噛み合わない腐れ縁。

「準君、天童さん。私、夏祭り前に先輩に告白します」


突如、三人の教室で言い渡された宣言。

その声は真っ直ぐ、透き通っていた。

不味いことになった。

でも食い下がれるほど、彼の恋心、幼馴染としてのプライドは、軟じゃなかった。


「夏凜、なんでそんな、急に……」

「私、よくよく考えたら、夏祭りに告白できるはずないなって。先輩モテると思うし、直接言うのだって、多分無理だよ。だから、手紙で、伝えたいなって思って」

「ダメだ夏凜。俺じゃなくてもいいから、あいつはやめとけ、ダメだ」

「なんで……」


揺れる瞳も見ずに、準はただひたすらに言葉を並べていく。


「だって、そんな……。アリかよ。そんなん。夏凜、あいつの噂、知らないだろ」

「先輩の、噂?」

「ヤンキーなんだって。クラスにいるだろ、中村って。そいつ、太田先輩に漫画とられたらしいんだよ」

「らしいって……そんなのただの噂じゃ……」

「それだけじゃない。ほかの奴らも言ってる。みんな、ちょっと意識したら、みんな……」

「でも……天童さんだって、噂と違ったよ。クールなのはあるかもだけど、冷酷って感じでもないし。噂に呑まれちゃだめだよ……」


夏凜は、必死の思いで準を宥めた。

それは、腐れ縁の幼馴染を救うことでもあるし、自分の意見を否定されないためだったのかもしれない。

でも、宥められたって、準はそう簡単に引き下がれない。


「でも……。天童も、なんか言えよ。お前の事だったら、薄々勘付いてたんじゃないのか、この状況が」


突然話を振られた稲荷は、口を一文字に結び、数秒考えて口を開いた。


「そうだね。分かってたかも。この世界に置いて、先輩みたいにそう完璧な人間はいないって、有島さんが夏祭りに告白できないって気づくって。でも、私だって人間だよ。間違いがある。二人だってそうでしょ。結構色々間違えてるでしょ」

「……」

「天童、何が言いたいんだよ?」

「用は、喧嘩したら仲直りするのは難しいって事。稀に一方的に手紙を送ってくる奴もいるけどね」


パニック障害と認知症を持って、精神科に通うやつがいることを思い出す。

一方的に、どこからともなく手紙を送りつけては、片思いというやつか、大親友と書かれている。こっちはそんな意識ないのに。

あんなことされたのに。

許せるはずが、許されるはずがないのに。


「ここからは二人次第。邪魔になるっぽいから先帰る。んじゃ」


稲荷は、冷え切ったその場から振り返らずに去っていく。

これは、優しさなのか、それとも気まず過ぎて自ら逃げたのか、はたまた両方か。

どちらにせよ、二人にとってはいて欲しい存在だったろう。

稲荷がいなくなって、頭が冷えた二人は、俯いて黙りこくってしまった。


決心をようやく決め、先に話し始めたのは準だった。


「―――さっきは、ごめん。まだ噂だもんな。でも……幼馴染として……幼馴染じゃなくても、幸せになってほしいんだ。そこは分かってほしい……」

「ありがとう……。でもね、私知ってたんだよ。先輩の噂」

「え?」

「そこまで馬鹿じゃないよー。それにね。漫画とられたって言ってたけど、先に中村君が奪ったものなんだ。私、見てたの」

「―――‼」


黒髪を優しく揺らして、夏凜は準を振り返った。


「心配しないで。大丈夫だから」


逆光が、準の心に追い打ちをかけるのだった。

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