【KAC20241】【KAC20241+】エレメンタル・ワーカーズ

鐘古こよみ

【KAC20241】【KAC20241+】【三題噺 #54】「広告」「元素」「陰謀」

 T・アリッサには三分以内にやらなければならないことがあった。

〝全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ〟と名付けられたゲームをクリアして、作成者の〝DRナイトメア〟にメッセージを届けるのだ。


 眼下に広がる赤茶けた大地には、既にバッファローの大群が蠢いている。

 その逞しい体躯に、鋭い角に、強靭な四つの蹄に、体当たりされ破壊され、踏みにじられているのは、戦車やミサイルや軍用ヘリといった物騒な兵器たちだった。


 雨季の大河の流れのように、バッファロー達の突撃は止まらない。

 まばらに生える奇妙な形の樹木、今にも干上がりそうな湖。そうした遠景の背後に、異様に大きな赤い太陽が浮かんでいる。


 褐色の肌を銀のライダースーツに包み、スポーティーなワンレンズのサングラスをかけて、緋色の長い髪を後頭部で馬の尻尾のように靡かせる健康的な女性、T・アリッサと一体になっている私は、たじろいだ。


 いつもの〝DRナイトメア〟の作風と違う。強い怒りを感じる。

 でもきっと、ゲームのコンセプトは変わらないはずだ。

 この人が作るのはいつだって、spot the difference間違い探し

 作り上げられた世界の中に、違和感のある場所が一つだけ存在する。それを見つけてタッチすると、大きな宝石が手に入るのだ。


 時間がない。このフィールドに入った時点で、私に与えられた時間は残り三分。

 〝DRナイトメア〟は世界観に凝るけれど、ゲームのクリア条件は非常にシンプルだから、一分以内でクリアできることも多い。希望はまだある。


 私はT・アリッサの視力を上げた。

 彼女は『エレメンタル・ワーカーズ』という、このフルダイブ型ゲーム内における、私が作り出した自分の分身だ。本物の私とは似ても似つかない。


 このゲームで提供されるのは、決まったシナリオやフィールドではなく、制限なくどこまでも進んでいける仮想世界、そして素材だった。

 真っ白な空間に、好きな素材を使って独自のフィールドを生み出し、生き物や建物を配置し、ギミックを加えて、ステージクリア型のゲームを自分で作り上げる。いわゆるサンドボックス系の、〝ゲームクリエイション・ゲーム〟だ。


 出来上がった自作のステージを共有マップ上に公開しておけば、他のプレーヤーが自由に訪れ、遊んでくれるようになる。もちろん自分も、他のプレーヤーが作った世界を楽しむことができる。

 作る一方の人もいれば、遊ぶ一方の人もいる。

 私は両方楽しむタイプで、気になるプレーヤーを何人かマークしていた。中でも断トツに好きなのが、〝DRナイトメア〟が作るフィールドの世界観だった。


 骨太で簡潔でちょっと笑えて、どことなくセンチメンタル。

 大抵の場合は、地球上に実在する自然環境をモデルにしている。

 絶対に実在しない不思議な部屋からの脱出ゲームばかり作っている私とは、真逆の方向性だった。

 だから却って、惹かれたのかもしれない。


 無心に突き進むバッファローの群れは一方向へ流れていく。人間の生み出した破壊のための道具を破壊し、影も形も失わせ、やがて元素へ還元する。


 『エレメンタル・ワーカーズ』のすごいところは、樹木や岩石といった素材を、元素レベルまで分解してから再利用することも可能、というところだった。

 遊びながら科学が学べる――初期の広告には、そんな保護者向けの謳い文句が踊っていた。

 

 でも、「テロリストがこのゲームを利用して戦闘訓練を行い、爆弾や生物化学兵器の作り方を学んでいる」という風評が巷を席捲してからは、風向きが変わった。

 ゲーム自体が某国の陰謀で作られたものだ、なんて噂も出回った。

 制作会社が尻込みをし、素材を分解しても取り出せる元素の種類を制限した上に、元素から生み出せる素材の種類も大幅に減らしてしまったのだ。

 謳歌していた自由が制限されて、プレーヤーたちは当然激怒した。


 ゲームと軍事の緊密な関係など今更だ。

 文句を言うなら、未来ある若者の軍事転用の方じゃないのか。


 それまで自由な創作意欲に溢れていた、いきいきとした、明るい個性に溢れる『エレメンタル・ワーカーズ』の気風が、そこから一変した。


 〝全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ〟


 誰が最初に始めたのかはわからない。

 私の知らない外部のコミュニティで、申し合わせがあったのかもしれない。

 そんなタイトルをつけて、戦車や軍隊、大量破壊兵器、独裁者やテロリストの首魁に似せた人物をバッファローの大群に蹂躙させるという内容のゲームが、大量に作られるようになった。


 自作のゲームには内容説明のための短い文章が付けられるようになっている。

 このタイトルを使っている人たちは必ず、「反戦」とか「戦争反対」とかいう文言を書き入れていた。参加せずにいるプレーヤーはなんとなく、肩身が狭かった。


 それまでの作風を忘れたかのように、敵ならばどれだけ残酷に殺してもいいという正義の御旗を手に入れたかのように、まるでグロテスクさを競うコンテストに参加し始めたかのようなプレーヤーから、私は次々とマークを外した。

 残ったのは〝DRナイトメア〟だけだった。


「いつも新作を出すたびにプレーしてくれてありがとう。私もあなたの作るゲームが好きです。応援しています」


 ある日、〝DRナイトメア〟から、そんなクリアメッセージを受け取った。


 『エレメンタル・ワーカーズ』の特徴の一つに、プレーヤー同士のコメントのやり取りが一切できない、というものがあった。黙々と作って、遊ぶ。誰かのゲームをクリアした時にだけ、作者が許せば、クリアメッセージを送ることができる。


 〝DRナイトメア〟も私と同じく、黙々と遊ぶタイプだとわかっていたから、すごく驚いた。嬉しかった。次にこの人のゲームをクリアしたら、私も人生初のクリアメッセージを思い切って送ってみようかと考えたほどだ。

 それなのに、次に公開された新作ゲームのタイトルを見て、私は愕然とした。


 〝全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ〟


 私は一カ月間、『エレメンタル・ワーカーズ』へのログインをやめた。

 それでも今、再びT・アリッサとして戻ってきたのは、これが最後の機会だということがはっきりしたからだ。


 決断するのが少し遅かった。ゲーム開始の時点で、残された時間は三分。

 クリアメッセージを書くことを思えば、一分でクリアしておきたい。


 岩山の上を跳躍し、バッファローの背を爪先で渡り、視野を広げたり解像度を高めたり、様々な手を使って違和感を探す。


 これだけのバッファローの大群。

 近くから見ていても駄目だという勘が働いた。手持ちの素材で気球を作り、水素ガスを充填して上空へ舞い上がる。


 流れる泥水のようになったバッファロー達の背を俯瞰して、私はそれに気づいた。一カ所、流れが滞っている場所がある。

 あれだ!

 気球を手放し急降下。その場所へ急ぐ。


 バッファローが一頭だけ、他の仲間と真逆の方向に走ろうとしていた。

 でも、押し寄せる仲間たちの勢いに呑まれて、その場で足踏みするばかり。

 勇ましく兵器類を破壊していく他の個体に比べて、なんとも情けない姿に見えたけれど、一生懸命に逃げようとするその姿は、やけにコメディっぽい。


 私は手を伸ばし、そのバッファローの背中にタッチした。

 途端に手の下に赤い閃光が走り、大きなルビーの塊に似た、ハート型の宝石が胸元へ飛び込んでくる。

 

 正解だ。思った途端に、私はハッとした。

 一頭だけ真逆の方向に逃げようとしているバッファローが、この世界の違和感。

 でもそれが正解で、赤いハートに変わるなんて。


 〝DRナイトメア〟は作風を変えていなかった。

 クリアメッセージで、作風を変えないでと、私はお願いしようとしていた。

 あなたがこれまでに作ってきた世界が大好き。だから、そのままでいて。

 そんな必要はなかったのだ。


 クリアメッセージを入力しますか?

 動きを止めたバッファロー達の上にそんな煌めく文字が浮かんでいる。

 もちろんイエスだ。私は文章作成ツールを起動した。

 残り時間は一分を切っている。


 伝えたいことがあった。私はもう『エレメンタル・ワーカーズ』で、〝DRナイトメア〟の世界で遊ぶことはできない。

 でもそれは、あなたの世界に失望したからではないのだと。


     *


 久々に端末が鳴り、画面を確認すると、クリアメッセージが来ていた。

 〝T・アリッサ〟だ。

 俺は驚き、嬉しくなった。この人の作るナイーヴな世界観の脱出ゲームは、単細胞で粗野な俺にはとても真似のできない工夫に満ちていて、密かに尊敬していた。


 俺が新作ゲームを公開するたびにプレーしてくれることにも感謝していた。互いにメッセージのやり取りはせず黙々と遊ぶスタイルだったから、迷ったけれど、一度だけと思ってクリアメッセージを送ったのが、確か一カ月ほど前のこと。

 

 それから音沙汰がないので、少し心配していた。

 俺が盲目的な全体主義へのアンチテーゼのつもりで作った新作ゲーム、タイトルから誤解されたかもしれない。でも、新作通知を受け取るためのマークは外されていない。


 顔も知らない、ゲームの世界だけで知っている相手だ。そんな必要はないとわかっているけれど、やきもきしていた。でも、プレーしてくれたのだ。

 クリアすればきっと、〝T・アリッサ〟ならわかってくれるはず。


 緊張しながら端末を操作し、俺はクリアメッセージを確認した。

 最初、意味がわからなくて、二度、三度と読んだ。

 手から端末が滑り落ちた。


 テレビからアナウンサーの声がする。

 数年前から交戦状態にある二つの国。

 **国の首都にミサイルが撃ち込まれたという緊急速報だった。


『私は**国の首都にいます。

 ミサイル攻撃のアラートが鳴ったけど、医療用ベッドごと逃げるのは難しい。

 あなたは世界が変わっても変わらずにいて』


 俺は大声を上げ、椅子を蹴倒して、乱暴に窓を開けた。

 **国は遠い。見えるわけがない。

 ぼやける視界に、空にたなびく灰色の煙が見える気がした。


 〝T・アリッサ〟は俺が変わらないことを願っている。

 できるだろうか。



<了>

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