文豪ストレイドッグス 森鴎外と云う男

秋雀

軍人〜闇医者+α

 戦争が終わった後の土は異様に硬かったのを覚えている。


 それは皆が従い、大群を動かす時、等しくして地面を踏み固めていた為に起こった事なのだと容易に想像が着いた。また、私もその一員であったのだと、その地面を見て初めて気付いた。上層部から告げられた終戦の内容については余り覚えては居ない。記憶しているのは元同僚である者達の静かな叫び声のみ。負けたのか、勝ったのかさえ、記憶として定着する事は叶わなかった。そんな私は〝元軍人という肩書きを持っただけの廃人〟として言い表すに容易かったのでは無いかと、今では思う。


 人間とは実に単純で愚かなのか。その事を再確認するのに少々時間が掛かって仕舞った。それはあの状況に呑まれ、私自身も気付かぬ内にこうしなければならない、ああしなければならないと考え、思い込みを膨らませて居たからに違いない。ぽっかりと空いたこの空虚を埋めるべく、そして、人間について深く知る必要が有ると感じた為に、私は様々な事を追求し始める事とした。


 私が所謂洗脳から解放されたのは、それから数年後の事であった。衣食住の三つは常にどれか一つが欠けては居た。けれども空き家を見付けては転々とし、何とか生き凌いでやってこれた。洗脳から解き放たれた当時、既に私は医者としての全ての知識を脳の中に備えてあった。


 二回程引越した先の空き家に、天の思し召しなのかと思う程に医療関係の本を見つけた。ぱらぱらと頁を捲り、中身を見て見たが破損している所は少なかった様に思う。虫が齧った後もチラホラ見受けられはしたのだが、読むにあたって支障は特に無かったのが有難く感じた。これを機に、心理よりも先にまだ単純明快であろう人間の体についての勉学を進めた。人間についての勉学は特に苦だと感じ無かった。戦争が終わってしまったと言う心の隙間を埋めるのには、十分なものであったと言えるからだ。道端で歩きながら、はたまた書斎で机を前にして座りながら、寝っ転がって上を向きながら、日々朝から晩まで昼夜問わずに本を開いてはのめり込むように貪欲と化した。それが私の新しい日常であった。その訳あってか、今では当時学校で習った人達よりも医療に付いて詳しくなっていた事だと勝手ながらに思っている。


 そんな私は終戦から十数年後、自らの意思で自分の居場所を持った。今まで軍にて地道に集めた資金と、自分の体力を活かしてちょこちょこと働いて集めた仕事のお金を元に、少し古びたこじんまりとしたビルを借り、自分の知恵を試そうと考えたのだ。初めこそ人の足音が響く事を知らなかった病室も、少しずつ時間が経つにつれて変わった怪我をした客人で花めきを得た。たまたまだったのだが、受診の回数を重ね、少し仲が良くなった彼らに怪我や日常的な話を聞いてみると、此処ら辺一体はどうやら政府の目に止まらぬ位置に属して居るらしく、非合法的な組織に与している者達の集う場なのだそうだ。その話を聞いた私は特に恐怖を覚える事は無かった。何せ、奇しくも私は元軍人の肩書きを持った人間であったからである。


 あともう一つ、ずる賢いことを言うのだとすれば、相手は私に何も対抗する手段が無いと判断したのもあるのだろう。ここら辺一帯は治安の悪さから近場の人ならまず近づく事も無い地域である。近辺にある病院は此処しか存在しない。故に、おかしな傷ばかりを見せに来る彼らには、私が運営する病院の他に頼る場所が無かったのだ。当然と言えば当然なのだが、私は口止め料として平均的な受診料から更に多くの金を貢いで貰った物である。困った事に、幾度か話して行くうちに、お金を積まれる事に其方の世界の情報に興味が出て来ていた。その為、懐が十分温まった所で代金の代わりに情報を要求する形に変更した。今思えば荒業以外の何物でもないだろう。こんな事をする医者は私くらいなのでは無いかと偶に冷静になった。だけれども、私は久しぶりに胸が踊る感覚に酔いしれ、好奇心に操られるままに日々を過ごした。


 またもや時が過ぎて往く。


 私はついに、彼らに依頼をされる事になる。それは、死体を解剖し、臓器の提供をする事であった。実際に私は戦争にて、数々の死体を目の当たりにはしてきた物の、己の好きな様に解剖する事は今まで無かった。またもや悪しき恨めし好奇心。何とも考えずに承諾をしてしまった。私は自ら、闇医者への第一歩を踏みしめて仕舞ったのである。


 闇医者になったあの日から、私は何度も何度もお互いの都合が良い医者として、使い使われの関係を保ってきた。けれども、あくる日。いつもの怪我とは見るからに度が違う重症患者が運ばれてきた。全身に包帯を巻き付けた、歳の割にはスーツが目立つ少年である。私は組織に属しては居なかったが、共犯として共に時をすごしてきた元患者の彼らに、どうしたものか?と問いただした。無論、この少年の為ではなく、情報の為である。


 彼ら曰く、対立している組織に奇襲をかけられたのだとか何とか。話を詳しく掘り下げようにも、彼らにも詳しい事はそこまで分からないようだ。まぁいい、今すぐに私が聞きたい事は、何故こんなにも幼くみえる少年が今回の件に関与していたのか。そもそも共犯者の彼らの一味なのか、否か。それを聞き出したかっただけなのだけど、今の彼らには冷静な判断が出来ないらしい。彼らが冷静になるまでの間、私は包帯尽くしの彼を適切に処理した。…否、今回は医者としてのただの人命救助である。初めこそ、今回ばかりは手を尽くせないかも知れない。と珍しく私の額にも冷や汗というものが滴り落ちたが、呼吸の乱れは通常へと向かって行くのが見えた。何とか峠は超えたようだ。その様子を見て、包帯尽くしの彼がもう大丈夫なのだと安心したらしく、共犯者の彼らがほっと一息付くのが見えた。


冷静になった様子を確認してから改めて聞いた。包帯の彼は何処から来たのか、君達の仲間なのか、今回何があったのか、敵対組織の名前は、その他諸々。


彼らは舌の上手く回らない口で出来る限りの情報を提供してくれた。包帯の彼は自身の組織の仲間では無いと言う事。闘っている内にこの少年が飛び込んで来て巻き込む事態に成って仕舞った事。彼らにも包帯の少年については良く分からないと言う事。今回彼らの属する組織の半年に一度の大きな会議が有ったらしく、組織の人々が一度に一箇所に招集されていたのだそう。けれども、組織内での裏切り者が居たらしく運悪く奇襲をかけられて仕舞ったという事。そして、その奇襲をかけてきた敵対組織の名前は「ポートマフィア」なのだと彼らは言った。


 会議の内容に触れようにも、流石に口は割らなかった為に諦める体制を取った。他の大抵の事は聞き流しつつ、情報として脳内で一つ一つの物事が資料として整理されて行く。その中で、何故か妙に気になった単語、それ即ち〝ポートマフィア〟と言う組織名であった。

「ふむ…少し興味が出て来たね。其の組織の話をお聞かせ願いたい。彼処の部屋で、お茶でも一緒に如何かな?」


 へらりと述べる彼の背後で、包帯に包まれた謎の少年が閉じている瞼をぴくりと動かした。


 後々明かされていくポートマフィアという組織について。そして、それを取り纏めている〝首領〟と言う存在。現在闇医者である彼がその座に座るまで。前首領に近付くまでの経緯に至っては、また別のお話であるんだそうだ。

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