第6話 私は人間で、君はお猫様。

 小一の頃から結婚するまで、私の隣には常にお猫様の存在があった。


 だが結婚して実家を離れた時、私はお猫様不在の生活に猫ロスという名の発作を起こしてしまう。




 新居の床をさっと素早く視線で追う。

 いない。

 なぜ。ないのだ。

 床に毛玉が動いていないのはなぜか!


 旦那さんを捕まえて、首をクンクンしてみた。

 ちがう。

 この匂いではない!

 耳も三角じゃないし、尻尾も生えていない!

 ヒゲは生えているけれど、こんなんじゃない!


 これは、人間だあああぁぁ!




 私は重度のホームシックならぬ、猫シックに陥っていた。

 




 そして、旦那さんが夜勤の日。

 私はこっそり荷物をまとめて、お猫様に会いに実家に戻った。



 猫は、いた。



 前足をお行儀よく揃えて、久しぶりに帰ってきた私を見つめ、そして目をきゅっと瞑った。



『おかえり』



 そう言われた気がした。

 駆け寄って抱き上げて、顔を毛に埋める。

 懐かしい、匂い。太陽の匂い。



『まったく、しょうがない子ね』

 


 みーちゃんは私の顔を舐める。

 ついこの間まで子どもで、友達で、親友だった猫は、いつの間にか私より歳上になっていた。



 同じ生き物でも、時間は同じではない。

 いつかは、本当の別れがやってくる。


 それはケビンの時も、マロンの時も、唐突にやってきたことだった。


 

「長生きしてよ。また、帰ってくるから」



 私は人間で。

 君はお猫様。


 言葉も通じないし、ひょっとしたら感情だって同じじゃないのかもしれない。



 でも、君は大切な家族。



 言葉は通じなくても、感じていることはちがくても、一緒にすごした時間は、私たちの間になにかを生み出した。


 それは、あたたかくて、やさしくて。

 春の野に咲く、一輪のたんぽぽのようなもの。

 そこにあることが当たり前なのに、外国の黄色で塗ったように眩しくて、心にいつまでも残り続ける。




 猫は、けしからん。

 だって、かわいいもの。

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かわいらしきもの、お猫様。 あまくに みか @amamika

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