ずっと一緒だよ

三咲みき

ずっと一緒だよ

 誰もいない道を一匹の老いた猫がとぼとぼと歩いていた。


 今にも雨が降り出しそうな曇り空。冷たい風が容赦なく吹き付け、通りに落ちている空き缶が、音をたてて転がった。


 人っ子一人いない寂れた団地。狭い遊び場にある錆びついたブランコがきぃきぃと不快な音をたてている。


 その猫は、キョロキョロと辺りを見渡し、最期にふさわしい場所を探していた。


「クーちゃん」


 その猫の後ろを、幼い男の子が小走りで追いかける。


 誰にもバレないように、こっそりと家を出たつもりが、幼い飼い主には気づかれていたようだ。


「クーちゃん、ねぇ、待ってよぅ」


 猫は男の子の声を無視し、歩みを少しだけ早めた。男の子との距離をもっと引き離そうとするかのように。


「ぼくねー、クーちゃんがなんでお家出たのか、知ってるんだよー」


 男の子は、前を進む猫に話しかける。


「絵本で読んだんだー。猫さんは、天国に行くとき、お家を出て、ひとりになれる場所を探しに行くって」


 猫は男の子の言葉に耳を傾けるように、歩調を少しゆるめた。


「でもね、もうそれ意味ないんだよ」


 その猫にとっては、大いに意味があることであった。

 今の飼い主である男の子が生まれるずっと前から、あの古い一軒家で飼われていた。

 男の子の父親が学校を卒業して、立派な社会人になり、初めて連れてきた恋人がやがて奥さんに。そして新たな家族が増えて五年経った今日この日まで、ずっと、あの家族を傍で見守ってきた。

 男の子が物心ついてからは、遊ぶときも、寝るときも、片時も離れず、共に時間を過ごしてきたのだ。


 しかしその生活は、ずっとは続かない。命あるもの、絶対に死からは逃れられない。

 死期を悟ったその猫は、男の子の前から姿を消すことを決意した。彼を悲しませないために。

 男の子には寂しい思いをさせるかもしれない。でもそれは、自分の変わり果てた姿を見せるより、幾倍もマシだと。


「クーちゃん、だから意味ないんだってば」


 猫のそんな想いなど露知らず、男の子は先程の言葉を繰り返した。


「だってもうすぐ、


 その言葉に、猫はピタリと歩みを止めた。にゃあ…と鳴きながら後ろを振り返り、男の子を見上げた。


「今日ね、お星さまがね、降ってくるんだって。ぼくたち、みんな死んじゃうんだって」


 その言葉に猫はごろごろと喉を鳴らした。男の子はしゃがんで猫を数回撫で、そして男の子には大きすぎるその身体を抱え上げた。上手く持ち上げられなくて、ほとんど抱きつくように、不格好な姿勢で猫を抱きしめる。


「だからね、一緒にいようよ。さいごまで。ほら、ママたちのところに帰ろうよ」


 男の子は、その猫を抱えながら回れ右して、いま来た道を辿っていく。自分たちの家に帰るために。


 もう一瞬だって離れたくないというように、ギュッと、けれど優しく、男の子は腕の中の猫を抱きしめた。手入れされた毛並みに顔をうずめ、囁いた。


「ずっと一緒だよ」

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ずっと一緒だよ 三咲みき @misakimaru

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