとし、口はかなり乾ききった状態になっている。

それぞれの呼吸もかなり荒くなっているのが分かる。


(はー、はー・・・。)


そして、少しずつその音が小さくなってきたのを感じる。


(段々音が遠ざかっているぞ。あと少し。あと少し離れてくれ・・・)


皆のHGPの下の額には有り得ないくらいの汗が滴り落ちる。

生きた心地のしない数分?いや、数秒なのかもしれない。

皆、呼吸せずに歩いているような雰囲気に包まれた。

体の動きも本来の自分達の意思とは違った動きをしてるかのように、頭と体が一致していない感じになっている。


ドローンの音が遠ざかっていく。そしてその音も皆には届かない位になっていた。


(過ぎていった。良かった。助かった・・・。危なかった。)

全員が同じように乾いた口を湿らせるように唾を飲み込む・・・。


________


「棚橋さん、残念ながら、千葉地区の「虫」共を確保する事が出来ませんでした。決して政府下の人間のガセ情報ではないとは思いますが。やはりIDブレスの信号をカットされていると探すのが難しいようで・・・。本当に申し訳ございません。」


「もしや沢山のドローンが束になって行動した事で感付かれたんじゃないか?そんな事はないか?・・・トキタ、もう少し慎重に対処するんだ。今度は定期的に単独ドローンを巡回させるんだ。いつかは「虫」が引っ掛かるかもしれないからな。」


「か、かしこまりました。確かにその可能性はあるかもしれません。考えが至らず申し訳ございません。今後は毎日、単独ドローンを飛ばすように致します。」

トキタが慌てた様子で返事をする。


「虫」共め。あれ以来、増殖が止まらないじゃないか。ちょろちょろと動き回りやがって・・・目障りなんだよ。お前らの事は絶対に・・・間違いなく・・・潰して見せるからな。

棚橋は「虫」に対する苛立ちの様な感覚が増すのを感じていた。



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