曲者は曲者と合わなかった。

あっという間に、変わった女子はこちらに来て、唯人の腕を引っ張っていく。

唖然として見ていたが、扉の所まで連れていかれた時、ようやく稲荷が声を発した。


「―――あ、ごめん。ちょっとまって」


声をかけると、女子生徒は止まってこちらを振り返ると、そばかすのある頬に人差し指を当てて、


「どうかしましたカ?」


と言って唯人の手を放した。


「今、その近藤の依頼受けてて。後にしてくれない?」


なんの悪気も無く指摘すると、眼鏡をしたその人は目を大きく開けて、ぇ、と小さく声を出した。

その後ろで、稲荷は唯人が冷汗を吹くのが見えた。


「……依頼?」


その時、初めて女子が語尾のカタコトを辞めた。


「唯人くン?どういうことですカ?わたくしのいないところでそんなことをしていたのですカ?まさか、コンクールの絵じゃありませんよネ?あのような素晴らしい絵は、神隠しになってこそ、傑作なのですヨ?」

「ハァ?俺は、コンクール用に描いたんだよ。なのに―――」


唯人はなにか、口ごもった。

おそらく、「お前が犯人だろ」といいたいのだろう、と稲荷は思う。

ただそれ以前に、自分が取り残されていることに気が付いた。


「待って。すこし状況整理させて。まず、近藤が私に、コンクールの絵が盗まれたと依頼してきた」

「やはりそうなのですネ―――」

「まって。で、途中で押しかけて来た、あんたは誰?」

「……ああ、わたくし?わたくしは金子藍ですヨ」

「金子さんね。で、どうして金子さんはそこまで近藤に神経質?」

「それは、唯人君は秀才中の秀才だからに決まっているではありませんカ!」


ちくり、とした。

ただ、絶対に人には言わない。


「へぇ。絵が神隠しになった方がいいくらい?」

「もちろんでス」


当たり前、というようにいうと、稲荷は横で熱気を感じた。

ハァ、と一度深呼吸をして、口を開いたのは唯人だった。


「なあ、金子。この際言わせてもらうけど、俺の絵盗んだのあんただろ。なあ。俺、絵に人生を掛けようと思って、必死にやってきた。その集大成を盗んだんだろ、あんたが」


第三者である稲荷がいるこの状況を生かして、いままでふつふつと貯めていた感情が爆発してしまったらしく、唯人は顔を赤くしていた。


「いいえ。盗んでなんていませんヨ。わたくしはあるべき場所に返したまでであるまス。それより唯人君はもっと自分のすばらしさを自覚すべきでス」

「ナルシストになれって?そんなの秀才じゃない」

「きっと絵はあなたに戻ってきませン」

「お前……」


止まらなくなる前に止めようと、通常なら思うかもしれないが、稲荷は見守ることを選んだ。

うやむやに考えを吐いただけなら、後々色々残ってしまうからだ。


「返せ。俺の絵だ。著作権ってのがあるの知らないのか?転売禁止。盗んだならば窃盗だ」

「窃盗だなんテ」

「何が違う」

「違いまス。わたくしはわたくしの『依頼』をやったまででありまス。そちらの方のように」


そうして、藍が稲荷を見た。

名前の通り藍色がかった瞳は、稲荷の翡翠色ほどに奥に澄んでいて、お互い変わり者同士だと、なんとなくわかった。


「―――は?依頼?誰に?なんで?」

「それは言えませン。諸事情らしいですヨ」

「なんだよ、それ……」


そのあと、それと、と藍が一言付け加えた。


「唯人君の絵、もうわたくしの手にはありませんかラ」

「は⁉」


稲荷はめんどくせぇと思っていた。

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