完璧な人間なんていないんだ。

結局、その日は部活の最後まで床に座っていた。

予定があり、部活途中で帰っていく人も少なくない。

しかし、熱心そうな部長と副部長は、集中して練習を続けていた。

一方の稲荷は、体操座りしていたが、数時間座っていてお尻が痛くなってきていた。

ろくな休憩も挟まず、ずっと練習している。


途中、男子と女子で別れて練習試合をしていたのだが、それは本当に目を見張るものだった。

副部長(サナギ)はトラップを仕掛けるのが上手い。

もちろん動きも俊敏なのだが、それ以上に、誰にパスするのか全く分からない。

初めてバスケで楽しいと思った。

そして、なにより部長(太田薫)。やはり練習の時見ていた通り、さすがの実力だ。

副部長と同様、スキルもある。それに、身体が大きいのもあって止められるものはいない、というそんな感じだ。

部長であるのにも頷ける。

努力家みたいだし。

しかし、部長なのにまだ稲荷は挨拶を貰えていない。


そんな彼と有島さんが両想いになる確率は、何万分もの一しかない。

ただ、今回の依頼は好きなものを調べてきてほしい、という依頼。

あくまでも告白の手助けを求めるものだった。

成功させろとは言われていない。


ただ、そこで立ち止まれてしまうのが稲荷の良いところであり、悪いところだ。

そういう留まりは、必要な時こそあるが、感情的に動いてしまった方が、逆によい結果を招く例は多くある。

ただ、やるからには徹底的にやると決めた稲荷がとる行動は、本人にしか分からないだろう。



5時を少し過ぎたところで、稲荷はゆっくり腰を上げた。

バスケ部は視界が広いのか、稲荷が動くとともに、副部長がこちらを見た。


「もう帰っちゃうのか。じゃあね!入部待ってまーす‼」


カバンを持って外へ出ていく間際、そんなことを言われた。

大きな罪悪感に包まれながらも、風に吹かれた稲荷は礼をした。



帰って、ノートに『・努力家?副部長とはどういう関係?』と書き足す。

正直副部長と仲は良さそうには見えた……が、具体的な関係は見えない。

それと、風の噂、練習の時は険しい表情をしているが、普段は優しいらしい。

まあ噂だからな。参考程度にしておこう。

意味もなく、ノートをめくっていて、ある言葉が蘇る。


『夏祭りに「月が綺麗ですね」って言いたくって』


(不可能……だ)

どう考えても、良く言っておしとやか、悪く言ってあがり症な有島さんがあの人気者に告白できるはずがない、と思ってしまう。

もちろん、告れる可能性もある。

しかし、太田はほかの女子からも夏祭りに誘われるだろう。

皆が言っている中、彼女は太田に誘えるだろうか。

そういえば、有島と太田には面識があるのだろうか。それとも有島の一方的な好意か。

慎重派の彼女のこと、おそらくなんらかのきっかけがあるはず……。

どのみち、有島さんを阻む壁はいくらでもあるのだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る