第17話 DAMIAとカラス
久し振りに外の風を感じている。
それにしても暑い。
歩きながら、伸び縮みする足元に映る自分の影を踏みつけながら心の中でぼやく。
(こんなのを着ないと外に出れないのは本当にメンドウクサイ。)
だから嫌いなんだ。外に行くのは。
月に1度は空気を吸おうと思うが、苦手なものは苦手で変わりはない。
DAMIAは山下公園をゆっくりと歩きながら、少しだけ陰になっているベンチを見つけると、足をだらんと伸ばしながらそのベンチに腰掛ける。
遠くを見ても海は汚く、鼻につく臭いも相変わらずだ。
空を見上げれば、沢山のドローンが色んな荷物を抱えながら飛んでいるのが見える。
・・・空もぐちゃぐちゃだな・・・
キレイな景色か・・・。見たいな、そんな空を。
それにしても、SORAの能力は思い描いていた以上のものだった。
彼の判断スピード、そして瞬時の選択、自分の「死」をも恐れない決断力。
すべてが「虫」達の未来に光を当てる為の必要条件かもしれない。
彼の内に秘めた潜在能力、そして何よりも彼の存在意義は全ての人間にとって物凄く重要だ。
やれるかも、いや・・・SORAの能力が合わされば、間違いなくもっと奥深くネットワークに潜り込める。
あれ以来、DAMIAの中には今までと違った希望が芽生え始めていた。
「ここにいたんだな・・・DAMIA。元気にしてるか?」
急に背後から声がして振り返る。DAMIAが人間から出る信号を感じ取れず、側まで近付ける人間は一人しかいない・・・そう、「カラス」だけだ。
カラスは俺が座っているベンチから一つ間隔を空けて、音も立てずに座る。
二人共お互いを見る事もなく、海を眺めながら淡々と話す。
「久し振りだな、カラス。お前だけは近付いて来る時に、どうしても気付く事が出来ないっていうのがちょっと腹立たしい。それにしても相変わらずこの暑さの中、真っ黒な服を着てるなんて暑苦しいな。いくらHPFが施されてるとはいえ、黒は少し他の服よりも暑いだろ。」
「暑いのは確かに・・・あるな。まあ、買う物全て黒いからな。とは言っても、俺には色なんか分かんねえけどな。この暑さにも慣れっこだし。話は変わるが、お前、最近は随分とダメな奴らばかりの助けをしているよな。時間の無駄じゃねえか?」
「確かにね。でも多少なりともそんな奴らの想いを聞くとね。手助けしちゃうんだよな。まあ皆、死ぬ事よりもその先の成功しか考えていないし、恐怖心なんて持っている奴もいないから。少しの望みに賭けてこっちもサポートはしているけど、想像通りの結果しか出ないね。前もってアドバイスをしたり、侵入を止めたりもするけど、 他人の話は聞かないから。でも、NCCBネットワーク内のプログラム履歴を調べている俺からすると、ちょっとでも中に入ってくれるだけでも丸っきりマイナスにはならない。勿論、頑張ってもらった方が俺にとっては得るモノが多いのも事実だけど。彼らの死を全て無駄にするつもりはない。最近は前よりも少しずつだけど、政府のネットワークプログラムの(からくり)が見えてきた。政府AIは、ある条件により少しずつ変化している。だからその先を読めれば対策は出来ると思うんだよね。」
「ふん、なるほどね。お前はそれでも良いかもしれないが、俺にとっちゃ、もっと先まで潜ってくれないと楽しめないんだよな。最後の一撃は、俺がもらうつもりだし。でも、すぐに倒しても面白くない。甚振るだけ甚振って、今までに見た事の無いような屈辱を奴らに与えてやりたいのさ。」
「いつもそうだな。仲間が必死に潜り込もうとしているのに、後から急に入り込んでかき回す。この前だってそうさ。お前は自分だけが良ければいいっていう奴だからな。それで最後の獲物を自分で仕留めたいんだろ。ま、俺も似たようなもんかもしれないけどな。結局はやり方が違うだけかもな。」
少し間をおいてDAMIAが話を続ける。
「でも、もしかしたら・・・が、そろそろ起こるかもしれない。新しい仲間を、そう、Rayが・・・凄い奴を連れてきたんだ。名前はSORA。彼は特別な存在かもしれない。」
「凄い奴?お前が凄い奴とかって言うのって初めてじゃないか?それで、そいつがお前のテストを受けたのか・・・。そのSORAっていう奴が?それで、どう凄いの?ちなみにそのRayって名前の奴は、この間排除された男の弟の事?」
「あ、そうそう。Rayはこの間、第二ゲート突破後に排除された彼の弟。SORAがその「Ray」っていう名前を付けてくれたんだって喜んでいた。そのSORAは正直、今までに見た事もない能力の持ち主である事は間違いない。そして、実際、俺のテストでも、計測不可能な数値を叩き出した。最後はこっちから操作する前に、自分で自我を取り戻して現実世界に戻ってきたからね。そんな事、今までは有り得なかった。正直その能力は俺の、いや、カラス以上かもしれないね。」
「ふん、俺以上とは随分と俺を甘く見たもんだ。まあ、良いけど。最後にこの面白いゲームを楽しむのは俺だし、俺が最後に仕留めれば結局、喜ぶのはお前も同じだろうし。どちらにとっても有望株の登場は、WINーWINだよな。」
「でもカラス、そろそろ仲間になって一緒にやらないか?絶好のチャンスがすぐ目の前に来てるぞ。SORAの出現で、第五ゲートまで突き破る事が出来るかもしれない。そうなれば、念願の俺らのマイクロチップと、政府のネットワークの連動を遮断出来る。」
「ふん、仲間?そんな言葉にゃ興味なし。俺は俺で勝手にやる。仲間にならなくたって俺の能力がありゃ、お前らが政府のネットワークに入り込んで破壊しまくれば、必然と俺は登場するから気にしない気にしない。何にも問題なし。そう、ある意味漆黒の服を纏ったスーパーヒーロー、みたいなもんだからな。良い場面で登場する。それが俺様だ。」
DAMIAが不敵な笑いを浮かべ下を向きながら答える。
「そう答えると思った。ただ、聞いてみたかっただけ。でも覚えておくと良いよ。SORAっていう凄い存在を。間違いなく絶好機到来だ。」
「お前だって仲間だとか言いながら、俺とやってる事はあんまり変わんないと思うけどねー。無感情に人の助けをしてるふりして、他人にやらせているだけ。俺からすりゃ、陰に隠れた総司令官みたいなもんだよ、DAMIA。」
「そうかもしれないな・・・でもその総司令官にも若干、Rayに対して感情が入り始めたのが厄介な所。彼にはなんだか、人を惹きつける魅力がある。俺らにはない何かが。だからこそSORAという人間に出会えたんじゃないかとも思う。二人が出会ったのは奇跡ではなく必然なのかもってね。」
「ふーん。まあ、どちらにしても最終目標は俺もお前も同じさ。お前にとって凄い奴が現れたのなら・・・俺にとっても凄い奴が手下になったようなもんだから。どちらにしても、そんな奴、もう他には現れないだろうって、お前も感じているんだろ?だからこそ慎重にやれよ。そして俺も心底楽しませてもらうから。」
カラスも俺の話に喜びを感じているのが分かる。こいつも自由にやってはいるが、いつ「排除」されるかも分からない、という状況は同じだからな。SORAの登場は全ての「虫」にとっても絶対的に大きな前進になるはずだ。
「俺はSORAには無茶はさせない。じっくりと政府を監視し、俺に出来る対策を今まで以上に緻密に練るつもりだ。そしてSORAを使う時は本当にやれる、という絶対的自信のある時に行動に移す。だから、カラスもぼーっとしてたら、SORAに最後までやられちゃうかもな。楽しみが取られないように、じっくりと見ておくんだな。」
「はいはい、そんなアホな事はさせないよ。俺のやる事はただ一つ、俺がきちっと仕留める事。安心しときなさい。なんと言っても俺は・・・カ・ラ・スだからねー。」
相変わらずいつ会っても能天気なカラスだが、SORAだけだと心許ないのも事実。カラスという存在も絶対に必要。こいつの変幻自在な侵入は、やはりカラスにしか出来ない・・・。SORAとカラス・・・。この二人の融合とRayと俺。今までとは違う化学反応が起こるのは間違いない。
自分でも気付かないうちに、Rayが持ち始めた「感情」みたいなモノが俺にも出てきたような気がしてきた。これがワクワク?っていうやつなのか?・・・。「感情」を持つなんてくだらないと思っていたけど。Rayには人の心を動かす何か・・・。不思議な力を感じる。
そんな事を考え、暫くして横を見ると、すでにカラスの姿はなかった。
いつもそうだ。存在感を人に感じさせる事なく現れてはいなくなる。
気まぐれな奴だ。
面白い奴め。
きっとあいつも物凄く「ワクワク」っていうやつを感じていたに違いない。
でも俺はDAMIA。
カラスにも劣らず、恐ろしいトラップを仕掛けているんだよね。
俺が一番この先の事を楽しみにしているのかもしれないな・・・。
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