わたしは七代ぐらいは祟られたい

姫野みすず

さあ、祟りなさい

 まだ小さなネコの食事は一日に少量を細かく分けなければならない。もちろんそんな知識を幼かったわたしたちは知らなかった。

「おーい、あっちにネコがいるぞ」

 宝石幼稚園のサファイア組で一番足のはやかったツバサくんが確かそう言ったのがはじまりだったと思う。

 タオルを敷きつめられたダンボールの中に小さなネコはちょこんといた。まだ鳴き声もはっきりしてないがもこもこしていて、あたたかったのをわたしの両手は覚えている。

「ミルクをのむのかな?」

「あたし、もらってくる」

 そうだそうだ。ルビー組のアカリちゃんがどこかから用意した小皿と紙パックの牛乳をもってきたんだっけ。少しだけこぼしてしまって、小さなネコのねどこを汚してしまった。どっちも白いから分かりづらかったけど。

「わー、のんでるのんでる」

「おなかがすいていたんだね」

「かわいい」

 どれぐらいかは分からないがたっぷりあったはずのミルクを小さなネコは全て飲んだ。なんとなく、みんなでナイショでそだてるということになった。

「でも、そろそろかえらないと」

「そうだね」

 誰かがそう言い、小さなネコをなでてその場から離れていく。わたしもそうした。

「にゃ」

「シンパイしないで、またあしたもくるから」

 また小さなネコが鳴く。わたしはバイバイした。

 次の日……その小さなネコはいなくなっていた。お母さんは、誰か親切なヒトが拾ってくれたのよと伝えてくれた。

 大きくなったわたしはそのときのお母さんの言葉は幼いわたしをシンパイさせないためのウソだと、分かるようになってしまっていた。




 中学生になり、夏休みでなんとなく家の庭で空を眺めながらアイスを食べていると不意に目が合う。

 道路側にあるブロック塀の上を歩いていた三色の毛並みのネコがジャンプして、着地をした。おい、なかなか美味しそうなものを食べているじゃないかとでも言いたそうにこちらを見上げる。

 大きなネコってアイスを食べても良かったっけ?

 スマートフォンで調べている間にどこかに行ってしまうかと思ったが三色ネコはじっとしている。

 夏バテだろうか。

 うーん……ネコは食べるものに気をつけろという情報だらけで面倒すぎる。なんやかんやで水道水が一番問題なさそう。まさか種類によってはミネラルウォーターも飲めない場合もあるとは驚きだな。

「飲んでもいいんだよ」

 三色ネコは大人で野良だから人間を信じてないのか小皿の水を少しもなめようとしない。

「まあ、見られてたら恥ずかしいか」

「にゃ」

「ごめん。ネコ語は勉強してないんだ」

 お互いに言葉は分からないけど、さっきより三色ネコの目つきがやわらかくなった気がする。

 次の日、小皿の水道水はなくなっていた。蒸発をしたのか三色ネコが飲んだのかわたしにはさっぱり分からなかった。




 おそらく……次にそのときの三色ネコと出会ったのはわたしの中学の卒業式の日。記念にカラオケに行く途中ですれ違った。

「にゃー」

 わたしの発音が悪かったせいかコンクリートの上を歩く三色ネコは振り向いてもくれない。シッポが大きく揺れていたように見えるが気のせいだろう。




 とつぜん思い出した記憶の罪をなんとかゆるされようとするのが人間の習性らしい。

「にゃー」

 公園のベンチの上で日向ぼっこしていた三色ネコが片目だけを開けて、わたしを見た。ああ……またお前かとでも言いたそうにしている。

「お隣いいですか?」

「にゃ」

「どうも」

 高校生になったんだよ、と言っても三色ネコには伝わらない。だからこれから話すことも無意味なのかもしれないな。

「ごめんね。わたしのせいで」

 三色ネコは丸くなったままでじっとしている。

「わたしの勘違いかもしれないけど、はじめましては中学生のときじゃないんだよね」

 ぴくぴくと三色ネコが左耳を動かす。

「幼稚園のとき……ダンボールに住んでいた小さなネコがいなくなった日。お母さんと買いものをしている最中」

 あのときのわたしは知識がないなりに、なんとか小さなネコを助けようと思ったんだろう。お母さんにナイショの話を教えてしまった。結果は……ダメだったけれど。

「にゃ」

「そうだよね。関係ないよね」

 どういう経緯があったのかは分からないが多分、その小さなネコは三色ネコの子どもだったと思う。

 お母さんが幼いわたしをなぐさめようと大好きなハンバーグの材料を買ってくれた帰り道で。今までに聞いたことのないほどの鳴き声でなんとか怒りを伝えようとする生きものの姿があった。

「ごめんね」

 わたしの隣で三色ネコはじっとしたままでいる。

もうそのことをゆるしてくれたのか、時間が経ってそのことを思い出さないようにしているのか、人間だから分からない。

 三色ネコが大きくアクビをする。

 もしかしたら、たまたまで偶然でそんな出来事はわたしのただの空想にすぎないのかもしれない。

 小さくても、わたしたちからもらったたっぷりのミルクのお礼に迷惑をかけないように死んでいる姿を見せないようにしてくれたの?

 お母さんの言っていたようにどこかでのほほんとおだやかに老後を過ごしている可能性もある。

 でも、やっぱり答えはわたしには分からない。

「にゃ」

 三色ネコがベンチからとびおりて、わたしの黒いストッキングに頭をこすりつけている。

 ゆっくりと三色ネコがはなれていく。思い出したようにこちらを振り向く。

 鳴かない。なにを考えているのか分からない。

 少なくとも怒ってはなさそう。

 この日をさいごに三色ネコとは会えなくなった。




 だけど……わたしの空想でよければ、あのときのさいごの三色ネコの顔つきだけは伝えられる。

 とてもおだやかなものだった。

 もしかしたら失ってしまった小さなネコの代わりにしていたのかもしれないが、それでもあのときの三色ネコは。

「おめでとう。もう見守らなくても大丈夫だね」

 と人間のわたしを心の底から祝福してくれていたように思う。




 もし神さまとやらが一つだけ願いを叶えてくれるなら、あの小さなネコと三色ネコの両方にわたしを祟ってほしいと頼むだろう。

 というか今日も手を合わせている。鳥居の近くでごろごろしている知らないネコを見つけた。

 どうしてそんな不思議な願いごとを? と神さまに聞かれたときの返事もすでに考えてある。

「じゃあね、また明日」

 七代先まで祟られたとしても、それまでは小さなネコと三色ネコがどうしているのかをわたしは知ることができるから。

 だけど残念なことに今日もわたしは祟られそうになかった。

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わたしは七代ぐらいは祟られたい 姫野みすず @himenomisuzu

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