第3話 マッチョなお猫様

 二代目お猫様は、アビシニアンのオスで、名前はマロンである。


 オレンジ色の毛並みが特徴的で、キリッとした金色の目が凛々しく頼もしい。



 そんなマロンは、たいそう猫らしくなかった。



 外に遊びに行けば下校途中の小学生が「ひやぁああ」と悲鳴をあげる。


「変なチワワがいるー!」


 うちのお猫様である。


 山の中を日々駆け巡り、蛇や鳥、ネズミを狩って過ごしているマロンは、筋肉がムキムキであった。特に前足は、筋肉がモッコリしていた。



 彼の猫パンチは、相当に鍛え上げられ、一撃必殺の重撃だったにちがいない。私がネズミなら、出会いたくない猫ナンバーワン(ニャン)にするだろう。



 そんなマッチョな猫が、筋肉をフリフリ見せびらかしながら道を横切るものだから、小学生たちは足を止めて、マロンが通り過ぎるのを目を皿のようにして見送った。


 私は玄関のドアからその様子を涙ながらに、そっと見守っていた。


 ああ、どうしたらマロンは猫らしくなるのだろうか。



 嘆く私に一条の光が差した。

 そう、マロンも猫らしさを垣間見せる時があるのだ。


 それは、冬の時だ。



 猫は、コタツで、丸くなるのだ!!



 まさに、猫らしさを存分に発揮し、それを愛でる時期が一瞬だけ訪れる。



 コタツの分厚い布団をめくりあげる。

 すると、そこは、猫の楽園である。


「ふにゃーん」


 と思わず腑抜けた声が出てしまうほど、コタツと猫のコラボレーションは素晴らしい。



 神よ、コタツを生み出してくれてありがとう!

 いや、猫を創ってくれてありがとう!



 マロンはコタツの中で、丸くなっている。アンモニャイトのように丸くなっている。



 そこに私が滑り込み、猫の円のど真ん中に顔を埋めるのである。



 お日様の匂いがする。幸せの匂いだ。

 呼吸にあわせて、毛並みが上下するのも心地が良い。

 オレンジ色の草原に寝転んだ気分になり、私の心は宇宙まで解き放たれていく。そう、猫は無限大の可能性を秘めている!




 その時だ。


 パッカーン。


 


 オレンジ色の草原が大きく揺らいで、地面が隆起した。何事か! と私は顔を上げる。



 お猫様は伸びきっていた。

 それはもう、餅のごとく伸びていた。




 股関節はどうなっているのかと、問いただしたくなるほどお股を全開に広げている。両手は伸びきって、万歳三唱。


 まるでビールを呑んでいるおっさんが「うぇーい」と声を上げながら道端で眠ってしまったような格好である。



 猫がこんなに無防備でいいのだろうか。

 

 

 私はふとイタズラをしてみたくなった。

 伸びきった猫の、無防備なお腹に唇をあてる。そして、息をぶーっと吐いた。


 ビクリとお猫様が体を揺らしてから、上半身を起こした。

 私と目が合った。

 金色の鋭い目が私を見ていた。



「えへへ」



 私は猫を被って可愛らしく笑ってみせた。


 次の瞬間。あのムキムキの前足が私の口めがけて飛んできたのだ。



 私は口を押さえて、おずおずとコタツから退却する。


 私が人間でよかった。

 ネズミだったら死んでいたにちがいない。



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