第24話

 悪霊を逃してしまったぼくらは、一度教会堂に帰ることにした。彩羽さんの怪我の治療のためだ。彩羽さんは大丈夫だと言っていたが、ぼくが帰ることを主張した。そのまま巡回を続けていたら万が一ということもあり得る。


 彩羽さんは教会堂に戻ると椅子に座って擦れた脚の消毒をはじめた。彩羽さんに触れられないため、消毒程度でもぼくは彩羽さんを手伝うことができない。見守ることしかできないのだ。


 消毒を終えても、彩羽さんはうつむいたままだった。なにか彩羽さんを元気づける言葉はないか、とぼくはいろいろと考えたが、良い言葉はあまり浮かばなかった。


「天界へ還すことはできませんでしたが、悪霊を追っ払えたのは幸運でした。お祭りを楽しむ皆さんに害をなしていた可能性もありましたから」


「そうですね……天界へ報告しかできませんでしたが、最低限のことはできたかもしれませんね」


 うつむいたまま彩羽さんはそう呟いた。はりきっていた分、自責の念も強いのかもしれない。


「……結局、天使としては何もできませんでした。遠くから束縛術も使えませんでしたし、飛んで逃げた悪霊を追いかけることもできませんでした。治癒もできず、こうやって自分の傷すら満足に癒せません」


 彩羽さんはそう自分を責めつづけた。ふとももの上で握った拳が震えている。


「せめて私が飛べたら。天宮さんに負担をかけることなく、悪霊を探して天界へ還すことができるようになるのに……」


「負担だなんて……ぼくは彩羽さんを手伝うためにここにいるんですよ。一人で抱えないでください」


「それでも、です。仕事をはじめてもう半年近くになるのに、全く成長していません……担当天使失格です」


 彩羽さんはそう自嘲した。自嘲させてしまった。ぼくが。ぼくが手助けするはずだったのに。


「そもそも、い、彩羽なんて名前、彩る羽だなんて名前、名前負けにも程があります。た、担当天使なのに一人前じゃない……翼さえ生えていない!私は、何もできない!」


 彩羽さんの声が震えている。下を向いたままなのでよくわからないが、きっと泣いているのだろう。ひどく胸が痛む。


 今年の春、彩羽さんにはじめて会ってからのことをぼくは思い出していた。瘴気を二人で集めて感謝された。悪霊を二人で退治してありがとうと言われた。一緒に仕事を続けてほしいと頼られた。


 感謝されるたび、頼られるたび、ぼくはとても嬉しく感じていた。だから今回も、なんとかして彩羽さんを手伝いたい。手伝って、笑顔で喜んでもらいたい。


 そもそもここにはぼくしか居ないのだ。ぼくがなんとかしないと、彩羽さんは自分を責めつづけるんだ。そんなこと、許されるはずがない。ここでぼくが何もしなければ、ぼくはきっと一生後悔するだろう。


 ぼくに何ができるか考えろ。


 そして、覚悟を決めろ。


 一歩踏み出せ。


「……彩羽さん、インスタント束縛術はぼくも使うことができますか?」


「……御札自体に能力が全て込められているので、使うこと自体は、天使でなくても、人間の皆さんでも可能ですが……」


「わかりました。ぼくもインスタント束縛術を使いましょう。悪霊は天使から逃げますが、人間には害をなすため近づいてくるはずです。そこをぼくが束縛します」


「それは……それは危険です!人の身で悪霊にこちらから近づくことになるんですよ!」


 彩羽さんは顔を上げこちらに振り向きそう叫んだ。涙の跡が乾かないでいる。目も赤い。彩羽さんのつらい気持ちが伝わってくる。


「使えるといっても、インスタント束縛術は人間が使うことを想定していません!危険が大きすぎます!」


「危険と言っても、せいぜい暴力を振るわれるくらいではないですか?もっと凶悪な、悪霊の能力を使われるような状況ならば、そもそもぼくがどこにいても危険度はそれほど変わりませんが」


「それでもです!人間の皆さんを護るためにいる私たち天使が逆に護られるなんでおかしいでしょ!」


 納得いかない、という顔で彩羽さんはぼくを説得し続けた。彩羽さんはなかなかひいてくれないが、ぼくも引くわけにはいかない。ここでひいては彩羽さんがつらいままでいてしまう。そんなこと、絶対に許されない。


「ぼくたちはパートナーです。ぼくは元から彩羽さんを手伝うためにここに居ます。ぼくをもっと頼ってください」


「もう十分頼っています!天宮さんにはずっと頼ってばかりなのに……これ以上は……」


「ぼくが、彩羽さんに頼ってほしいんです」


 ぼくは心の底からの本音を告げた。彩羽さんのためにも、ぼくのためにも。


「彩羽さんがここにいる限り、ぼくは彩羽さんを手伝い続けます。彩羽さんと常に共に居ます」


 踏み出せ。そして近づけ。最後まで。


「ぼくを、彩る羽の代わりにさせてください。ぼくが、彩羽さんの翼です」


 彩羽さんは呆然とぼくの方を見つめてきた。彩羽さんの涙はもう止まっていた。

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